7 ルート選択
「北のほうは行くにつれて寒くなっていくけど、モンスターは比較的弱いと思うよ。西のほうが進んでいくにつれて、どんどん強くなっていくの。東も強いけど、西ほどじゃないかな」
ルーナがゆっくり飛びながら話す。
仕事が終わったからか、話し方も仕草も普通の少女のようになっていた。
死や神を感じさせない。死の神じゃなかったら、どんなキャラなんだろう。
「初心者ルートは、北か南。プレイヤーだけじゃなくて、『アラヘルム』の住人も、どちらかで鍛えてるのよ」
「へぇ・・・ルーナは『アラヘルム』の住人をよく見てるな」
「そうね、ここが管轄だから自然と覚えるの。でも、たまに遠征もするのよ。その時は、もっと早い移動手段を使うけどね・・・あーっ」
「ん」
ぱっと思いついたように、遠くを指した。
「あっちのほう! 『アラヘルム』から少し離れたところにあるディナ王国名物の花模様のアップルパイがとっても美味しいの。北のほうに行くなら是非食べてみて。私も人間のふりして買いに行くことがあってね・・・・」
楽しそうに話していた。
「・・・・・・・」
アラヘルムの木から離れると、静かな住宅街と公共施設が広がっている。
帰り道、ルーナにいろいろ聞きたいことがあったけど、他愛もない会話しかしなかった。
クゥザの言いかけたことが頭をちらついていたけど、話題に出すのを躊躇していた。知られたらルーナにとってまずいことなのだろう。
俺はここに来て、まだ浅い。
慎重にいかなければな。
「じゃあ、次、本に名前が載ったら、また来るね」
「ルーナはどこにいるの?」
「私は、ここに来る途中に1人名前が書かれてたから、その人の魂を狩りに行く」
透き通るような青い瞳が、静かに死の神の本を見つめていた。
「え、これから?」
「そう、なんか突発的に入ってきたみたいで。よくあることなの」
「・・・そうか」
「お疲れ様。今日はゆっくり休んで」
「・・・・・うん・・・・」
頷くと、ルーナが窓から離れていく。ふと、思い出したようにように近づいてきた。
「なんか忘れ物?」
「ううん。蒼空は死の神の仕事、充実してた?」
「俺、まだ何もやってないって・・・」
「あ、そっか。これから嫌と言うほど仕事が入ってくるよ。じゃあ、おやすみなさい」
軽く手を振って、闇の中に消えていった。
死の神の道具を仕舞う。
さっきまで確認できなかったプレイヤー専用のモニターを開けるようになっていた。
やっと、ただのプレイヤーに戻ったってことだな。
変な感覚だった。
俺はさっきまで戦場にいて、姿は見えなくて、魂を狩ろうとしていた。
結局はルーナが片付けたけどな。
俺もあんな風に、躊躇なく魂を狩れるようになるのだろうか。
今まで別ゲームの中でさんざん、敵を倒してきたが、死の神としての立場だと全然違う。
甘い考えは捨てないと、命取りになるな。
『ソラ?』
リネルが目をこすって、ハンモックから顔を出す。
「リネル、悪い。起こしたか」
『どこかに行ってたの? ソラから少し、外の匂いがする』
「ちょっと偵察に行ってただけだよ。何か目的があったわけじゃないし、このゲームの雰囲気を見たかっただけだから・・・」
『外に? 言ってくれればよかったのに・・・ソラが行くなら私も行かなきゃ』
「いやいや、ただ宿屋の周り散策してただけだから」
『そう? ふわぁ・・・』
あくびをして、伸びをしながらぱたぱたこちらに近づいてくる。
『目が覚めちゃった。作戦会議する?』
「今から?」
『だって、ソラも早めにルートを明確にしておきたいでしょ?』
「・・・・・・・・」
空いたままの窓を見てから、机に座った。
「俺は元々夜起きてられるから問題ないけど、リネルは眠くなるだろう? 無理してない?」
『大丈夫。夢の中でぼんやり、ルート決めなきゃなーって思ってたから』
「へぇ、リネルも夢とか見るんだ」
『当然でしょ? 私アンドロイドじゃないんだからね。妖精族のリ ネ ル!』
「ごめんごめん。冗談だって」
『もうっ・・・』
ちょっとからかっただけなのに、ぷりぷりしながらモニターを開いていた。
リネルのフィールドマップと、俺が図書館で得た情報を2つ並べて、重要なことを〇で囲んでいく。
『・・・なるほど。氷帝は存在しているのね。じゃあ、氷帝にはなれないってことか・・・。ソラはいいの? 氷属性究めたいとか、考えてなかった?』
「いや。氷属性は、『ユグドラシルの扉』でも比較的苦手なほうだったし、別にいいかな」
『そう? 炎系のモンスターと戦闘したときは、氷の巨大な塊をぶつけて、圧勝してたのに』
「んなこと、よく覚えてるな」
『ソラ専属の妖精だもん。それくらい、記録していて当たり前』
自慢げに、カップのふちに座り直していた。
『だから、ソラの考えてるルートもわかるよ。まずは氷帝に会いに行こうと思ってるんでしょ?』
「・・・・・・・」
『スカジ帝国ね。まだ乗り物とか入手してないから、結構遠くなるけど。近くに村や休憩場所もあるみたいだし、ソラなら大丈夫だと思うよ』
「・・・いや・・・俺は、北にはいかないよ」
頬杖をついて、モニターの画面をスクロールする。
『どうして?』
「・・・まぁ、色々見てきてな・・」
多くのプレイヤーは、おそらく北か南に行くだろう。
帝に会って情報収集するほうが手っ取り早い。どの帝の席が空いてるのかもよくわからないしな。
何かのイベントで知るのかもしれないが、時間が惜しい。
それなら、一か八か、だな。
「俺は闇属性を選択する。闇帝を目指すよ」
『え・・・・?』
リネルがきょとんとして、カップのふちから落ちかけていた。
『や・・・闇帝なんて・・・存在するの?』
「さぁな」
『そんな、だって』
「わかってる。闇帝は魔族を統べる者になるだろうな」
バラバラになっている国を、帝として治めて、『アラヘルム』の復活を目指すというミッションは、帝が具体的に何をするのかわからないと想定がつかない。
攻略方法自体がぼんやりしているから、この街に来たプレイヤーは、本か『アラヘルム』で聞いた情報の属性を極めるのが無難だと考えるだろう。
俺だって何も知らなければそうしていた。
でも、クゥザが死ぬ間際に言っていた言葉が引っかかる。
何を言いかけて、どうしてルーナが聞かずに殺した?
ルーナは何者だ?
『アラヘルム』が失われた都市となった理由は、魔族のほうが知っている可能性が高い。
図書館で詳細を調べても、載っていなかった情報だからな。
魔族の中に入り込み、闇帝を目指しながら、『アラヘルム』の復活を目指すほうがいいと思っていた。
何より、俺は・・・。
「俺、闇の力のほうが扱いやすいんだよ。どのゲームはいってもそうだけど」
『た、確かにそれはわかってるけど・・・』
「自分の力にあってる帝になったほうが楽なんだ」
『んー、そっか。そんな気もしてきた』
リネルは俺が死の神になったことも、どんな行動をしているのかも知らない。
リネルのモニターを見るに、記録すら残っていないようだった。
「まずは、周辺モンスターを倒してある程度経験値を得なきゃな」
スクロールして、この街の道具屋の情報を調べていた。
今のアバターだと回復魔法を覚えていないから、ポーションはたくさん持っておいたほうがいいな。
魔族がどこから来ているのかは、ラグーに聞いてみるか。
『・・・・・・』
「リネルは心配なら戻ってていいよ。セーブのときとかは呼ぶようにするから、来てもらえれば」
『そうじゃないの。もちろんソラと行くけど・・・ソラがそういうなら・・・正しいと思う。ソラが強いのはわかってるし・・・でも、心配で・・・』
眉間にしわを寄せてうなっていた。
「大丈夫、うまくやるよ」
『・・・・わかった。ソラを信じる・・・』
リネルが明らかに不安そうな表情で腕を組んでいた。
ゲームでの死が、現実世界の死にも繋がるなんて、リネルにバレたらまずいな。
絶対に猛反対されるし、もう2度とこのゲームに入れなくなるかもしれない。
そもそも、プレイヤーしか知りえないことだなんて、異常だな。このゲームは。