89 受け止め方
城の高台に座って、夜空を見上げる。星座の話はうっすらと覚えていた。
結局ルーナに話したのは、天秤を持つアストレアの話だけだったか。
この世界は、俺の元いた世界によく似ていた。
何度もプレイヤーとして入ったことのある『ユグドラシルの扉』が、転生前の俺がいたゲームだ。俺がいたときに、魔界のフィールドがあったのは、闇の王である俺を倒したからなのだろう。
『ユグドラシルの扉』と『イーグルブレスの指輪』は繋がっている。
フレースヴェルグが話していた新しい世界は、この『イーグルブレスの指輪』のことを指しているのだと思った。”ヒトガタ”がどうなったのかはわからないけどな。
幽幻戦士のほうを見る。
「お前は全て覚えているのか?」
― 我はただの戦士だ。知っていることは今、全て話した ―
「・・・・そうか。そうだよな」
手すりに腕を載せて、息をつく。
深優はルーナの最期を知らないらしい。
気づいたら『イーグルブレスの指輪』のゲームにミユキとして存在していたのだという。深優が深雪のコピーとして作られたのは、ミユキが『イーグルブレスの指輪』に転移してきた頃らしい。
”ヒトガタ”の存在は全く知らなかった。
ユグドラシルの樹のふもとは、死んだら通る場所で、他には何も見ていないのだという。
俺を守るという記憶だけが、バグのように残り続けているようだった。
ふわっと緋色の髪が視界に入る。
「ここにいたのね。探したんだから」
アリアが腕を組んでこちらに歩いてきた。
ルビーのような瞳には、遠い昔にも見た記憶があった。
「・・・・・・・・・」
深優は転生者は俺だけではないと話していた。
この世界にも、転生してきた者が多くいると・・・。
「ん? どうしたの?」
「・・あぁ・・・そうだな・・・」
アリアは、プレイヤーで城にいたありさだった。病気で亡くなった後、ゲームの中に転生したいと願い、『イーグルブレスの指輪』の登場人物として転生したのだという。
さっき、幽幻戦士が話していた。
「いや、なんでもない。それより、どうした?」
「死者の国の混乱はとりあえず収まったわ。リーランが怪我人の手当てをしているけど、みんな一度死んでるだけあって、立ち直りが早いの」
髪を耳にかけて隣に並ぶ。
「あのティターン神族の子はどうするの? 一応、牢屋でおとなしくしてるみたいだけど」
「明日になったら解放しろ。攻撃してくるようだったら殺せ」
「ふうん、本当、ソラは甘いんだから」
瞼を重くして言う。
「モイラもソラを探して城中駆けまわってたわ。本当、人気者ね」
「そりゃどうも」
「褒めてないわ。もっと、王としての自覚を・・・」
「説教は今度な。じゃあ、俺はそろそろ戻っ・・・」
「待って」
アリアが袖をくいっと引っ張ってきた。
「そ・・・その、深雪のコピー、いえ、深優から少し話を聞いたんだけど・・・その・・・私が転生前にプレイヤーとしてゲームに入ってたって」
「・・・あぁ、聞いてたのか」
幽幻戦士が真っすぐ、リムヘルの木のほうを見ていた。
「お、お、覚えてるの?」
「覚えてるっていうか、思い出した・・・というほうが正しいな。元々、あの頃のことを思い出しかけていたんだよ」
「えっ!?」
「?」
アリアが顔を赤らめて、口をもごもごさせていた。
「私のことも・・・」
「ん? ありさって名前だった頃だろう? 闘技場の管理人をしていて・・・・」
「じゃ、じゃあ、私がや、や、闇の王と・・・」
耳まで赤くしたまま近づいてくる。
ごにょごにょっと小声で話してきた。
「は!? なっ・・・・んなわけないだろ?」
「私じゃない! だって、深優が・・・」
「私がどうかしましたか?」
「!?」
深優が後ろからすっと現れる。アリアの表情を見て、にやりとしていた。
「だ、だましたわね!」
「アリアの転生したことは本当ですよ。闇の王と仲が良かったので、そんなこともあったのかな? と想像しただけです」
「もうっ!」
アリアが髪を後ろにやって、石段に上がった。
「・・・深優、私が転生者だって話は本当なのね?」
「そうです。貴女にそっくりなありさという少女が、プレイヤーとして入ってきました。貴女と同じ緋色の髪と瞳を持つ少女です」
「フン・・・・」
深優を睨んでから足に魔法陣を展開させる。
高台からふわっと飛び降りて、城の中に入っていった。
金星がきらりと輝く。
「意地悪いこと言うな。アリアは元々記憶なんか無かったんだから、嘘も信じるに決まってるだろうが」
「でも、ありさと闇の王が仲が良かったのは本当ですよ。2人きりで部屋に閉じこもって何時間も出てこない時もあったと記憶しています」
「あの時は、プレイヤーのことを聞いてたんだよ」
「そうですか」
「つか、なんで、お前にそんな記憶があるんだ? 城内部での話だろ」
「さぁ、どうしてでしょう」
月明かりが深優の横顔を照らす。
「まさか、クリエイター・・・タニタが記憶を操作して・・・?」
「違います。ルーナは、闇の王に会わないときでも、よく魔界に行ってましたから、闇の王が思ってる以上に、闇の王のことを知ってるのです」
「・・・・・・・・」
「ルーナは羨ましかったんですよ。闇の王に頼られるありさと、側近たちのことが。転生しても一緒にいるなんて、少しくらいの意地悪、してみたいと思うのは当然です」
髪を耳にかけて長い瞬きをしていた。
視線を外して、リムヘルの木の向こう側を見つめる。
「・・・深雪がパパと呼んでいたのは、タニタのことなのか?」
「違います。パパは複数います」
「複数?」
「水瀬深雪は、タニタの思い入れのあるキャラクターでした。でも、タニタだけじゃなく、大勢の人から莫大な人気を得たキャラクターなんです」
深雪によく似た手を天に伸ばしていた。
「美しい容姿と凛とした剣裁き、芯の強さは、画面の外の人間たちを熱狂させました。たくさんのファンが、彼女を描いた。トレンドは彼女で埋め尽くされていたこともありました」
「・・・・・?」
「彼女を早く、ゲーム内に囚われない世界に出したいと思っていた。多くの愛が彼女・・・ルーナを、こちらの世界に転移させたんです」
「待て、どうゆうことだ? 近未来指定都市TOKYOでは、そんなの聞いたことなかったが・・・」
「近未来指定都市TOKYOの外の話ですよ」
「!?」
木の葉が風に舞って落ちていく。
「近未来指定TOKYOはゲームと外の世界の中間に位置する都市です。私たちがパパと呼んでいる人たちは、外の世界・・・東京というところで、VRゲームをプレイしている人たちですよ。彼らもアバターでプレイしているので、会ったことはあると思います」
「・・・・どうしてお前がそんなこと知ってるんだ?」
手すりに載せた手を握りしめる。
「私は人間たちが嫌いなので、よく人間が調べられたくないことをバレないように調べるんです。どうにもできないことはわかっているので、些細な抵抗ですよ」
ひんやりとした口調で言う。
「プレイヤーもクリエイターも嫌いです。ですが、彼らには逆らえない、抗えないんです。悔しいですが、私はそうゆう者です・・・」
「そうか・・・・」
水瀬深雪をコピー・・・か。
見た目も声も似ていたが、俺の知っている水瀬深雪とはどこか違った。
ルーナとも違う、深優という一人の少女だった。
「幽幻戦士、お前は門の見回りに行け」
― かしこまりました ―
ゴウン ゴウン
鎧の音を鳴らして立ち止まると、一瞬にして消えていった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
沈黙が降り落ちる。
しばらくすると、リーランが街の中央に魔法陣を描いていた。
杖をかざすと、ぼうっと回復の炎が燃え上がり、死者たちが群がるのが見えた。




