86 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑭
「あ・・・怖かったらいいの。闇の王子だけ戻すから」
ルーナが俺のほうを見てはっとした。
「人にはなれなかった子たちだけど・・・悪い子たちじゃないの。ほら、ちゃんと話を聞けるし」
「怖いわけないだろ。いつもはどんな話をしてるんだ?」
「え・・・・・」
「こいつらに何か話してるって言ってただろ? どんな話をしてるんだよ」
「え・・・んと・・・・」
岩から伸びた少女のような手をあやしながら考えていた。
マントを後ろにやって、ルーナの横に座る。
”ヒトガタ”が熱で溶けたような目でこちらを見ていた。
「そうね、天界での出来事とかだよ。今日はこんなことがあったとか・・・あ、みんなはアースでの出来事が面白かったんだよね。闘技場の話」
『うーうーうーあー』
『いいいいいー』
きゅうううん きゅううううん
「・・・・・・・」
”ヒトガタ”が言葉とはいえないような鳴き声を出す。
口だけの者と、口の無い者で出す声が違っていた。
知性があるのかもわからない・・・か。
「じゃあ、俺も話してやるよ」
「話って、闇の王子が?」
「俺だって、話しくらいできる。こう見えて本はよく読んでるからな」
― 天体模型―
「わぁっ・・・・」
指を動かして、丸いドーム型の星々を作りだす。
「これは攻撃魔法じゃない。混沌から聞いた魔法だ」
「すごい・・・綺麗・・・こんな素敵な魔法使えるんだ・・・・」
ルーナが表情を輝かせていた。
「さすが闇の王子だね」
「・・・・そりゃ、どうも」
頭を掻く。
「星にはストーリーがあるんだよ。例えば・・・そうだな、アストレイアの話をしよう」
「アストレイア?」
「正義の女神だよ。正義を神格化したものだ」
てんびん座とおとめ座の星を線で繋げる。ルーナがおおっと声を上げていた。
アストレアが持つ天秤が死者の魂を量るものであること。
平和なとき、天秤は善のほうに傾いていたこと。
人々が欲望に駆られ、働くことを辞めて争うことになり、神々が去って行ってしまったこと。
アストレアだけは最後まで善行を勧めて、悪行を改めるように諭していたこと。
とうとう、アストレアも人々を見限り、地上を去ってしまったことを話していた。
てんびん座の神話の物語だ。
「アストレアが天に昇って星になった姿があれだ。彼女の持つてんびんがあれ。黄道十二星座の2つで有名な話だ」
てんびん座とおとめ座を煌々と光らせた。
「他にも天に輝く星にはいろんな物語がある。本当に星になったのかは知らないが、空を見るのは好きだからな」
「・・・星にそんな物語があるんだ。知らなかった」
「・・・・・・・」
”ヒトガタ”は聞いているのか聞いていないのかわからなかったが、うねうねと動いていた。
「ルーナ、お前、一度天秤を出したことがあったな?」
「あぁ、これ? リアーナ、ちょっといい? ごめんね」
ルーナが腕を掴んでいた”ヒトガタ”を話して掌を広げる。
ふわっと天秤が現れた。
「これも善悪の重さを量るものなの。なんか、アストレアの話に似てるね」
きぃいいいいいい!!! きゃいぃぃぃぃ!!!
ぎゃあああぉぉぉぉ
「!?!?!?」
急に、一部の”ヒトガタ”が苦しむような声を出していた。
自分で自分の岩をかきむしる者もいる。
「どうしたの!? みんな、落ち着いて!」
「ルーナ、その天秤を仕舞え!」
「あ・・・うん」
しゅっ
天秤が消えると、”ヒトガタ”が顔のパーツや手足を崩しながら落ち着きを取り戻していった。
「なんだ? 今の・・・・」
「どうして・・・こんな反応したのは初めて・・・」
ごめんね、と言いながら周囲の”ヒトガタ”を撫でていた。
「その天秤は善悪の重さを量ってどうするんだ?」
「えっとね、善悪の重さを量って、悪のほうが重いときは重い分だけ肉体に毒が回って対象者を苦しめる。強さに関係なく有効で、死んだほうがマシって思えるほどの毒が回ることもあるの」
ルーナの手に”ヒトガタ”の金色の髪が絡まっていた。
「なるほどな。闘技場で天界の者がビビるのも納得したよ」
「でも、悪が重いときは、裁いた私にも毒が回るの。諸刃の剣で何度も使えるわけじゃない」
「・・・使ったことあるのか?」
「ある。これが、王位継承戦で使われて、恨みを買って毒殺されたから」
長い瞬きをしてから、こちらを見た。
「ねぇ、こんな話よりアストレアの話、すっごく面白かった。なんか自分に似ている気がするし、私のモチーフはアストレアから来ていたりして」
冗談っぽく笑っていた。
「そうかもな。俺はさ・・・」
後ろに手をついて、天体模型を見つめる。
「正義というものがわからないんだ。もし、力の強い者が正義なら、俺はいつだって正義だ。でも、力をつけてきたプレイヤーに負けたら、俺のすべては間違いに変わるのか?」
「・・・・・・・」
きゅううううぅううん
”ヒトガタ”の目が天体模型を向いて鳴き声を出していた。
「・・・量ってみる?」
「いいよ。興味はあったけど、お前にもリスクがあるんだろ?」
「でも、私は闇の王子が善だと思うから、自信があるの!」
ルーナが強い口調で言う。
「本当にいいって。つか、ここで出したら”ヒトガタ”が嫌がるだろうが」
「あ、そっか。でも、なんでこんなに嫌がるんだろう・・・」
周囲を見渡していた。
「何しゃべってるのかわからないのか?」
「話してくれないの。誰も」
「ふうん」
”ヒトガタ”は裁かれることを恐れているのか?
ルーナには懐いていたが、一部の者はまだ怯えているように見えた。
「・・・・クリエイターが作った者の中には、善か悪かもわからないようなのもいるのかもな」
「そうなのかな・・・」
天体模型を解いて立ち上がる。
「俺の話はここまでだ」
足元に転移魔法を展開させる。
「え・・・もう戻るの?」
「魔界を長く開けるわけにはいかないんだよ。ここには、たまに来るよ。俺にとっては闇の王子でいなくてもいい、貴重な時間だからな」
― 待て、闇の者 ―
「!?」
鷲の姿をした巨人の像を見上げる。鋭く尖った瞳が、こちらを捕えていた。
「なんだ?」
「待って、フレースヴェルグ! 彼は悪い者じゃないから」
「何か言いたいことがあるのか?」
ルーナを制止して前に出る。
― 混沌から生まれた者だな? ―
「それがどうした?」
― お前はこの世界に収まりきらない力を持つ者だ。その気になれば、この世界を滅ぼすこともできるだろう。母が、そう望むか ―
「・・・・・・・・」
ルーナが長い瞬きをする。あまり、驚いているようには見えなかった。
― 何を選ぶか決めておけ。その時までにな ―
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
鷲の頭が正面を向き、元の石像に戻っていった。
きゅううううううううん
”ヒトガタ”の一部がうねうねと動いて、ルーナに近寄っていく。
「あ、みんな、ごめんね。闇の王子、私はまだここにいるね。みんなと話してから戻るから」
「そうか」
「あの、星座の話・・・・」
戻ろうとすると、ルーナが引き留めてきた。
「私、すごく興味あるの。アストレイアの話、面白かった。もっと聞きたい、この子たちも・・・聞きたいって」
顔だけの少年の形をした岩が、ルーナと俺を交互に見ていた。
「そのうちな」
シュッ
城の庭に戻ってくる。ユグドラシルの樹の葉が揺れているのが見えた。
「闇の王子!!」
廊下を通っていたヒスイが駆け寄っていた。
「探したんですよ。どこに行ってたのですか? また、アースに・・・」
「違うって。そんなことより、虹の橋の様子はどうだ?」
「はい。えっと、天界との貿易は順調です。アースから来ている者もいるみたいですが、闇の王子の幽幻戦士がいるので・・・・・」
ヒスイの話を聞きながら、鷲の姿をした巨人の像の言葉を思い出していた。
その時が何を意味しているのかは分かっている。
もし、俺の魂を量ったら、ルーナの天秤はどちらに傾くのだろう。
ただ、生きたいと思うだけでも、悪に傾くのだろうか。




