6 魔族の言い分
「あとは、本が導いてくれる。蒼空が魂を奪うはずの者が、どこにいるかわかるでしょう?」
「あぁ・・・不思議な感覚だな」
「そう。この本に書かれた文字は、死の神じゃなきゃ読めないの」
ルーナの言う通り、指で本をなぞると、すぐに対象者の名前が現れた。
読めないはずの文字が、すっと頭に入ってくる。
「こっち、みたいだ」
本に引っ張られるようだった。自分でも驚くほどスムーズに、戦火の中に飛び込んでいった。
グアアアアアアアアア
メタル系のモンスターを、ドラゴンが引っ搔いて一掃していく。
魔族の放った魔法は、崩れては消えて、崩れては消えるのを繰り返していた。
ゴオォッ
「くっここまでか」
空から降りてきたドラゴンが火を噴くと、負傷してる一部魔族が撤退していくのが見えた。
「うわっ」
ドラゴンが巨大な翼で風を起こして、モンスターたちが吹っ飛んでいく。
「マジか。圧倒的戦力差だな」
「そうなの、ここまでくると、毎回毎回、魔族もやられにきているような気がするんだけど・・・きっと魔族にも魔族なりの信念とかあるんでしょうね」
「信念ねぇ・・・」
体力、知力、魔力全てが『アラヘルム』のほうが上だ。火を見るより明らかだった。
俺が魔族側だったら、絶対こんな負け方しないのにな。
「魔族は自己回復能力が高いから、ちょっとの怪我じゃ怯まないの。魔族が操るモンスターはすぐに消えちゃうんだけどね。ほら・・・」
ルーナが退屈そうにしながら説明する。
「あんなふうに、ここ周辺のモンスターを使役してるの」
「へぇ・・・」
魔族が連れていたモンスターには、魔力を帯びた石が埋め込まれていた。
光るたびに攻撃を出している。ルーナが言うには、魔族が使役するモンスターには魔法石が埋め込まれるらしい。『アラヘルム』周辺にいるモンスターは比較的弱いけど、魔族が使役すると、魔族と同等の力を持つようになるのだという。
ピン
「!?」
魔族の集団から何かが飛び出てくるのが見えた。
「ルーナ!! 後ろ!」
「ん?」
ルーナの体を毒の槍が通り抜けていった。
「・・え?」
「ふふ、死の神の状態だと、地上の者の干渉は受けないよ。槍が降ろうが、炎の中に入ろうが全て無効化になる。だって、いちいち攻撃を受けてたら仕事にならないでしょ?」
「それもそうか」
「心配してくれたの?」
ルーナが嬉しそうに言う。
「一応な」
「ふふ、蒼空らしいね」
「?」
何か言おうとすると、視線を逸らされた。
魔族の槍が禍々しい色を放っていた。
殺傷能力の高い毒だろう。
掠っただけでも即死だな。俺もプレイヤーに戻ったら、気を付けなければ。
「ま、もし私がここにいたとしても、こんなチープな攻撃が効くはずないけど」
ルーナが槍を手で撫でるようにしながら言う。
「ルーナも戦闘に出たことがあるの?」
「・・・・まぁそりゃ・・・ね。それより、早く行くよ」
「あぁ」
槍は次々降ってきていたが、エルフ族の結界が全て弾いていた。
本に書かれていたのは、クゥザ、17歳。種族は魔族だった。
川のほうで心臓を一突きされて倒れていた。周囲には土人形のような2体のモンスターが立っている。
他の魔族は気づいていないのか、誰も彼に駆け寄ってくる様子はなかった。
ラグーたちと大違いだな。
「ふうん、彼が対象ね。亡骸も持っていかないつもりかしら?」
「まぁ、どこの世界でも魔族の扱いはこんな感じだよ」
初回が魔族でよかったと思っていた。
さっきみたいなプレイヤーは、さすがに躊躇するからな。
剣を持ち直すと、ルーン文字が光った。
じりじりと魔力が走って、時間が止まったのがわかった。
緑色の皮膚を持つ、半透明になったクゥザが起き上がる。
『ん・・・・俺・・・』
ルーナから聞いた通り、本を天秤に変える。
『お、お前! プレイヤーか!?』
「違うよ。今は死の神だ」
『死の神・・・ってことは、俺、死んだのか?』
「あぁ、そうらしいね。俺も新人だからよくわからないけど・・・」
頭を掻いた。ルーナがふわっと近づいてきて、隣に並ぶ。
「こうやって、天秤を見るの。右側がやってきた罪の重さ、左が魂の重さ。クゥザは少し罪の重さのほうが大きいみたいね」
『な・・・・』
「量ると、本に記録されるの。死後の世界に影響するから、ちゃんと量るの忘れないでね」
「・・・・あぁ」
てきぱきと説明していた。
身長とか体重とか、周囲へやったこととか、ぼんやりした情報が浮かんできた。
何が大切で、何がいらない情報なのか、よくわからないな。
「周囲に隠れて戦闘に参加していたのか。というか、こんなことまでわかるのか」
「死の神には隠し事はできないのよ」
剣を天にかざして構える。
「君たち魔族がどうしてそんなに何度も攻撃を仕掛けてるのかわからないけど、とりあえず、仕事だから魂を狩らせてもらうよ・・・・」
『俺は!』
急にクゥザが叫んだ。
『魔族に生まれてよかったと思ってる。本当はアラヘルムの木は魔族も含めたみんなのものだったんだ。魔族だけが『アラヘルム』から追い出されて、住む土地が無くなってしまったんだ』
「・・・・・・」
『『アラヘルム』は罪深い。どうして俺たちは、追い出されなきゃいけなかったんだ? 見た目が違うからか? 頭が悪いからか? 奴らにどう思われようと、俺たち魔族はいい奴らばかりだ』
目に涙を溜めて話していた。
『こっちの世界に来るプレイヤーもそうだ。何もわかってないくせに、『アラヘルム』側につこうとするんだ』
「・・・このゲームの攻略条件自体が、失われた都市『アラヘルム』の復活だからな」
『どうして、今ある『アラヘルム』にいる奴らの言うことを聞いて、『アラヘルム』が復活できると思うんだよ。『アラヘルム』が呪われたのは、全部自分たちのせいなのに』
「ん?」
剣を持つ手を緩める。
「どうゆうことだ? お前、『アラヘルム』が失われた都市になった原因を知ってるのか?」
『もちろんだ。何度も言ってるだろう? 『アラヘルム』は罪深い。呪われている。お前、神であっても、わからないのか?』
すっと視線がルーナに移る。
『いや、神ならわかるはずだ。俺たち魔族に・・・待てよ。嘘だろ。俺はお前の顔を知って・・・・』
「蒼空、私がやる」
ルーナがクゥザの言葉を遮って、素早く自分の剣を出していた。
「なっ!」
キィンッ・・・
見えないほどの速さだった。
クゥザが何か話す前に、胸を突き刺していた。
『っ・・・・・・』
半透明だったクゥザの体が消えていく。
ルーナが軽やかに飛んで、体勢を整えていた。
「ルーナ・・・」
「今日の仕事終了。蒼空は1つも魂を狩れなかったから、次回、また一緒に行動するね。でも、一度見たから大体の流れはわかったでしょ?」
「ルーナ、どうしてだ? クゥザは俺が魂を奪うはずだったのに・・・」
「蒼空が早くしないから。蒼空の本からは名前が消えて、私のリストに移ったの」
「・・・・」
剣をペンに変えて、自分の本に、時刻を書いていた。
確かに、俺の本からはクゥザの名前が消えていた。
「・・・今、クゥザが言いかけていたことは何なんだ? ルーナは何か心当たりが・・・」
「さぁ、もうここに魂が無いからわからない。聞く術もない」
「・・・・・・・・・」
ルーナは何か隠している。
これ以上聞くことを許さない空気を出していた。
本に刻まれたルーン文字の点滅が、少しずつ収まっていった。
「はい、完了。魔族は完敗だね」
俺は、何者になったのだろう。
クゥザが言おうとしていた『アラヘルム』の情報は、ルーナにとって都合が悪いことなのだろうか。
「時間を、戻すね。仕事が終わったから」
「あぁ・・・・」
ペンが消えると、時間が戻っていった。
ルーナが視線を合わせずに、地面を蹴って月明かりのほうへ飛んでいく。
ゴオオオォォォォ
瞬く間に炎が広がっていった。ドラゴン族の咆哮や、魔法を詠唱するエルフ族の声が飛び交っている。
「・・・・・・」
本を持ったまま、クゥザの亡骸を見つめる。
俺に、何を言おうとしていたんだろうな。
「蒼空、戻らないの?」
「・・・今行くよ」
しばらくすると、ルーナに声をかけられて、戦地から離れていった。