87 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑮
時が経過するごとに、プレイヤーは強くなっていった。
数日前、ついに幽幻戦士は破られた。度重なる戦闘の中から幽幻戦士の弱点を見つけたらしく、何体出してもプレイヤーに敵うことはなかった。
ありさの話では、幽幻戦士の倒し方が多くのプレイヤー出回ったとのことだ。
まだこの城には遠いだろうが、着実にプレイヤーが近づいてきている。
「天界からの武器は足りているか?」
「はい。武器も防具も大丈夫でし。今は養成所から出た魔族たちが腕慣らしにプレイヤーと戦ってるでしよ」
チチコが手袋をはめながら言う。
「魔族は退屈してたので、いい刺激になってるでし」
「いい傾向だ。奴らが何を言ってこようが、全て殺すようにしろ。躊躇はするな」
「もちろんでし。あぁ、王になられたアイン=ダアト様はますます残酷になりまして、嬉しい限りでし。昨日の処刑も素敵でしたでし」
「・・・・・・・・」
チチコが頬を押さえて悶えながら言う。
「あ、闇の王子!」
ヒスイが見慣れないメイドを連れていた。
頭に白い猫耳がついている。
「ヒスイ、また間違ったでし」
チチコが腕を組んで睨みつける。
「す、すみません。闇の王になられたのに。つい、昔の癖で・・・」
「いいよ。王になったって、やることはあまり変わりがないんだから」
「闇の王、アイン=ダアト様」
メイドの少女がツインテールを後ろにやって深々と頭を下げる。
「私、天界出身のメイドでございます。主に、天界とのやりとりを担当させていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「天界の者?」
「はい、私は闇の力の使えるので、魔界にいて体調を壊すなどということはないのです。精いっぱい闇の王のお役に立ちたいと思います」
少し頬を赤らめていた。
「お前、名前はなんという?」
「ら・・・ラルタです」
「はぁ、天界の者はみーんな可愛くておっぱいがでかいでしね」
「きゃあっ」
チチコが後ろに回って、ラルタの胸を揉んでいた。
「あっあん・・・おやめください」
「感度もいいでし。匂いもいいでしね。甘い香りがするでし。生で触りたいでし」
「はうっ」
「チチコ、その辺で止めておけ」
「もうっ、闇の王の前ではしたないことしないで! 離れなさいよ」
「あぁっ・・・・・・」
ヒスイが無理やりラルタからチチコを引き離す。
「離すでし。貧乳には興味がないでし。私は巨乳に飢えてるでし」
「うるさいのです。わ、私は、まだ成長段階なのです!」
「全然成長しないでし」
ヒスイが顔を真っ赤にしていた。
「ヒスイ」
「は、はい!」
声をかけると、ヒスイがチチコを離して頭を下げた。
「この城にいつプレイヤーが来るかわからない。準備しておけ」
「かしこまりました」
ヒスイは王に仕えるに相応しいほどの戦闘能力を持っていた。
もし、ラルタが天界のスパイだとわかったら、瞬時に殺せるだろう。
ラルタと目が合うと、はだけた服を直しながらほほ笑んでいた。
転移魔法を展開する。
「闇の王、どこに?」
「少し息抜きだ。すぐに戻る」
シュッ
地面に降り立つと、ひんやりとした空気が肌に張り付く。
ユグドラシルの樹のふもと、鷲の形をした巨人像の前にいた。
きゅうううううん きゅうん
”ヒトガタ”が暗闇からうねるように近づいてきた。
「フレースヴェルグ、起きてたのか?」
― お前が来ると思ってな ―
フレースヴェルグが目を開けているときだけ、”ヒトガタ”はおぞましい形で動いていた。ほぼ岩である彼らが唯一持っている体の一部は、どれも綺麗な見た目をしている。
「ルーナは死んだのか?」
― 昨日な。だが、またタニタが生き返らせる ―
「何度目だ?」
― 今回でちょうど、35回目だな ―
「・・・・・・・・」
近くの岩に腰を掛けると、手だけの”ヒトガタ”がマントで遊び始める。
ルーナは自分が何度も死んで、蘇っていることに気づいていないらしい。
死んだときにここへ来ても、タニタが蘇るときに不要な記憶を抜くからだ。
天秤が悪に傾くたびに毒を受けて、死ぬらしい。何度でも蘇るため、ルーナの命はプレイヤーと同じように軽いと思われていた。
― ここには連れてこないのか? ―
「あぁ、この場所についてはあまり教えたくない。これ以上縛りを作りたくないからな」
ルーナは”ヒトガタ”のことを弟と呼び、彼らのために生き返ると言っていた。
でも、ルーナは、死んで何回目からか”ヒトガタ”の記憶が無くなっていた。
ルーナが蘇るのは自分の意志だというが、こいつらのためではない。
きゅううううん
少女の手に触れる。
胴体は岩だけだったが、何かを訴えてきているように感じた。
でも、最期まで俺がこいつらの言葉をわかることは無かった。
「・・・・・ルーナはお前らに、自分を重ねてたのかもな。クリエイターの愛着が重いゆえに、この世界の住人にもなれず、プレイヤーと同じ世界にいられるわけでもない」
『あーあー』
ひゃううう うううう
ルーナは何度も俺に会いに来た。俺を守るのだという。
なぜか、俺に会ったということだけは、記憶から消されずにいた。
「ルーナの蘇りを救う方法はあるか?」
― 何度も言っているが、ルーナはクリエイターによって蘇る。クリエイターをどうにかしない限り、蘇るだろう。我には止める方法が思いつかぬ ―
鷲の頭がこちらを見る。
― ルーナのことならお前のほうが詳しいのではないか? ―
「・・・・・・・・」
自分の手を見つめる。
闇の力を解放すれば・・・・。
いや、それよりも確実な方法があった。
きゅうううん
”ヒトガタ”が響くような声で鳴く。
「・・・・・そういえば、こいつら最初来たときよりも、だいぶ増えてるな」
― そうだ。クリエイターがアバターの試作品を多く作っているから、ここに来る魂も多い ―
「なるほどな。どおりで前よりも数が増えているはずだ」
少年の頭の付いた岩、胴体だけの少女の岩が音を立てて転がっていた。
きゅううううん
「・・・・プレイヤーもクリエイターも勝手だな。俺はこのゲームに必要とされたから、闇の王となって魔界にいるのに、プレイヤーはそんなに俺を倒したいのか」
よく見ると、体の一部が龍の鱗のようになっている岩もいた。
クリエイターが戦闘能力の高いアバターを作成し、配布し始めたのだろう。失敗した者だけが、ここに流れ着く。
― 闇の者、生まれ変わりたいか? ―
「ん?」
― クリエイターが新しい世界を作り始めたようだ。お前も行ける方法を探すか? ―
「いいよ。どうせ生まれ変わったって、誰かが敷いた未来を生きなければいけない。それなら生まれ変わりたくないからな」
指を動かして、空中に天体模型を浮かべた。
”ヒトガタ”たちがぬるぬると動いて、反応している。
「ルーナはこんな世界に生きるべきじゃなかった。フレースヴェルグは、ルーナを別の世界に飛ばしてやれないのか?」
― 闇の者、お前がいるからルーナは何度でも蘇る。お前を守ると、約束したからな ―
「そうか・・・」
ヘラクレスによって倒されて星になったという、うみへび座を繋げる。
「では、こいつらに短い一つ星座の話をしたら戻ろう。アースの者たちを処刑しなければならない」
― この世界の悪者を演じ続けるのか? ―
「・・・そうだ」
短い息をつく。
「俺はこの世に未練がない。俺がクリエイターのシナリオ通り、プレイヤーに敗れれば、ルーナもこの世界から離れるだろう」
俺が消えればルーナに生き返る必要は無くなる。タニタにはあれから会っていなかったが、ルーナが望まないことはしないだろうと思った。
「俺が望むのは、ルーナの解放だ」
― では、ユグドラシルの樹のふもとの者として、見守ることにしよう ―
フレースヴェルグがゆっくりと目を伏せた。
ルーナが弟だと言っていた者たちに、うみへび座の星座の話を始める。
血なまぐさい手で説明しているにもかかわらず、”ヒトガタ”たちは警戒することは無かった。




