88 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑯
「や、やめてくれ!! 俺は、プレイヤーじゃない」
「そんなこと見りゃわかる」
闇の王の城付近をうろうろしていたアースの人間10名を捕えていた。
「っ・・・これは、闇属性だから・・・」
手足を拘束されながら、どうにか助かろうともがいていた。
無駄なのにな。
「うっ・・・・」
リーダー格のような一人に剣を突き付ける。
「こ、こいつらだけは解放してくれ・・・頼む。俺が無理やり連れてきたんだ」
「ダクト!」
「お前ら悪い。こんなことに巻き込んで、全部俺のせいだった・・・」
全員、天界の防具と同じものを身に着けていた。
「お前らのように、こそこそ魔界に来る者が多くなった。天界の装備品を身につけてな」
「・・・・・」
「ギルドにどんなクエストが来ていたか話せ。お前らはなぜ、天界のものを持っている?」
「止めて!!!」
女がキンキンとした声で叫ぶ。
「ダクトは悪くないの。私がこのクエストに誘ったの。プレイヤーが・・・」
ザンッ
ヒスイが女の胸を剣で貫く。血しぶきが飛んでいた。
「今、闇の王が話しておりますので。お静かになさってくれます?」
きゃああああああああ
「闇の王の役に立たない者は殺していきます。時間が無駄なので」
「ナナっ・・・・・・ナナ!」
うわあああああああああ
人間の悲鳴が上がる。
縛っているな縄の力を強める。
「プレイヤーは全員死んだ。今、助けが来ると思わないほうがいい」
「!?」
ああああ 助けてええええええええ
鎧を着た男が髪を搔きむしりながら叫んだ。
恐怖で自我を失う者もいた。闇の力が恐怖を煽るのだろう。
「話さないなら、全員を殺すまでだ」
剣を大きくする。
「?」
突然、空から白い羽根のようなものが落ちてくる。
「闇の王・・・・」
ルーナが光の中から出てきて、アースの人間の前に立つ。
「ルーナ・・・・」
「天界の方!」
「私たちを助けに来てくださったのですか?」
アースの人間たちが声を上げていた。
「貴様、闇の王の邪魔をするなら私が・・・・」
前に出ようとしたヒスイを手を挙げて止める。
「ルーナ、何しに来た?」
「天界の一部から、闇の王を裁くよう指令が出たから来てみたの。残虐な行為を続けるから危険視する意見もあって、でも・・・!」
血だまりを見て、少し困惑しているようだった。
「でも、私はそんな必要ないと思ってる」
「だからなんだ?」
「・・・彼らの身柄は天界が引き取るわ。私もなぜ、この者たちが天界の防具を身に着けているかわからないから、聞きだして必ず闇の王に結果を伝える。場合によっては天界での処刑も考える」
「どうして、そこまで俺に構う?」
「だって・・・・・」
口をゆがませていた。
ルーナは40回死んで、記憶が断片的になっているようだった。
何によって生かされているのかもわからない。
俺とどんな会話をしたのかも、あいまいになっていりようだった。
天界でも浮いているのか、いつも独りで行動していた。
ありさは、クリエイターの愛着のあるキャラクターだからではないかと話していた。
本来は自分の世界に置きたいが、実現できないため、この世界で生かし続けているのではないか、と。
「クリエイターに頼んで、虹の橋を作ったことに罪を感じてるのか?」
「・・・・わ、私が必ず、原因を突き止めるから」
目を伏せがちに言う。
「その必要はない。遅かれ早かれこうなっていただろう。プレイヤーの欲は止まらないからな」
剣の先に魔力を溜めていた。
「たまたま、虹の橋が引き金になっているだけだ」
「・・・今からでもきっと、変えられるから。彼らを調べれば、天界で手を引いている者がいるのかもしれない。私が天秤を使って、きっと探してみせるから」
「・・・・・・・・」
ルーナが悲しそうな表情を浮かべていた。
「あのマントは・・・天界の・・・ヴァナヘイム王国の騎士団長・・・・?」
「一度死んだと聞いたが、別人か?」
「・・・・・・・・」
魔族がルーナを見てざわめいていた。
天界から来たのは、ルーナ一人で、しばらくしても誰も来なかった。
捨て駒のような扱われようだ。
「ねぇ、闇の王!」
「邪魔をするなら、お前も殺す」
「!?」
ルーナは何度死んでも美しいままだった。
月を溶かしたような白銀の髪を、風になびかせる。
「お願い、この役目、私にやらせて。闇の王・・・彼らを殺す前に・・・」
「・・・・・・・」
ルーナの言葉を無視して、両手を広げる。
― 五芒星の刃 ―
「!?」
空中に描かれた五角形の星の中からいくつもの手を出して剣を持たせる。
うわあああああああああああ
「闇の王!」
ザンッ
ルーナが何か魔法を放つ前に、一瞬にして全員の胸に剣を刺した。
息を引き取り、バタバタと倒れていく。
血が飛び散ると、魔族から歓声が上がっていた。
ヒスイが剣を仕舞って近づいてくる。
「闇の王、これらの死体はいかがいたしましょうか?」
「天界の防具だけ取って、燃やせ。ラルタが何か知っているか聞いて、もしラルタが裏切り者であるようならラルタも殺せ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げる。
「なんだ? お前はいつまでここにいる? 戦いに来たのか?」
「・・・・・・」
飛び散った血でルーナの翼は赤くなっていた。
「そんな・・・・彼らは殺さなくてよかった・・・闇の王・・・・どうして」
「お前にできることはない。天界に帰れ」
五芒星の刃を解いて、マントを翻す。ルーナの横を横切った。
「待って、これならどう?」
ルーナが前に立って、天秤を掌に載せる。
「ごめん、闇の王。闇の王とは戦いたくないから、これで決めましょう。もう起動したから、逃げられないわ。勝手に逃げるのなら、ここで死ぬだけよ」
強い口調で言う。
「好きにしろ。ヒスイ、絶対に手は出すなよ」
「・・・・かしこまりました」
ヒスイがルーナを睨みつけながら、一歩下がる。
「・・・・・・・」
ルーナが何かを唱えると、天秤が輝きだした。
体が熱くなり、光に包まれて、2人の間に置かれた天秤が傾く。
時が経つのが遅く感じられた。
どこかで、死ぬならこの瞬間でもいいと思っていたからだろうか。
「え・・・善のほうに・・」
「・・・・・・・・・・」
視線が交わる。
天秤を確認するサファイアの瞳が、かすかに潤んでいるように見えた。
「言っただろう。お前にできることは無い。天界に帰れ」
「あ・・・・」
地面を踏んで、飛び上がる。ユグドラシルの樹が大きく揺れていた。
俺はこの時までは、天秤で確認する限り正しかったようだ。
ルーナとまともに会話したのは、天秤で魂の善悪を量ったときが最後だったと思う。
確かに、天秤は善のほうに傾き、ルーナが毒で死ぬことは無かった。
あの天秤は、合っていたのか間違っていたのかはわからない。ただ、俺がルーナを殺すことはなかった。
次第にアースには天界の武器が出回り、魔界との戦闘は激化していった。
俺の力を脅威に思ったのか、中立的な姿勢を見せていた天界が、裏切るのに時間はかからなかった。
アースとの同盟を結んで戦闘に加わると、プレイヤーは一気に力をつけていった。
最期のときは覚えていない。
確か、二度と生まれ変わりたくないと思いながらプレイヤーの攻撃を受けたような気がした。
死は、思っていた以上にあっけなかった。
フレースヴェルグが話していた闇の力を解放する感覚は、なんとなく掴んでいた。
きっと、闇にすべてをゆだねれば、アースも天界も闇に呑み込むことができただろう。
でも、結局死を受け入れた。
肉体を失い、精神だけ残った混沌の中で、小さな光を思い出していた。
もし、クリエイターの作り出した、クソみたいなシナリオに心残りがあるとするのなら・・・。
ルーナがあの世界から、解放されたのかということだけだった。




