90 自分で形作る未来
「ディラン、俺が留守の間、『リムヘル』のことを頼む」
『かしこまりました。でも・・・あの、指揮官が俺でいいのでしょうか?』
ディランが整列した軍のほうを見ながら言う。
生前、英雄と呼ばれた者たちが前のほうで背筋を伸ばしていた。
『人間に地位を譲るのは悔しいですが、あちらにいる者は更地から帝国を築いた者、勇者と呼ばれた者、国同士の戦闘に終止符を打った者・・・挙げだしたらきりがないほどの英雄たちです』
「それがなんだ?」
『・・・俺なんか、魔族の流れ者ですし、もっと闇の王のそばに相応しい者がいるのではないか・・・と。俺はソラ様に救われましたので、ここで地位を落としてもなんとも思いません』
自信なさそうに話していた。
「お前は、俺が闇の王になった後も唯一友人で居てくれた奴だ」
『え・・・? な、なんのことでしょう』
「信頼しているという意味だ。これからもよろしくな」
「?」
マントを後ろにやって、軍の前を通っていく。
ディランは貿易商の息子、ハンスだった。強くは無いけど、頭は切れる。
「ソラ、これからどうするの?」
アリアが近づいてくる。
「近未来指定都市TOKYOに行ってみる? クリエイターが何か作り出す前に、潰しておいたほうがいいんじゃない?」
「いや、俺は『アラヘルム』に行く」
「『アラヘルム』・・・・」
顔をしかめていた。
「アリアとリーランは入れないんだろ? 『リムヘル』で待っててくれ」
「ソラ様のことは私に任せて」
モイラが急に駆け寄ってきて、腕を絡めてくる。
「ふうん、随分楽しそうね」
「いや・・・俺は・・・」
「そう見える? やっぱり、私とソラ様はパートナーとして最高なのね」
頭を掻く。モイラを連れて行くつもりはないんだが・・・。
「私はソラ様が居てくれたらどこでも幸せなの。ね、ソラ様」
「すぐ、くっつこうとするんだから。離れてよ」
「だって、私たち結婚するんだもの。ねー」
「結婚するわけないでしょ! もう、離れてってば」
アリアが強引に引き離すと、モイラがむっとしてにらみ合っていた。
こいつらの相性は最悪なんだよな。城にいる間も何かと喧嘩してるし・・・。
ありさはもう少し、控えめな性格だった気がするんだが。
キィッ・・・
「あ、蒼空様」
医務室のドアを開けると、ヒナが立ち上がった。
ヴァイスはまだ、眠ったままだ。
「目が覚めないか」
「リーランが、魔力と体力は安定してきてるけど、目を覚ますにはもう少し時間が必要って言っていました」
ヴァイスを見ながら言う。
顔色は良くなってきていたが、内臓の損傷が激しいのだろう。枕元には呼吸を補佐する魔法陣が描かれていた。
「軍のことは・・・・」
「軍はディランに任せてある。ヒナも疲れただろうから、しばらくここにいてくれ」
「・・・・ありがとうございます」
ヒナがゆっくりと、椅子に腰を下ろす。
「蒼空様・・・『アラヘルム』に行かれるのですか?」
「あぁ、今回は一人で行くつもりだ。モイラに追いかけまわされたけど、どうにか巻いてきたよ」
「蒼空様は人気者ですね。私も蒼空様と行きたいですが・・・」
「悪いが、ヒナは連れて行けない」
「・・・・そうですよね」
肩を落としていた。
ヒナを『アラヘルム』に連れて行くのは危険だ。椅子に座って足を組む。
「何か、飲み物を持ってきましょうか?」
「じゃあ、ハーブティーを頼む」
「はい」
ヒナはヒスイだった。
転生したのか、転移させられたのかはわからない。俺が死んだとき、ヒスイはまだ生きていたはずだ。
ヒナの様子を見る限り、『ユグドラシルの扉』のゲームにいたときの記憶はなさそうだが・・・。
ヴァイスは何か知っているのだろうか。
「深優・・・とは何か話しましたか?」
「いろいろとな」
「そうですか・・・私はすれ違っただけですが、水瀬深雪にそっくりでしたね」
「あぁ、深雪のコピーだなんて、残酷だよな」
「蒼空様はすぐに水瀬深雪じゃないと気づいたのですか?」
「まぁな。深雪は配信でよく見てたし、ありがとう」
カップを受け取る。湯気からラベンダーの香りがした。
「蒼空様、私、水瀬深雪をみていると、なんだか懐かしい気持ちになるんです」
「・・・・・・・」
「彼女の魔法をどこかで見たような気がして。自分でも不思議なんですけど、どこかで会ったことあるような・・・」
「気のせいだろう」
「そ、そうですよね。すみません」
ヒナの状況がわからない以上、今は『ユグドラシルの扉』でのことは言わないほうがいいのだろう。
「RAID学園からヒナのところにアクセスなかったか? 俺はモニターを壊したから、つかなくなったんだ」
「モニターは大丈夫ですけど、RAID学園自体が予備電源で動いてるようですね。配信プラットフォームにアクセスできなくて、SNS関連が全滅してます」
ヒナが目の前にモニターを表示した。インターフェースが少し崩れている。
「んー、アクセスはありましたが、RAID学園じゃありません。どこなんだろう・・・」
画面を見ながら、指を口に当てる。
「調べてもらえるか? あと、できれば俺のモニターも修復してもらえると助かる」
「わかりました。こちらの情報が漏れないようにしながら調べてみますね」
「無茶だけはするなよ」
「はい」
大きく頷いて、ほほ笑む。
バタン
「!!」
急にドアが開いて、テイアが立っていた。
「やっと見つけました。この城の医務室は二重結界になってるのですね」
「蒼空様・・・」
「何しにきた?」
深淵の杖を出す。
「このままでは死の神ヴァイスは目覚めません。ティターン神族の呪いは魔女ごときが治せるわけありませんので」
テイアが掌に青い光を灯していた。
「治してあげます」
「なぜ・・・・」
「ティターン神族は借りを作らないのです。裏切り者であっても、仁義は通さなければなりません。これは、ポロスを弔わせてくれたお礼です」
テイアからは殺気を感じなかった。
ヒナを後ろにやって、杖を下げる。
「闇の王に敵わないことくらいわかっております。誇り高きティターン神族は嘘を付きません」
「わかった。お前を信じる」
許可すると、テイアがゆっくりとヴァイスに近づいた。
青い光を胸元に移す。
わからない言葉で、小さく詠唱し始めた。
光がヴァイスの体に染み込んでいく。
シュウウウウウ
光が無くなると、顔色が良くなっていった。呼吸が正常になっていく。
「ヴァイス!」
「っ・・・・・」
ヴァイスがうっすらと目を開けていた。
「これで、貸し借りは無しです」
「ま・・・待て・・・・・」
ヴァイスがゆっくりと体を起こす。テイアがピアスを揺らして振り返る。
「治したとはいえ、完全ではありません。横になっていたほうが・・・」
「神々はまだ、この世界に従うのか?」
「少なくとも、ティターン神族はそう決めております。テイアは皆に従います」
「ゴーダンが『アラヘルム』にいる」
「!?」
テイアの表情が変わった。
「嘘です! どうして、そんなことがわかるんですか? まさか、し、死者のリストに・・・」
「死者のノートに書かれていたわけじゃない。俺にも秘密があるんだよ。詳しくは言えないけどな」
「ゴーダンって誰だ?」
「ティターン神族の巨人だ。兄弟の中でも知性派で、テイアの二番目の兄にあたる。単独行動を好む変わった奴だ」
「・・・・そんな・・・ありえません」
「嘘だと思うのは構わないが、事実だ。クリエイターと接触しに行ったんだろう」
ヴァイスが軽く頭を押さえながら言う。
「ゴーダンが・・・?」
「思うんだ。俺たちはもう、自分の目で見て、耳で聞いて考えなければならない時が来てるんじゃないのか? 神といったって、間違えはある」
「・・・・・・・・」
「自分の道は自分で開くべきだと思うんだ。与えられた役割に縛られることなく、ね」
「テイアは誇り高きティターン神族です。死の神の言葉には惑わされません」
強い口調で言って、背を向けた。
「・・でも、馬鹿ではありません。考えます」
床を見つめながら、ドアを開けていた。廊下から、食事を運ぶような音がする。
「悪い、ソラ。しばらく、戦地に行けそうにない」
「いや、礼を言う。お前のおかげで、ヒナが助かった」
「あ、ありがとうございます」
ヒナがはっとして頭を下げていた。
「寝ている間、ヒナがお前の面倒を見てたんだ」
「え? ヒナさんが?」
「はい。といっても、そこの魔法陣はリーランが描いたものなんですけどね。私は、本当に補佐的な形で・・・」
「へ、へぇ・・・いい魔法陣だと思ったんですよね。あ、えっと、寝てたから曖昧なんですけど、夢で、そう、夢で見たんですよね。なんか、いろんな夢見て、ヒナさんも夢とか見ます?」
「??」
ヒナが首を傾げる。ため息をついて、リーランのかけた魔法陣を解いた。
数分くらい、ヴァイスが顔を赤らめながら、早口でわけのわからないことを話していた。




