81 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑨
ワルプルギスの夜は魔界が魔力を高めるために行われる。
6人の魔女が街の中央にある祭壇の前で、彼女たちと契約している精霊を降ろし、魔界全体の魔力を高めるのが目的だ。
昔はアースや人間を連れてきて、火にくべていたらしい。
最近では、儀式が終われば、ご飯を食べて酒を飲んで騒ぐ祭りみたいなものだけどな。
「闇の王子、こちらにいらしたのですね」
廊下を歩いていると、大臣のガタリが話しかけてきた。
「天界との貿易について、サファイアの取引が難航しています。エメラルドでも技術によっては同一の力が・・・・」
「ガタリ、今日は仕事を休め。ワルプルギスの夜だ」
「でも・・・」
「1日くらい働かなくても何も変わらないだろ。祭りに参加したくないなら、どこかで休んでろって。これは、命令だ」
仮面をつけながら、強い口調で言う。
「かしこまりました。王子は・・・・」
「俺は民の様子を見てくるよ」
「承知しました。いってらっしゃいませ」
ふわっと飛んで、城の窓から出ていく。
ユグドラシルの樹の葉が風に乗って飛んできて、ぱらぱらと落ちていくのが見えた。
夜になると、仮面をつけた魔族で街がごった返していた。
歌声や楽器の音が響いている。
城からはメイドやシェフがひっきりなしに出てきて、珍しい食べ物を配っていた。
ドドーン
戦闘の音が聞こえる。
耳の尖った魔族が、壁にめり込んでいた。ふらつきながら自己回復をしている。
アースの祭りと違うところは魔族は、そこらじゅうで力試しのバトルをしているところだろう。
仮面をつけているから、相手がどんな者かはわからない。
血気盛んな魔族にとって、これほど楽しいイベントは無かった。
「そこの兄ちゃん、こっちで遊んでいかないかい? アースでダンジョンを守ってる魔族も来てるんだ。結構な腕前だよ」
「俺は遠慮しとくよ」
「はははは、怖いのかい? 魔界の者なら、受けて立つものだろうが」
ふらっと武器屋の角を曲がると、がたいのいい魔族が話しかけてきた。
養成所の者だな。遊んでやってもいいが・・・。
「止めたほうがいいでしよ」
「あっ、チチコ様?」
チチコが後ろからひょいっと顔を出した。手にはハーブをまぶした肉と紙袋を持っている。
チチコの場合は、仮面をしていても、体型と特徴的な声ですぐわかった。
「クククク、私は彼と話したいでし。デボンはこんなところにいていいでしか? ワルプルギスの魔力を受ける剣を出しておいたほうがいいではないでしか?」
「はっ・・・そうでした。失礼します」
デボンが慌てて離れていった。
「アイン=ダアト様!」
チチコがしっぽをくるんとして、隣に並ぶ。
「彼は一応、軍の養成施設でいい成績を収めているでしよ。卒業後はダンジョンに行って、アースのギルドの者を倒しまくるって言ってるでし」
「チチコ、俺の正体はバレないように行動してくれよ。せっかく楽しんでるんだから」
「わかってるでしよ。王子はアースの真似事が好きでしからね」
「そうゆうわけじゃないけど」
肉を食べながら歩いていた。
「虹の橋に見張りはつけているか?」
声のトーンを低くする。
「もちろんでし。今のところは、変な動きはないでし。天界の者はちらほら来ていますが、事前に申請した者以外は通さないようにしているでしよ」
「そうか。引き続き頼む」
「了解でし」
ベールを持った踊り子が、ステージに上がっていた。
「そういえば、ルーナ様は来ないでしか? 私の妖艶な踊りを見てほしいでしが」
チチコがきゅきゅっと尻を振った。
「天界の者がワルプルギスの夜に来るわけないだろうが」
「ロマンを言ってみたでしよ。精霊が間違えて叶えてくれるかもしれないでし」
「・・・・・・」
ふと、後ろを振り返る。
「ん? どうしたでしか?」
「・・・・もしかしたらルーナがどこかにいるかもな。あいつも転移魔法を使えるから」
「はぁ、あんな美しいのに魔力も高いだなんて・・・会いたいでし、触りたいでし・・・」
ほっぺを包んでうっとりしていた。
「チチコなら虹の橋無しで天界に行けるだろ? 行ってきたらいいんじゃないか?」
「そんな冗談言ったら、本当に行ってしまいましよ。私だって転移魔法を使えるんでしからね」
チチコが仮面をくいっと上げた。
「でも、確かに考えてみたら、ルーナ様もどこかにいるかもしれないでしね・・・・探してみる価値はありましね」
月明かりがふっと雲の切れ間から差し込む。
チチコがきょろきょろしていた。
「ちょっとその辺を回ってみまし」
「あぁ、お前も祭りを楽しめ」
「ありがとうございまし。あ、こっちのほうはアイン=ダアト様にあげるでし。天界からの輸入したお菓子らしいでしよ。今、ものすごい行列で並んでやっと手に入れたでし」
チチコが袋を渡してくる。フルーツを煮込んだような甘い匂いがした。
「え・・・俺・・・・」
「失礼しますでし」
地面を蹴って飛んでいった。甘いものが苦手だって、言ってるはずなんだけどな。
祭壇では魔女たちが火を焚いている。軍の養成所の屋根に座って、袋を開けた。
ちらっと足元に光がよぎる。
「ルーナ、そこにいるんだろ?」
「あはは、ばれちゃった」
ルーナが一つ高い屋根から降りてくる。銀色に縁どられた仮面をつけていた。
「結構前からついてきてたみたいだな」
「うん、闇の王子が城を出たあたりから。いつ気づくかなーって」
「・・・属性を闇に変えるとはな。チチコが気づかないはずだ」
チチコからもらったクッキーを口に入れる。やっぱり甘いな。
「そのお菓子人気らしいね」
「魔界は、味付けにこだわる文化が無いからな。武器や防具よりもこっちのほうがウケがいいよ」
「天界も、魔界の魔法石が好評なの。すぐに売り切れちゃうから、城の者でさえ、入手困難になってるんだから」
ルーナが楽しそうに笑っていた。
「・・・お前は交渉役として来ないのか」
「天界にもいろいろあるの。政治的なことが、ね。」
「へぇ、政治か。俺はそうゆうのは部下に任せてるからな」
「いいなー」
魔女が火の回りで、杖をかざす。
契約する精霊と戯れて、新たな魔法を生み出す儀式だ。
「ワルプルギスの夜に来たのは初めてなの。あそこにいる女の子たちは何をしてるの?」
「精霊を呼び寄せて、魔界の力を高めてるんだ。俺たち魔族には欠かせない儀式だ」
「そうなの・・・・」
びりびりと闇の力が噴出しているのがわかった。
選ばれる魔女は、魔界の中でも美しく力のある者ばかりだった。
より力の大きな精霊を呼び寄せるためだ。
一人の魔女の杖から魔法陣が現れ、精霊と何か話しているのが見えた。
「綺麗・・・・・」
ルーナがぼそっと呟く。
「天界にはない儀式だろうな。魔女たちは、闇の中だから精霊を呼び寄せることができる。光に居たら、精霊は魔女を見つけられないだろう」
「・・・・・・・・」
火がぼうっと大きくなっていた。
「私は生まれ変わったら、魔女になりたいな」
「は?」
「魔女になって、魔族を守るの」
白銀の髪がさらっとなびく。
「今・・・天界を守ればいいだろうが」
「天界の者は、個々の魔力が強いから、守られる必要なんてないの。私は指揮官だけど、バラバラで戦ったって負けないと思うし、そこまで必要ない気がする・・・」
退屈そうに言う。
「嫌味に聞こえるな。魔族は弱いって言われてるみたいで」
「ごめん、そんなつもりは・・」
「・・・いや、でも実際、天界のほうが力が強いのは事実だ。魔族はアースの者よりは強いから、驕ってる部分もあるからな」
「でも、あこがれてるのは本当なの! 魔界のために・・・て、素敵だなって思う」
ルーナが急に立ち上がった。
すうっと引き寄せられるように、祭壇を見つめる。
「・・・行ってみたい。あの、祭壇の近く」
「あそこは闇の力が強い。光の者が近づくような場所じゃない」
「大丈夫、絶対に邪魔はしないわ。ただ、もっと近くで見てみたいだけだから」
「そうじゃなくて、お前の体が・・・」
「私の体はタニタがいるから多少無理はきくの。今も闇属性の魔力が馴染んでるし」
軽く腕を撫でていた。
「行ってくる!」
「えっ、ちょっとま・・・・」
勝手に飛び出していった。
ため息をついて、仮面をつけ直す。
魔女が精霊と戯れるたびに、魔族からは歓声が上がっていた。
ルーナを追いかけて地上に降りる。
数名がこちらを振り向いたが、俺が闇の王子だということはバレていないようだな。
「待てって」
ルーナは明るかったけど、孤独なのがわかった。
世界に一つだけぽかんと空いた穴のような存在だ。
クリエイターはなぜルーナだけを手放そうとしないのだろう。
天界にもアースにも魔界にも行き来はできるのに、いつか消えてしまいそうに思えてならなかった。




