最善の手
-------------------------------------------
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らした少女が、懸命に階段を駆け下りていた。
らせん状幾重にも連なる段差は、身体の強くない彼女にとってあまりにもつらい道のりだったが、自らの信念のため、たとえ足を痛めたとしても足取りを止めるわけにはいかなかった。
「聞こえた・・・下で何か起こってるんだ」
きっと、誰かが来てくれたんだ。
お兄ちゃんを止めるために来てくれたんだ。
「会いに行かないと・・・」
皐月お兄ちゃんが、おかしくなってしまう前に・・・!
-------------------------------------------
「やっぱり手ごわいやつらばかりだな」
階段を駆け上がりながら、つぶやく。
さっきのやつも、純の操気が相手にばれていなかったから何とかなったものの、そうじゃなかったら、突破口を見つけることは難しかっただろう。
おそらくこの先も、簡単にはいかない。
「・・・瓜生が村を攻撃しようとしている以上、部屋に一人だけ残して、ほかのみんなで塔を登っていくことも考えるべきかもしれない」
神妙な面持ちでつぶやかれた玄花の言葉に、咲也だけが驚きの表情を浮かべた。
「誰かを、置いていくってことですか・・・?」
「うん」
「そんな・・・」
正直、俺もそれは考えていた。
効率を考えるなら、敵一人に対して一人が対応をして、できる限りの速度で瓜生のもとへ誰かをたどり着かせるのが最善だとは思っていた。
純もおそらくそうだろう。北条の言葉に驚くそぶりを見せていなかったから。
悲しそうな顔をする咲也を諭すように言葉を紡ぐ玄花。
「ワタシたちの使命は、罪のない人々を守ること。力を持っているワタシたちが命を懸けて守って、人々の未来を彼らに託すの」
その言葉を聞いて、思う。
一体この少女は、どれだけの覚悟を背負ってこの十数年を生きてきたのだろうか。
「まあ、あくまで最悪の場合の話だ。全員で戦って速攻無力化すれば、それが最善であり最速だしな」
「・・・そうだね。わかった」
「うん、あくまで作戦の一つってこと。頭に入れておいてほしいって思って言っただけだから」
玄花は優しい声色でそう言い、咲也へ心配しないでと伝える。
すると、少しだけ先を行っていた純がスピードを落とし、こちらへ並走してきた。
「・・・どうした?」
「仁、咲也のことどう思う」
咲也のこと・・・?
突然尋ねられた質問に、いまいち要領がつかめない。
「どういうことだ?」
「俺は、あの甘さがいつか咲也自身の身を滅ぼすんじゃないか、そう思ってる」
その言葉と、鋭い視線を咲也へと向ける純に、質問の意味を理解した。
「豪も、不安を抱えながら動いて大怪我をした。不必要な優しさや未熟な覚悟で動くようなら、いっそここで・・・」
「あいつだってわかってるはずだ、そんなことは」
純の言葉を遮る。
「それでも、覚悟を決めてここまで来たんだ。ならその想いを尊重してやるべきだろ」
「それで、あいつが傷付くことになったとしてもか?」
「・・・あぁ」
きっとあいつは、自分が動かなかったせいで、誰かが傷付くのが怖いんだ。
俺と、同じなんだ。
気持ちがわかる俺が、その想いを尊重しないわけにはいかない。
「二人とも、大丈夫?」
前から、咲也の声がした。
「・・・大丈夫だ、すぐ行く!」
返事を返し、純の背中をたたく。
「何かあれば、俺たちが支えればいい、そうだろ?」
「・・・そうだな」
「よし、行くぞ」
前を行く二人に追いつくため、仁はスピードを上げて階段を上る。
後ろをついてくる、不安そうな表情の純にも気付かないまま。
「着いた・・・ね」
思った以上に長い道のりに、足のだるさをぬぐえない。
身体能力が大きく向上しているとはいっても、ここまでの段数の階段を休憩なしで登るのは、かなり疲れを感じさせた。
千東の龍が改めて優秀だとわかる。
次、また気を教わる機会があったら、あれの習得を目指そうか。
「扉、開けるよ」
先頭に立つ北条が、こちらへ声をかけ、扉へ手をかけた。
扉が、重い音を立てて開く。
目の前に現れたのは先ほどと同じくらいの広さの部屋。
しかし先ほどと違ったのは、人の姿が見当たらないことだった。
「誰もいないのか・・・?」
そんなことがあるか?
塔の構造的にも、それぞれの部屋には最上階へ行くのを防ぐための門番のような役割があるはずなのに。
そんなこと気にもしないような素振りで、部屋の中心をずかずかと歩いていく純。
「おい、そこの不用心な純さん、略して不用純さん」
「なんだ、むしろ好都合だろう。誰もいないなら」
純がひょうひょうとした態度でそう言い放つ。
・・・まあ確かに純の言う通りかもしれない。
いないならいないで、このまま通ってしまえばいい。
あんなに堂々と歩いている純が無事な以上、ほんとにここに敵はいないのかもしれない。
純のあとをついて、部屋を横切っていく一同。
やがて広い部屋を全員が横断しきり、純が次の扉へと手をかけたその時。
鳴り響いたのは、銃声だった。