背負った想い
「さっきのおばあさんが話してた茶髪の人って・・・」
「まぁ、豪だろうな」
話していた時期的にもそうだし、身体的な特徴も豪と一致している。
あいつなら、困っている人間を手放しで助けていても不思議じゃないしな。
「ありがたいことに進むべき方向はわかった」
「あとは、門番をどうにかできればってところだな」
すると、正面から人が走ってきているのが、薄暗い中でも認識できた。
「見つかると面倒だ。いったん、建物の影に隠れよう」
気付かれる前に隠れたおかげで、その人に気付かれることはなかった。
なにやら武器を持っていたし、もしかすると門番とか衛兵とか、そういう類の人間だったのかもしれない。
なにやら焦っている様子だったが・・・。
そいつの行く先を目で追いかけると、遠くで煙が上がっていることが確認できた。
「あれ、煙だよな?」
「火事・・・かな?」
「っていうかこの方角って・・・」
先ほど、あのばあさんと会話をしていた方角だ。
どうやら、結構な騒ぎになっているようだ。
だんだん、こちらにも荒げられた声が聞こえてくるようになってきた。
その声は水を求めていたり、中に人がいるか確認したりしている。
「やっぱり火事みたいだ」
「まさか、さっきのおばあさんか?」
「助けに行かないと!」
咲也がそう言い飛び出そうとしたところで、玄花が制した。
「目的を見誤っちゃだめだよ。みんな、急ごう!」
玄花の言葉に引っ張られるように、門へと急ぐ一行。
普段なら真っ先に助けに行きそうなものだが、北条は振り返ることもなく、ばあさんの言った方角を目指している。
「あれは、あのおばあちゃんの想いだよ。きっと」
「え?」
何かに気付いたのであろう玄花は、そう一言つぶやくと、目線をより鋭くして、まっすぐ前を見据えた。
言葉の真相を聞こうと声をかけようとするが、すでに門が見え始めてきていたこともあり、タイミングを逃してしまう。
先を急ぎ、見えてきた門は、荘厳でありながら、それを守る人影はたった一人だけだった。
「な、なんだお前たちは!」
「大地よ、脈動せよ!」
門番がこちらへ気づいた瞬間、純が口上とともに剣を地へ突き立てる。
流れ込んだ気によってうごめいた大地が、門番の足を飲み込み、動きを封じた。
「なんだこれ!」
「悪く思わないでくれ」
不意を突かれ驚いている隙に、槍の柄でみぞおちを強く殴打し気を失わせると、門番が腰に下げていた鍵を奪い、門を開いた。
重い戸を精一杯押し開ける。
開いたその先には、長く続く螺旋階段があった。
「侵入者が門を開けている!捕らえろ!」
「まずい、早く閉めるぞ!」
音に気付いた村人がこちらへと近づいてくる。
すんでのところで門を閉じると、鍵を螺旋階段側からかけた。
「・・・ふぅ」
何とか事なきを得たか・・。
「第一関門は突破、だね」
「そうだな」
だが、あの村の中には脅威となりそうな人物はいなかった。
門番も、あっけなく無力化できたことを考えると、天使の力を得ているわけではなさそうだった。
本番は、ここからということだろう。
「相手は何人いるかわからない。気を引き締めていこう」
「うん」
何段にも連なる螺旋階段を、わずかな明かりとともに上っていく。
その間、仁は玄花から、あの時の言葉の意味を聞こうとしていた。
「北条、あの煙でなにか気付いたみたいだったが・・・」
「たぶん、あれはあのおばあちゃんが起こした火事だと思う」
「あの人が?なぜそんなことを・・・」
「ワタシたちに、希望を託すためかな」
希望を託す?
最初は塔の外へ追い出そうとしていたのにか?
「きっと、あのおばあちゃんは、誰にも傷付いてほしくないんだと思う」
「傷ついてほしくない・・・」
北条が言葉を続ける。
「うん。村人も私たちも、そして瓜生皐月にも」
思えば、最初の時も侵入者の俺たちを追い出そうとしただけで、衛兵に引き渡そうとはしなかった。
瓜生のもとへ行くという話の時にも、こちらの命の心配をしていた。
「だから余計な戦闘にならないように、門番の数を減らすため、騒ぎを起こしたんだと思う」
「そういうことだったのか」
「今でも大好きなんだよ、瓜生のことが。だから、誰かが止めてくれるのを願ってる」
わずかに感じていた違和感が、つながった気がした。
俺の感じたことは間違ってなかった。
あの時、村人を想って技をやめたのも、瓜生の中にギリギリ残っていた優しさからだったんだ。
だが、今の瓜生は別人のようになってしまっている。
なら、どの道俺らのやるべきことは一つだ。
「・・・止めよう、瓜生を。絶対に」
そんな咲也の言葉に強くうなずき、螺旋階段を急ぐ。
やがて階段を上り終えた一行は、再び大きな扉の前へとたどり着いていた。
「第二関門だ」
「何関門あるのやら、って感じだけどな」
外から見ても、結構な高さを誇っていた塔だ。
本命が最上階にいると仮定したら、相当な階数があるだろう。
まだ上り始めたばかりだ。
改めて、気を引き締めていこう。
扉に手をかけ、押し開ける。
その先に広がっていたのは、広い空間と、白を基調とした生活感のある家具だった。
上には部屋全体を照らすようにガラス仕立ての照明がつるされており、それが家具の白を引き立てていた。
そしてその中心には、椅子と机がポツリと置いてあり、ティーカップを持った青年がお茶をすすっていた。
「・・・部屋に入るなら、戸を叩きなよ。それが礼儀だろ?」
「え?あぁごめんなさい」
「謝っている場合か」
素直に謝る咲也にツッコミを入れる。
落ち着き払った雰囲気の男が、持っていたティーカップを机に下ろすと、飲んでいたお茶について話し出す。
「天使からもらったこのお茶、香りがよくて、好きなんだ」
「それ、紅茶か」
部屋の中には紅茶の良いにおいが広がっており居心地は悪くないはずなのに、男の態度が妙にひょうひょうとしていて、気持ちが悪い。
「この村には緑茶しかないからね。新鮮で面白いよ。この茶器も素敵だろ?」
「茶器・・・あぁティーカップのことか?」
「これ、てぃーかっぷっていうのか。へぇ、いい学びだ。ぜひ妹にも飲ませたいものだけどね」
「はぁ」
「・・・おい、無視して先に向かうべきじゃないか?」
ひそひそ声で、隣の純へと話しかける。
優雅にティータイムを楽しんでいる余裕はこちらにはない。
戦う気がないなら、通してもらおう。
「悪いが、俺たちは・・・」
「まぁ、話は最後まで聞きなよ。僕の妹はとってもかわいくてね。少し冷たい雰囲気もあるけど、そこも魅力的なんだよね」
「・・・」
相手のペースで進んでいくトークに言葉を挟む暇もない。
だが、妹自慢に付き合っている時間はない。
さっさと通ってしまおう。
そう思い、一歩を踏み出したその時だった。
「天使から力をもらって、影に入ることができる女の子なんだけど、心当たりはないかな?」
「・・・!」
影に入ることができる女。
思い当たる者がいて、足が止まる。
「今日帰ってくる予定なんだけど、一向に気配がないんだよね。どこで何をしているんだろう?ところで、さっき素通りしようとしてたのに、影に入れるって情報で足を止めたのはどうしてかな?」
「・・・それは」
「僕の妹は、どこにいる?」
押し黙ることしかできない一同に、鋭い視線を向ける男。
こちらの様子を一目見て、にやりと笑うと、人差し指でこちらを指さし、口を開いた。
「影相舞踏」
「っ、戦闘準備!」
玄花の言葉とともに、各自魔装を出し、目の前に男の攻撃に備える。
「いって!」
だが、攻撃は予想外の方向からだった。
後ろから、矢に射抜かれた仁は、膝をつき抗議の声を上げた。
「なんでこっちに攻撃してる、咲也!」
「そっちこそ、敵は僕じゃないでしょ!って・・・」
そこには、玄花、咲也、純、仁の四人が、二人ずつ立っていた。
「何が起こってる・・・!?」
「みんなが二人いる!」
目の前の男は優雅に足を組みなおすと、薄ら笑いを浮かべ、こちらを見つめていた。
「それじゃ、踊ろうか。疑心暗鬼の戯曲を」