78 ユグドラシルの樹 ~転生者の過去⑥
「天界は個々の魔力は高いけど、魔力を維持する装置が無いの。でも、魔界でとれる魔法石があれば・・・・」
「魔界には何のメリットがある?」
「天界の装備品を送るわ。互いに戦力をつければ、衝突も減るでしょ。お互いに、死者は減らしたいもの」
「そんなうまくいくかよ・・・」
ルーナの提案は、天界、アース、魔界に貿易産業を活発化させることだった。
双方を結ぶ橋を作り、互いに行き来して理解を深めるという、おとぎ話のような話だ。
ユグドラシルの樹を見つめながら言う。
「あの樹をはさんで、同じ世界にいるはずなのに・・・・橋があれば誰でも行き来できるの。きっと、みんなの視野も広がるわ」
「さすがルーナ様でし」
「チチコ」
「だって、ルーナ様が美しいでしから。美しいは正義でしよ」
チチコがうっとりとルーナを眺めている。
「どうして貴女がそんなこと言えるのですか? 王国騎士団長に、そんな権限ないでしょう?」
ヒスイが強い口調で言った。
『彼女は天界の王族の血を引く者なんだよ』
「王族?」
タニタがモニターを動かしながら、ヒスイのほうを見る。
『それに、僕がついている。ルーナは僕の妹のようなものなんだ』
眼鏡をくいっと上げる。
「クリエイター・・・お前らはこの世界をどうしたいんだ?」
『クリエイターの中でもいろいろいてね。僕は特殊だ。だけどね・・・』
タンっと何かを押した。
魔界の真ん中からすっと伸びるように虹の橋が架かった。
「!?!?」
「何? あれ・・・?」
ヒスイが手すりから体を乗り出す。
『ルーナの言うことは叶えてやりたいと思ってる。あれは、ルーナから言われて作っていた虹の橋だ。ちょうど、この時間に完成できてよかった』
「うん」
ルーナがタニタに向かって頷いていた。
『ルーナが自分から望むのは珍しくてね。成長したのかな』
「ねぇ、あの橋は誰でも通れるの。きっと、みんなが行き来するようになったら・・・」
「俺は認められない」
左手を動かす。
― 流星―
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
流星岩を飛ばして巨大な壁を作り、橋と陸地を隔てた。
『おぉ、これが闇の王子の力か・・・ここまでの力とは・・・』
タニタが顎に手を当てていた。魔族が大きな音と、突如現れた虹の橋にどよめいているのが見える。
「闇の王子!」
「悪いがお前の話は聞けない。魔界は今のままで十分平和だ。俺は次期闇の王として、この魔界を守らなければいけないからな」
「天界は敵じゃないわ」
「お前は理想論を語りすぎだ。王国騎士団長なら、理想論ばかり言わずに、もっと自覚を持て」
「っ・・・・・・・」
ルーナが少し目を潤ませて、一歩下がった。
『あー、いいかな? ちょっと』
「なんだよ」
『これを見てもらえるかな?』
タニタが咳ばらいをしてモニターを切り替えた。
魔界の最北端に広がる湖が映っている。
「これは・・・・・」
「ラジドー湖でしね。あそこは風が吹かないはずですが、随分波が立っていまし」
『アースの冒険家たちがね、ラジドー湖を通って魔界に来るルートを開発したんだ』
「・・・どうゆうことだ?」
『アースの者たちが魔界を行き来できるようになったということだ。もちろん、プレイヤーもね』
「お前が作ったのか?」
『いや、僕じゃないよ。チームが違うんだ』
タニタが両手をひらひらさせた。
「プレイヤーは行動範囲を広げようとしてるの。天界にも来ようとしているみたいで・・・互いに友好関係を築くなら今しかないでしょ?」
『僕がかけた虹の橋、自由に使っていいよ。ルーナが望むなら、もっといろんなものを用意してもいい』
「・・・お前がルーナに執着する理由は何なんだ?」
『ルーナだけじゃないんだけどね。ほかにもう2人、僕が作ったキャラが居る。推しの望みを叶えたいのは、当然のことだと思うよ。あまり警戒しないでくれ』
嫌な笑い方をする。どこかルーナに似ているようで、不快だった。
「アイン=ダアト様、船が・・・」
突然、湖に船が現れる。
後ろには、空肝転移魔法のような黒いゲートが現れていた。
『今のところは、あの湖からしか穴を開けられなかったみたいだね。僕が作った虹の橋のほうが、天界とアースも繋いでいるし、公平だと思うよ。あのゲートじゃ、魔界しか通れない』
「チチコ、お前は軍を待機させていてくれ。ヒスイ、今のことを城の皆に伝えろ!」
「かしこまりました」
チチコとヒスイが素早く掃けていった。
「闇の王子!」
『軍を向かわせるつもりなのか・・・』
「いや、湖には俺一人で行く。軍はここで待機させておくだけだ」
指を動かして、転移用の魔法陣を描く。
「タニタ、あいつらは、何のために魔界に攻め込むつもりなんだ?」
『知的好奇心だろうね。プレイヤーの中には、アースのフィールドのみで飽きてきている者も多い。魔界に来て、新しいフィールドを見つけたいんだよ』
「・・・・・・・」
『闇の王子である君が、魔界を今のままにしたいと思っていても、プレイヤーの好奇心は止められない。遅かれ早かれ、彼らが天界と魔界を行き来する日は来る。詳しくはルーナから聞いてくれ』
タニタがモニターを消して立ち上がった。
『じゃあ、呼び出しがあったから、そろそろ戻るよ。ルーナ、また何かあったら呼んでくれ』
「うん、ありがとう。タニタ」
『頑張ってね』
シュッ
タニタの3Dホログラムが一瞬にして消えた。
ルーナが深呼吸してこちらを見る。
「タニタは悪い人じゃないの。この世界を好きでいてくれるし・・・」
「俺にはお前の考えてることがわからない。何を企んでいるのかもな」
手袋を外して、ポケットに入れる。転移魔法陣に足を伸ばしたとき、ルーナがマントを引っ張った。
「王子、私、闇って温かくて好きなの」
「は?」
「私は天界の者だけど、闇が好き。光には闇が必要で、闇には光が必要でしょ。そうやって世界は成り立っていったんだから」
白銀の髪がさらっと風に流れる。
「天界の者はタニタがかけたあの虹の橋を利用するわ。天界の者はあの橋を運命からの啓示と捉えて、受け入れるはず」
「王の許可なく、あの橋を頼んだのか?」
「うん。あのね・・・・闇の王子・・・」
真剣な表情でこちらを見る。
「あの湖から来ているアースの者たち・・・一部のプレイヤーは魔界を攻略しようとしてるらしいの」
「攻略?」
「闇の王子を倒すために魔界に来ている。そうゆうふうに、このゲームが作られていると、タニタが言っていたわ」
「・・・・・・・・・」
「でもあの虹の橋があれば、運命が変わるはず。だって、そのシナリオを描いた人たち、あの虹のこと知らないもの」
ルーナの言っていることはおそらく正しい。
俺もアースの酒場で、魔界攻略の話はたまに聞いたことがあった。
ダンジョンや闘技場でのバトルに飽きたプレイヤーたちが、新しいバトルフィールドを広げていこうとしている、と。
最終的な攻略の対象は、俺のいるこの城だ。
アースの者たちのみなら、魔族が勝利するだろう。
ただ、プレイヤーの力は未知だ。今ある戦力には負けないが、どんなチート能力を身に着けるかわからない。
あの、虹の橋みたいにな。
「状況はわかった。ルーナは天界に帰れ」
「私も・・・・・」
「お前が居ると話がややこしくなる。あの虹の橋は利用させてもらおう。だが・・・・」
ルーナのほうを見る。
「あまり、外の者に頼るな。クリエイター・・・とかな」
「他のクリエイターはわからないけど、タニタは信用できるの」
「魔族の罪人の中に、あいつみたいな手法を取る者がいる。与え続けることで自分に依存させて、自分の思い通りにならなきゃ、殺すんだ」
転移魔方陣の魔力を微調整する。
「た・・・タニタは違う。だって、私を作った人だから・・・」
「それが危険だっていうんだ。気を付けておけ」
「・・・・わかった」
ルーナが俯く。魔法陣を発動させた。
シュッ
湖の上に降り立つ。波紋が広がっていき、船からプレイヤーが飛び出てくるのが見えた。
 




