79 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑦
船には10人くらいの気配を感じた。
全員プレイヤーか。こちらの人間が混ざっていないということは、最初からゲームオーバーするつもりできたな。
ゲートが魔界に通じていることを確認したかったのだろう。
「お前は・・・・・」
「アイン=ダアト様!」
「ありさ様、危ないですから中へ。結界の外へ出てはいけないとの約束だったでしょう」
「忘れましたわ。そんな話」
闘技場で会ったプレイヤーのありさがデッキの手すりから身を乗り出して、こちらを見ていた。
船に近づいていく。湖が波紋を広げていった。
「ここは魔界だ。何しに、ここへ来た?」
「我々はロトのギルドのメンバーだ。ここが魔界ということは、無事転移できたみたいだな」
「ミッションクリアだ」
「これでフィールドが広がりますね」
船に向かって、手をかざす。
― 暗黒壁守―
ドン
「!!」
漆黒の壁を作って、船を覆った。魔導士がモニターを出して何かをきろくしようとしていた。
軽く飛んで、船のデッキに乗る。
「俺は闇の王の後継者だ。誰の許可があって、ここへ立ち入った?」
「それは・・・・」
ボウッ
暗黒壁守から黒い火の玉を出して魔導士の男に当てる。
アバターがジジッと電子音を鳴らして消えていった。
「TAITO!」
「・・・なるほど、これが闇の王子の攻撃力。確かに無限の力だ」
「俺たち最初から勝てるなんて思ってないしな。腕試しくらいはしたいけど」
剣士が冷静に、モニターを表示していた。一人消したにも関わらず、全員が興奮ぎみに話している。
「魔界攻略の糸口が見つかったな」
「お前らは全員ここで殺す。ゲームオーバーでいいな?」
ボボボボボボボボボッ
「あ・・・・・」
魔導士が詠唱するよりも先に、黒い火の玉を放つ。次から次へと消えていった。
あまり抵抗の無いところを見ると、最初から攻め込むつもりはなかったか。
おそらくこのパーティーがゲートを確認してから、次の戦力を連れて、魔界攻略とやらを進めるつもりだったのだろう。
苛立ちながら、船を漆黒で覆っていく。
プレイヤーはいくらでも体の替えが効くから、捨て身の作戦を仕掛けることが多かった。見ていると腹が立って仕方がない。
俺たちは死んだらやり直しが効かないのに、こいつらはノーリスクで何度でも蘇ることがな。
ドッ
「?」
ありさが見慣れない盾で攻撃を防いだ。
一度だけ完璧に守って、ぽろぽろと崩れていく。
「お、お待ちください。アイン=ダアト様、私、貴方様にお会いしたくて、このパーティーに入りましたの」
漆黒の中で、ありさが息を切らしながら言う。
レアアイテムとやらか。どんな攻撃でも一度だけは確実に防ぐことができるというものだな。
「お前は確か、闘技場の管理者だったな。俺に何の用だ?」
「私、アイン=ダアト様にお仕えしたいのですわ。確かに私はプレイヤーですが、アイン=ダアト様に会うためでしたら、なんでもしますわ」
必死に言う。
「ここで死んでも、またこの世界に入ります。アイン=ダアト様に何度でも会いにまいりますわ。管理者の仕事は、捨ててしまっても構わないのです」
「気楽なもんだな・・・・お前のようなプレイヤーを見ると腹が立って仕方がない」
「っ・・・・・」
顎に手を当てる。
感情に身を任せて、こいつを殺したかった。
でも今は、一人は残して、プレイヤーの動きを確認したほうがよさそうだ。
特に、こいつはクリエイターの娘とか言っていた。
邪魔になれば人質にすればいい。
「私、本気ですの。本気でこのゲームをプレイしてますの!」
「お前がこのゲートを作ったのか?」
「え・・・・と・・・」
船が出てきた、黒い渦のようなゲートに視線を向ける。
「いえ、違います。でも・・・・」
― 五芒星の手―
「!?」
黒い五芒星の中から手が出てきて、ありさの手足を掴む。
「俺はお前らのようなプレイヤーが嫌いだ。だが、お前は生かして王の城へ連れて行ってやろう。情報を吐け」
「は・・・はい・・・」
ありさが怯えながら頷いていた。
― 出でよ、幽幻戦士―
ゴウン ゴウン
漆黒の鎧を着た2体の幽幻戦士が魔法陣の中から出てくる。
「こっ・・・・これは・・・・」
ありさが震えながら口を開いていた。
「俺の使いの者だ。混沌から生まれた戦士、お前より遥かに強い。ゲームオーバーになりたくなければ余計なことはするな」
「せ・・・設定になかったのですわ。こんなの見たことも聞いたこともないです・・・」
「フン・・・」
「さすが闇の王子ですわ。ますます、好きになってしまいますわ」
幽幻戦士がこちらを見下ろす。
― いかがいたしましたか? 闇の王子 ―
「あのゲートをぶち壊せ」
― かしこまりました ―
大きな体で、湖の上に立ち、ゲートを掴んだ。
「ゲートをつ、掴めるなんて・・・・」
バリン シューシューシュー
ゲートを引きちぎる。電子のような音が鳴った後、しぼむように消えていった。
「きゃっ・・・」
マントを後ろにやって、ありさごと転移魔法陣の中に入れる。
「幽幻戦士、ここでゲートを作る者がいないか見張っていてもらえるか?」
幽幻戦士が鎧を黒光りさせながら、こちらを見下ろす。
― かしこまりました。我が主 ―
― ゲートを再生成するような動きがありましたら、すぐにお知らせします ―
「あぁ、頼む」
シュンッ
目を開けると、見晴らしの塔に足をつけていた。
空には落ちてきそうなほどの星々が瞬いている。
「これが魔界・・・資料でも見たことが無かった・・・あっ・・・」
五芒星の手を解くと、ありさがモニターを出そうとした。剣をつきつける。
キン
「配信はしないことが条件だ。もし、するなら、ここで殺す」
「!!」
「逆らえば、二度と通常にプレイはさせない。それが条件だ。いいな?」
「は、はい・・・・」
ありさがびくっとしながらモニターを閉じた。
「私!」
「?」
「・・・病弱で、元の世界の体はすぐに疲れて、自由に動き回れないのですわ。だから、父がこのゲームを作ってくれて・・・」
緋色の髪をふわっとさせながら言う。
「私、このゲームでの体が全てなのです。ただの遊び感覚でやっているのではないのですわ」
「じゃあ、どうしてあえて危険なルートを選択した? 魔族をなめているわけじゃないだろう?」
ありさが俯く。
「・・・管理者なんて退屈な仕事、いらないのですわ。私だって本当は戦いたいのに・・・・管理者だなんて、ただお父様が私を監視するための口実ですわ」
両手をぐっと握りしめていた。
「魔界に来ることを選んで、後悔はありませんの!」
「まぁ、いい。お前には色々と聞きたいことがある」
腕を組んで、虹の橋の方角を眺める。
「あれが何かわかるか?」
「・・・・・大きな虹の橋、どこに架かってますの?」
「アースと天界と魔界を結ぶ橋だ」
「!!!」
シュタッ
「アイン=ダアト様、おかえりなさいませ。軍は待機させていますけど、どうしましか?」
チチコがひざまずいた。
「あの橋へ向かわせろ。俺も行く」
「かしこまりました。あ・・・」
立ち上がって、ありさのほうに視線を向ける。
「その者はプレイヤーでしね。さっきの船から、捕まえてきたのでしか?」
「まぁな」
「へぇ、珍しい道具の匂いがしましね。レアアイテムを複数所有しているプレイヤーでしね。後で隅々まで確認してみるでし」
「・・・・す、隅々!?」
ありさが体をきゅっとさせた。チチコがしっぽをくるんと回して、嘗め回すようにありさを眺めている。
「こいつは、人質にもなる。あまり、手荒に扱うな」
「わかってまし。アイン=ダアト様が人質を連れてくるなんて珍しいでし。大切にしましからね」
「・・・・・」
メテオ(流星)で積み上げた岩が、光属性の魔法によって打ち砕かれているのが見える。
天界から数名の者が虹の橋を降りてきていた。




