84 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑫
― 出でよ、幽幻戦士―
2体の幽幻戦士が出現する。鎧を鳴らして、目の前に立った。
「相変わらず、禍々しいでしね。混沌から生まれた戦士でしか」
チチコが見上げながら言う。
「ふふ、闇の王以外は話すなということでしね。さすが、アイン=ダアト様直属のの戦士でし」
「虹の橋を見張れ。アースから来たら知らせよ」
― かしこまりました。我が主 ―
ゴウン ゴウン ゴウン
虹の橋の方角に歩いて行って、結界を張る。
「あの程度のプレイヤーが束になっても、闇の王の城に来ることはできないでしよ」
「油断は禁物だ。調子に乗るところが、魔族の悪いところだからな」
「わかってましよ。プレイヤーは未知でしからね」
チチコが剣をくるくる回していた。
「チチコもよくやった。よく休んでいてくれ」
「あ、アイン=ダアト様」
「俺は城に戻る」
転移魔法を展開する。
シュッ
闇の王の城の見晴らしの塔に立つ。
月明かりが一番近い場所に、魔女のユイカとルーナが居た。ユイカから場所を聞いたわけではなかったが、なんとなくここにルーナが居る気がした。
ワルプルギスの夜に、街にいる魔族たちが騒いでいる声が聞こえる。
「お帰りなさいませ。闇の王子」
「ルーナはどうだ?」
「眠っています。精霊が手当てしたので、大丈夫かと思います」
ユイカが黒いローブのフードを取った。
ルーナが葉で作ったベッドに横になっていた。精霊がユイカの周りを飛んでいる。俺にも精霊の言葉はわからないけど、ルーナに敵対心が無いのは伝わってきた。
「ヒスイ様がここへ通してくださいました。では、私はこれで・・・・」
「待ってくれ」
ユイカが立ち止まった。
「精霊はなぜ、ルーナを生かすようにした?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ワルプルギスの夜に儀式を行う魔女が1人減ることを、なぜ、精霊が許した?」
「・・・・精霊は私に未来を見せました」
「未来・・・・」
真っすぐ目を見て話す。
「闇の王子、貴方様がプレイヤーの剣によって、死ぬ未来です。運命を変えるには、彼女が必要とのことです」
「ルーナが?」
「本当に変わるかは、わかりませんが」
「・・・・・・・・」
ルーナのほうを見ながら言う。
死・・・・か。自分の逃れられない運命はわかっていた。
俺はプレイヤーによって殺されるはずだ。
ユイカが精霊に何か話しかけて、精霊がルーナの元にまじないのようなものをかけた。
「あれ、私・・・・」
ルーナが起き上がって周りを見渡す。
月明かりに照らされると、ルーナは一層美しく見えた。
「ワルプルギスの夜の火にやられたんだよ。無理するなって言っただろうが」
「ごめんなさい。大丈夫だと思ったんだけど・・・あれ、私ずっと火を見ていて、どうしたんだろう・・・何か思い出そうとしていたような・・・」
「・・・・・・・」
混乱していたときの記憶がないのか。
「さぁな、それより体調はどうなんだ?」
「なんか、頭がすっきりしたみたい」
「そうか」
振り返ると、精霊とユイカは居なくなっていた。
精霊はルーナに何をしたのだろう。
「あ! プレイヤーは? 虹の橋からプレイヤーが来たんだよね?」
「全滅したよ。心配するな、あんな弱い奴らに負ける魔族ではない」
「・・・・でも・・・プレイヤーは・・・・」
「何度でも来るだろうな」
ルーナの横に座った。枯れた葉を一枚取ってくるっと回す。
「お前の予想は外れたな。天界と友好関係は築けても、アースのプレイヤーはここを自分たちのフィールドにしたいらしい」
「でも、今からでも・・・だって、天界とは」
「天界だってどうなるかわからないだろ?」
「・・・・・・・・」
人差し指を立てて、枯葉を浮かせた。
「俺は闇の王となる。魔界を統べる王となる。でも、いつかプレイヤーが俺を殺すだろう」
ロトのギルドマスターの最期を思い浮かべていた。
彼の言う通り、この世界の外にいる、クリエイターが書いたシナリオには逆らえない。何度でも蘇り、プレイヤーはどんどん力をつけてくる。
どんなに今、格差が開いていたとしてもな。
「腹は立つけどな。正直、死ぬ覚悟はできてるんだ」
「え・・・覚悟って・・・?」
「死ぬ覚悟だよ」
「駄目!」
ルーナがいきなり掴みかかってきた。予想外の力に圧倒されて、一歩下がる。
「!?」
「どうしてそんなこと言うの!?」
「どうして・・・って、お前こそどうしたんだよ、急に・・・」
「だって、死んだらもう、誰とも会えなくなっちゃうんだよ。闘技場でバトルを見ることもできないし、あと、お祭りも・・・・」
「仕方ないだろうが。プレイヤーは何度死んだって、戦える」
ルーナの手をそっと外した。
「なんでお前が泣いてるんだ?」
「なんでって・・・」
ルーナが涙を拭って立ち上がる。
「・・・大切な人に会えなくなる恐怖を知ってるから」
「ん?」
「私、一度、この世界で死んでるの。王位継承関連でね、毒殺よ」
「え・・・・・・」
「気にしないで。誰かを恨んでるわけじゃないから」
ふわっと笑いかけてきた。
「誰にも会えない、話しかけても聞こえない、魂だけになって、この世界を漂ってたの。とても美しいものを見ても、寂しかった。大切な人がどんなに辛くても支えてあげられないのも悲しかった」
ルーナの横顔は優しい人形のようにも見えた。
「いやな部分もたくさん見ることになったの。まだ、私は死にたくなかった」
「・・・・タニタが蘇らせたのか?」
こくんと頷く。
ルーナが何かこの世界から切り離されている気がしたのは、タニタがいるからなのだろうか。
「蘇ってからは、ヴァナヘイム王国では腫物扱いを受けてるの。王家の者は報復をしてくるんじゃないかってびくびくしてるわ。そんなこと、思わないのに」
「じゃあ、どうして、蘇ろうと思ったんだ?」
「私、弟がいるの」
白銀の髪が夜風に揺れる。
ルーナの下に敷いていた葉が、散らばって飛んでいった。
「あの子のために生きると決めたの。どんな手を使っても・・・」
「・・・俺は、そうゆうの無いからな」
目を細める。
「俺は混沌から生まれた。肉から生まれたわけではないと、親父からは聞いている」
「血縁者だから大切なわけじゃないわ。失くしてから気づくものなの。そうだ。ねぇ、じゃあ、私が闇の王子の大切になるよ」
「そうゆうのは自分で名乗るものじゃないだろうが」
「あ、そっか」
冗談っぽく笑っていた。ふっと透き通るような羽根を広げる。
「絶対に死なないと、約束して。私は必ず、貴方を守る」
サファイアのような瞳は、一度潤むと星のように輝き続けるようだった。
「どうしてそんなに俺にこだわるんだ? 俺はお前の弟じゃないぞ」
「弟と同じくらい大切だからだよ」
「は・・・? どうゆう意味だよ・・・・」
「私に特別で楽しいことを教えてくれた。大切な人、絶対に守るから」
驚いて力を抜いていると、ルーナがすっと消えていった。
ほのかに日の光の香りがする。
「闇の王子、おかえりになられていたのですね」
しばらくぼうっと街を眺めていると、ヒスイが近づいてきた。メイドの服の裾がひらりと揺れる。
「魔女のユイカから聞きました。ルーナは回復したとか」
「そうだな」
「もう天界に帰ったのですか?」
「あぁ・・・・」
満天の星空を見ながら言う。
「ルーナとどんな話をしたのですか?」
「たいした話じゃないよ」
「私には話せないことなのですか?」
ヒスイがぎろっとこちらを睨んでくる。
「そうじゃないって。なんでそんなに怒ってるんだよ」
「怒ってないです。闇の王子を心配していただけです。なんでもないならいいですけど」
ツンとしながら背を向ける。
いつの間にかワルプルギスの夜の魔女の火は消えて、魔族の騒ぐ声が響いていた。




