96 消された記憶
『優勝候補が続々と敗れる展開になってまいりました!』
えまがマイクを持って、観客を盛り上げていた。環境整備のため、休憩が入ったようだ。
深優がメガネをかけ直して、隣に座る。
『では、ここまでの、バトルを振り返ってまいりましょう!!』
「深優、随分目立ってるな」
「水瀬深雪のコピーだってバレなければいいです」
「難しそうだけどな・・・」
中央モニターに深優のバトルの様子が映し出されていた。
深優はここまでのトーナメント戦で、メガネをかけた謎の美少女が現れたと、かなり注目を浴びている。深雪と同じしなやかな剣裁きはプレイヤーの心をひきつけて止まなかった。
「私のバトルは出ないのですね」
「お前の場合、一瞬で勝負を決めるからな。映ってる時間も圧倒的に短いんだよ」
「プレイヤーが弱すぎて、力の加減が難しいのですよ」
テイアが退屈そうにモニターを眺めていた。
深優が出ていることを、クリエイターたちは気づいてるのかもしれない。
今の状況は、あえて泳がされているのだろうか。
「どうしましたか?」
「あぁ・・・いや、なんでもないよ」
視線を逸らして椅子に座り直す。考えすぎだろうか。
「なんか退屈でしね」
「あたしは寝てるでし。ぺぺ、終わったら教えるでし」
「ずるいでしよ。あたしも寝たいでし」
キキとペペは飽きて、岩の上でごろごろしている。
マイクを持ったえまが、トーナメントで勝ち上がったプレイヤーの説明をしていた。
ここまでのバトルには、RAID学園の生徒はいなかったな。
「俺もプレイヤーには興味ない。闘技場内見てくるから、お前らはここにいろ」
「一回戦のバトルには、ソラ様の推しはいないですもんね」
深優が少し機嫌悪そうに言う。
「推しって、そうゆうわけじゃ・・・」
「水瀬深雪が、さっき少し配信していましたよ。そろそろ、バトルに出てくるそうです。リスナーたちが深雪のバトルを楽しみにしています。繋げれば、配信も見れると思いますが・・・」
「!?」
深優のモニターを見ようとすると、すぐに画面を切り替えた。
「切れてしまいました。残念です」
「お前・・・わざとだろ?」
「そんなことないです」
ツンとしていた。深優は深雪よりも顔に出やすいんだよな。
フードを押さえながら、待機室に戻る。
ギルドごとにプレイヤーたちが集まって、バトルの振り返りをしていた。
「このタイミングで詠唱を始めれば、相手の魔法を防げたかもしれない」
「次は、装備品を変えていこう。俺の持っている、賢者の指輪を渡しておくから・・・・」
昔、RAID学園でしていたような会話だな。
周囲をちらちら見ながら、椅子に座って足を組んだ。
「お前、さっき魔族と戦ってたやつだよな?」
「?」
「いい身分だな。相手が棄権して勝ち上がったくせに。このゲームの魔族はぬるいって聞いてたが、本当みたいだ」
フードを押さえた。
「・・・・・・・・」
「おい、聞いてんのか?」
「はは、魔族に何言ったって無駄だ。言語が違うんだろう」
一回戦で敗退した2人の魔導士がつっかかってきた。
装備品はいいものを付けていたが、単純に実力が見合っていないのだろう。
記憶にすらないプレイヤーだ。
「今ここでお前を倒せば、俺たち上がれるのか?」
「試しに配信してみるか? 一枠空いたらTAICHI、お前が・・・」
― 悪魔の蛇 ―
ズズッ・・・
「!?」
影から蛇を出して、男の体に伝わせた。指を動かして首に細く巻き付ける。
「ここでゲームオーバーになりたいか?」
「なっ・・・・」
「声を上げたら殺す。指で答えろ。人差し指がYESで親指がNOだ。わからない場合は小指を出せ」
低い声でささやいた。汗をたらしながら、小刻みに頷いている。
「お前らは、近未来指定都市TOKYOについて何か聞いてるか?」
NOだ。親指を立てていた。
「この闘技場に『イーグルブレスの指輪』を作ったクリエイターはいるか?」
YESだ。人差し指を立てていた。
「対戦相手として出ているか?」
NOだ。親指を立てていた。クリエイターはどこかで見ているのか。
「クリエイターと会ったことがあるか?」
YESとNOか。人差し指を立てていた。片方の人間は親指を出している。
「ねぇ」
「!!」
水瀬深雪が立っていた。
「やっほー」
「なんで・・・・・?」
気配に全く気づけなかった。なぜここに・・・。
「それ、解いたほうがいいかもよ。さっき、控室で異様なほどの闇の魔力の高まりを検知したって話してたから」
「・・・・・・」
下で手を動かして、悪魔の蛇を解く。
深雪が一歩前に出て、掌に天秤を載せていた。プレイヤーの2人が、深雪の天秤を見て青ざめている。
「水瀬深雪・・・・」
「控室で問題起こしたプレイヤーって出禁になるんだよね。量ってみようか?」
「っ・・・・」
「命、奪っちゃうかもしれないけど・・・いい?」
「いやっ・・・す・・・すみませんでした・・・」
がくがくと震えながら走っていった。ギルドの集まりをかき分けて、魔法陣の中に入っていく。
深雪がプレイヤーたちが居なくなったのを確認して、天秤を消していた。
「いいのかよ。魔族の味方して」
「だって、悪いのは向こうだったでしょ? あれ?」
フードを少し上げると、深雪が覗き込んできた。
「なんか君と会ったの初めてじゃない気がするの。どこかで会った?」
「・・・いや・・・会ってないよ」
視線を逸らす。思っていた通り、メンテナンスで記憶が消されたみたいだな。
「そうかな・・・会った気がする。見たことある、感じたことがある気がするの、その優しい闇の魔力。どうしてだろう・・・」
「・・・・・」
深雪がこめかみに指をあてて、唸っていた。
予定は狂うが、今、この施設に闇の力を流して、シャットダウンさせて深雪を・・・・。
「あ!」
深雪が何かを見て、くるっと表情を変えていた。
「パパ」
「え・・・・・」
さーっと血の気が引いた。深雪が軽い足取りで走っていく。
振り返ると、3Dホログラムで投影された見知らぬ男が立っていた。
30代か40代くらいの見た目で、鼻が高く、戦闘用ではない普通の服を着ていた。
タニタ・・・ではない。
誰だ? こいつは・・・。
『深雪、ここにいたのか。探したよ。急にいなくなるから』
「ごめんなさい。闘技場にいるとワクワクが止められなくて」
「・・・・・・・」
フードを深くかぶって、2人の前を横切る。
『待ってくれ。君は、確かミユウという女の子と一緒にいたね?』
「・・・だからなんだ?」
『彼女は次の深雪の対戦相手なんだ。よろしく伝えておいてよ』
「は・・・・? 何言って・・・・」
立ち止まって振り返る。
深雪が男を見上げて、ほほ笑んでいた。ルーナがタニタと話していたときの表情と重なって見えた。
「パパ、ギルドにあいさつに行きたいの。私のこと、覚えてるかな?」
『あぁ、深雪は人気者だからね。みんな喜ぶよ』
「うん!」
男と深雪がギルドのほうに歩いていた。
深雪が花のような笑顔でプレイヤーたちと話している。
深雪と深優を戦わせるつもりか? 何のために・・・深雪の力が想定通りか、深優を使って確認させるのか? 偶然にしては、できすぎている。
歯を食いしばって、マントを翻した。
怒りで闇の力が漏れ出さないようにしながら、観戦席に戻っていく。
感情的になるべきではない。冷静に動かなければ、深雪は救い出せない。
「次からやっと私もバトラーになれるの。新しい力を使うのが楽しみ」
後ろから弾むような深雪の声が聞こえた。
でも、深雪はこのまま、『パパ』と呼ばれる人たちと一緒にいたほうがいいのだろうか。何も知らない状態で、クリエイターたちと『アラヘルム』に留まっているほうが幸せなのか。
籠の外を知らない鳥のように、鳥かごの中で愛されていたほうが・・・。
いや、深雪ならそんなことを望まない。
「おかえりなさいませ」
「・・・あぁ」
席に戻ると、深優が装備品を変えていた。
「どうしましたか? 顔色が優れないようですが・・・」
「色々あってな・・・」
「闇の王、キキとペペをどうにかしてください!」
テイアが涙目になりながら、胸倉をつかんできた。
「さっきから・・・はうっ・・・」
「くっつきたいだけでし。土と草の良い匂いでし」
「いい加減にしろ」
「あ・・・・・すみません。つい、本能には抗えなかったでし」
「反省するでし」
キキとペペを引き離しながら、深優に話す言葉を選んでいた。




