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熱意の瞳

「おい、お前。」

僕が椅子から振り返ると黒髪で前髪を切り揃えた中学生のような女性がいた。髪は胸まで伸びており、その先端が僕の目に入った。

「椿さんじゃないか。今日は天文部が休みなのに珍しいね。」

僕は天文部の部室で年末の予定を考えていたところだった。

「珍しくもないだろう。まぁなんだ。お前と話をしたかった。」

「僕は椿さんの暇つぶしの相手じゃないんだけどな。」

椿は学年一の才女で、大きな瞳と揃えた前髪が印象的だった。太めの眉毛とブレザーの制服もあって、実際よりも幼く見える。

「大丈夫だ。今日は暇つぶしではなく、お前に話したいことがある。」

彼女の言葉に反して、僕は「うーん、僕には話すことがないんだけどなぁ。」と言う。

「また、そんなことを言って。今回は重要な話だ。」

僕は一瞬だけ拗ねたような表情を浮かべた彼女の様子を見逃さなかった。いつも偉そうにしているくせに、すぐに感情が顔に出る。

「また、何か企んでる?」

「企んでるわけじゃない。お前、この部活の活気のなさ、嫌じゃないのか?」

「嫌じゃないってか、この活気のなさがいいんだよ。」

入学当初、僕はあまり部活に入る気はなかった。しかし、全員が部活に入るという校風のせいであまり活発でない天文部を選んだ。学校の売りの天体観測室もあってイメージもいいし、こうやって部室でダラダラ話もできる。

「ふふふ、素直じゃないな。観望会にはいつも参加してるじゃないか。」

「まあ、せっかくだからね。」

全く活動をしないのも嫌なので将棋部や化学部ではなく天文部に入った。年数回のイベントなら僕もそんなに嫌じゃない。

もともと、天文に興味のある椿には聞かせられないなと思う。

「そこでだ。部活活性化と部員勧誘のため、クリスマスに大きな観望会をやる。」

椿は大きな教壇の前に立ち、自信に満ちた表情で話し始めた。

「はぁ?クリスマスにそんな地味なイベントをやっても誰も来ないでしょ。」

「そんなことないぞ。クリスマスに星を眺めるイベントだぞ。ロマンチックじゃないか。」

椿は成功を確信しているかのような口調だったが、僕は失敗の予感しか感じなかった。

「でかい展望鏡で星をのぞくだけでしょ?」

天文部の部室の上には小さなドーム型の天体観測室がついており、学校も売りとしている。しかし、学校側が夜間活動に積極的になれないこともあり、実態としてはほとんど使われていなかった。

そのせいか天文部のくせに随分なことを言ってしまった。椿はどう思っただろうか。

「そのでかい展望鏡で星をじっくり観察して、二人でその感想を言い合うんだ。しかも、年に一回のことだぞ。こんな体験をできる日はない。わたしはすごく興奮するぞ。」

椿は長い髪を揺らしながら軽やかに歩き、楽しげに空想を膨らませていた。彼女の瞳には、星の輝きや大きさについて熱く語り合う二人の姿が映っているようだった。

僕はとりあえず椿が不機嫌でないことにほっとした。しかし、面倒なことになりそうだ。牽制でもしてみるか?

「顧問が許さないんじゃない?」

クリスマスの夜の活動なんて顧問も敬遠しそうだ。

「それは、大丈夫だ。既に打診して仮の許可は得てある。お前、知っているか?あの顧問、娘が中学生で絶賛反抗期中だ。そこで中学生に見えるわたしが目を潤わせて頼んだらいちころだった。まぁ、単純に家に居場所がないのかも知れないが。」

彼女は展望鏡の使用許可書を見せながら自信たっぷりに答えた。彼女の無駄な情報網と自身の無駄な強みを利用した作戦には、ある種のセンスがあった。

「ホント、どんなやり方してるんですか。」

「ふふふ、これも、わたしの魅力がなせる技だ。まぁ、別に脅しているわけでもないし、顧問も嬉しかったんじゃないか?」

彼女の微妙な優しさに僕は笑いそうになった。まぁ、実態は顧問の点数稼ぎに過ぎないだろう。彼女もそれを自覚しているはずだ。ただ、顧問の性格を考えると二十パーセントほどは彼女の主張が正しいとも思える。

しかし、このイベントは成功しそうにもない。僕は失敗して落ち込む椿の姿を想像し、もし自分がこのイベントが成功させるならどうするか考えた。

「それよりも、学校の近にある港で恋愛にまつわる星座の話をして、その後に近くの山手の神社で星をみる方がロマンチックだと思うけどな。」

近隣の港は明治時代に賑わった歴史ある港で、今はレトロな雰囲気が残る観光地になっている。クリスマスシーズンにはイルミネーションで美しくライトアップされる。近くの丘の神社には、海峡先の神社とともに別れてもなお思い続ける男女の伝説が残っている。僕はなかなかいいアイデアだと思った。

椿は僕の方をみて一瞬ニヤリと笑った。

「だめだな。港は人が多すぎるし山手の神社は海峡の橋が明るすぎる。顧問の手前、高校のアピールも必要だ。まぁ、星座にまつわる恋愛の話はいいかもしれないな。」

確かに一理ある。しかし、僕はこんな安易な内容でうまく行くのか心配だった。前回の観望会に来たのも、椿に無理やり連れてこられた気の弱い一年生だけだったからだ。僕がそんなことを考えていると椿が勢いよく喋りだした。

「よし、準備をしよう。まず広報としてチラシを作る。担当はお前だ。」

「えっ?僕もやるの?」と僕は尋ねた。

「そうだ。お前は副部長だろう?それに観望会の改善案まで考えてくれたんだから、参加させないわけにはいかない。」

僕は椿がニヤリと笑った理由を理解し軽率に発言した自分を後悔した。

してやられたと思い、彼女の方に目をやると彼女の瞳には何かを決意したような輝きが宿っていた。

「そ、それにな。どうせお前はクリスマス暇だろう?

寂しく過ごすくらいなら、みんなで何かやったほうが楽しいと思わないか?」

確かに今年のクリスマスは暇だ。いや、去年もそうか。僕は去年のクリスマスの出来事を思い出し、自分がまだ立ち直れていないと気づいた。

「いやまぁ、暇だけどさ。」と僕は答えた。

「よ、よし決まりだな。わたしはもう一度顧問と話をしてくる。また、明日部室で会おう。」

そう言って、椿は今日一番の嬉しそうな顔で部室を後にした。

クリスマスまで残り1ヶ月。僕は急な企画にも関わらず準備が整っていることに疑問を感じながら、いつも椿に付き合っている自分に呆れていた。

不意に窓の外に目をやると、木々が風を受け、ざわざわと揺れる様子が見えた。


僕はレトロ通りを帰りながら、天文部での思い出を振り返っていた。

椿とは同じタイミングで入部した仲だ。入部当初、先輩からの説明に熱心に耳を傾けている姿が印象的だった。彼女は率先して先輩たちに質問しては、時に彼らを困らせていた。

彼女は学力的にはもっと優れた高校へ進学できたが、天文部があるこの学校を選んだと聞いていたことがある。それなのに、ここの部活の体はかなり堪えたに違いない。

椿は情熱的に天文部を改善しようと奮闘した。不定期だった活動を週一の定期活動に切り替えたり、観望会や展望鏡の講習会などのイベントを開催したりと精力的に活動した。しかし、僕と同じ理由で入部した同級生たちは、改革に不満を感じたのか、徐々に姿を見せなくなっていった。彼女は自分の情熱が伝わらないことにいつも苦悩していた。


天文部のことを思い出しながら家にたどり着くと、周りはすっかり暗くなっていた。

今日の椿とのやり取りを後悔しながら、僕はクリスマスの観望会のチラシについて考えることにした。

デザインが重要だと考えて悩んでみたものの、美術に疎い僕にはアイデアが浮かばなかった。ふと、後輩が美術部に知り合いがいると言っていたことを思い出し、彼に連絡をすることにした。

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