85 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑬
「ルーナのことを調べてみましたが、彼女は確かにタニタによって復活させられているようですわ。でも、厳重にロックがかけられていて、ルーナの情報は読み取れませんの」
ありさがモニターを出して話していた。
画面には、闘技場でバトルしていた時のルーナが映っている。
「お役に立てず、申し訳ないですわ」
「いや、いい。それよりお前は向こうの世界に戻らなくていいのか? プレイヤーは、向こうの世界でもやらなきゃいけないことがあるんだろ?」
「私は特別なのですわ。向こうでの体は寝たきりなので、こちらにずっといてもいいのです」
ソファーに座り直していた。ドレスのような服を整える。
「魔界は私の体にあっているようですの。ワルプルギスの夜の魔女も美しかった。私も生まれ変わったら、魔女になりたいですわ」
「ルーナみたいなことを言うな」
「ルーナが? アイン=ダアト様が好きな者同士、気が合うのかもしれませんわね」
ふふっと笑った。
「まぁ、お前らに好かれるようなことをした覚えはないけどな。この部屋は好きなように使え。何か欲しいものがあったら、メイドか執事を呼べ。お前のことは話してある」
「やっぱりアイン=ダアト様はお優しい。あ、お待ちください」
背を向けると、ありさが引き留めてきた。
「一つ、気になることが・・・・」
「ん?」
「闇の王子はルーナに弟がいると話しておりましたが、ルーナには弟は居ませんわ」
ありさがモニターを見ながら指を動かす。
いくつかのロックを解除して、ルーナの顔と基本情報の載った画面を出していた。
「これはクリエイターたちが利用していた基礎情報のページですわ。ここにルーナの家系図がありますの」
「ヴァナヘイム王国の王と、第三王妃の間に生まれたのがルーナ・・・・確かに、兄と姉は居るけど弟は居ないようだな・・・」
「間違いないですわ。そんな設定ありませんし、もし、タニタが何かしていたとしても、ここに載るようになっていますの」
「・・・・・・」
ルーナははっきりと弟のために蘇ったと言っていた。
嘘を付いているようには思えなかったが・・・。
「あ・・・・・・・」
「ん?」
「・・・な、なんでもないですわ。また何か探しましたら、ご連絡しますね」
ありさが髪を耳にかけて何か考えているようだった。
「・・・あぁ、頼む」
部屋を出ていく。
ルーナのことは気になるが、今はいったん放っておくか。
次はいつ、会えるかわからないしな。
「やっほー」
「うわ!?」
いきなりルーナが現れた。
「っ・・・・」
周りに人がいないことを確認して、城の庭に連れて行く。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん。城って広くて、迷っちゃった」
「なんで急に現れるんだよ・・・」
「誰通したらいいかわからなくて。ほら、虹の橋には天界の政治的な人がいっぱいいるから、反対されるんだよね」
頭を掻く。
「わかったよ。じゃあ、城の者にもそれとなく伝えておくから。あまり、うろうろしないでくれよ」
「わかってるって」
にこにこしながら言う。本当にわかっているのか微妙だ。
「プレイヤーは、来てるの?」
「・・・あぁ、虹の橋を使ってるみたいだな。偵察に来た奴らは、幽幻戦士が追い払ってる」
大きな岩に上る。ユグドラシルの樹と虹の橋が見渡せた。
「弱くて、軍を出すまでもないな」
「そう・・・・・」
「何しに来たんだよ。わざわざ魔界に・・・」
「あ、そうそう」
ルーナが手を合わせて思いついたような表情をした。
「闇の王子に弟を紹介しようと思ったの」
「弟?」
「うん!」
大きく頷いた。翼を少し広げて、岩に上ってくる。
「・・・どこにいるんだ? 天界には行かないからな」
「天界でも魔界でもない、ユグドラシルの樹のふもと・・・」
「ユグドラシルの樹のふもと?」
ユグドラシルの樹は遠くから見るだけで、誰も近づいたことがない。
この世界の暗黙のルールのようなものがあった。
「行ったことないでしょ?」
「まぁ・・・そりゃ、そうだろ・・・」
「連れて行ってあげる」
「え?」
ルーナが手を握ってきた。
「ちょっと、不思議な感覚になるかもしれないから目を閉じてて」
空中に転移魔法を展開して、足を鳴らす。
ビリッ・・・・
全身に電流が走るようだった。
感覚が閉ざされていく中、ルーナの手だけがしっかりと握られているのがわかった。
ふと死を思い浮かべていた。
死・・・は、こんな感じなのだろうか。
「ついたよー」
目を開けると、洞窟のような場所にいた。薄暗く、湿った空気が肌につく。
中心には鷲の姿をした巨人の像があり、周囲には人の形を崩したような岩々が並んでいる。
「なんだ? ここは・・・・」
「ここが世界の深淵、ユグドラシルの樹のふもと」
ルーナが手を放して、巨人の像に近づいていく。
「で、どこに弟がいるんだよ」
「ここ・・・」
ジジジジジジ・・・・
「!?」
像に触れると、鷲の目が光り、電子の粒が周囲を囲んだ。
岩々がごとごとと動き出す。
きゅうううん きゅうううん
「なっ・・・・・・」
一歩下がる。動物のような独特の声で鳴いていた。
「なんだ? これは・・・」
「紹介するね。彼らが私の可愛い弟」
「っ・・・・!?!?」
思わず構えた。冷汗が背中に張り付く。
数十体もある岩のような物体が、ルーナの声に反応していた。
「弟って・・・何者なんだ・・・?」
「驚くのも無理ないよね」
鷲の姿をした巨人の像から離れる。
「彼らはクリエイターたちが最後まで作らなかった・・・途中で作るのを辞めて魂だけ入ってしまった、”ヒトガタ”と呼ばれる者たち・・・」
「魂だけ?」
「彼らは生きてるの。いびつな形だけど、私たちと同じ心が宿ってる」
ルーナが長い瞬きをして、手前の岩を撫でる。
腕だけは人の形をしていて、他の部分は石のように固くごつごつしていた。
「・・・・・・・」
人とも動物とも言えない不気味な形に、のどが張り付いた。
「みんな、私の弟だと思ってるの。血のつながりは無いけど、可愛い可愛い弟・・・・みんな、お姉ちゃんが帰ってきたよ」
「弟・・・って」
ごろごろと転がってルーナの周りに集まっていく。
「この子たちは、アースにも、魔界にも、天界にも行くことがない。クリエイターたちは、もう作ったことすら忘れてしまってるから、ただここで、魂が宿っただけ」
白い華奢な手で、人の頭が欠けたような岩を愛おしそうに撫でていた。
目だけ、形ができている者がぎょろっとこちらを見る。
きゅううん きゅううううううん
「なんだ・・・・?」
「やっぱり、闇の王子には懐いてくれてる」
ルーナが明るい口調で言う。
確かに、攻撃性は無いが・・・。
「・・・あの、鷲の形をした巨人像は何なんだ?」
「”ヒトガタ”の管理者フレースヴェルグ。死体を呑み込む者。クリエイターが手放したこの子たちを集めてるの」
岩がごろんと転がった。
「どうして俺をここに連れてきた?」
腕を組んで、ルーナを見下ろす。
「・・・・・・・・」
「お前にとっては大切な場所なんだろう? そんな場所を俺に教えてよかったのか?」
「闇の王子、私がもし死んでしまったら、この子たちのことをお願いしたいの」
「は?」
「もちろん、死ぬつもりもないけど・・・もしまた殺されて、タニタが蘇らせてくれたとしても、この子たちの記憶を引き継いでくれるとは限らないから」
きゅううううううん
溶けたような人の顔をした岩が、ルーナにすり寄っていく。
「この子たちのことを知ってるのは私だけなの」
「へぇ、俺だっていつどうなるのかわからないけどな」
「闇の王子しか話せる人いなくて・・・」
周囲に散らばった小さな電子の光を見つめる。
「どうして、お前はここに来たんだ?」
「一度死んで、復活するまでの間、私もここにいたの。ここで、この子たちと待ってた。”ヒトガタ”の姿になって・・・待ってたの」
「!?」
「私の場合は、瞳だけが残ってて・・・ここでずっとどうすればいいかわからなかった」
重々しい口調で言う。
「タニタを頼るわりに、信用してないんだな」
「クリエイターにとって、この子たちは捨てた作品だもの。中にはタニタが作りかけて辞めてしまった子もいるの」
「・・・・・・・」
「その子はタニタに自分をもう一度作ってほしいって思ってるけど・・・フレースヴェルグは駄目って。私も、この子たちに、どんなことが起こるかわからなくて、怖くて言えない」
小さな足だけ出た岩を抱きしめていた。白くて艶のある綺麗な足だった。
「弟たちのために、戻らなきゃって思ったの。この子たちは同じ世界にいるのに、ここから出られないから、いろんなお話をしてあげるために・・・」
「・・・・・・・」
マントを後ろにやって、”ヒトガタ”を眺める。
おぞましい形をしていたが、心を宿してルーナの言葉に反応しているようだった。




