67 闇を穿つ光
深雪を抱えて、段差を降りる。
ずっしりとした重みが、なぜか懐かしく感じられた。
「ソラ、彼女は?」
「気を失ってるみたいだ。起きたら色々聞くことがある」
『みんな、ミユキを連れ戻して!!』
ザエルが叫ぶように命令する。
ガタガタッ・・・ ガタッ ガタッ
『な!?』
ロボットたちが動こうとして、崩れるように倒れていた。
『どうして? 命令コードは正確なはずなのに・・・もう一度再起動して・・・』
「無駄だよ。お前が出したロボットは、俺が停止させた。得体のしれない力がかかってるから少し手こずったけどね」
ヴァイスが散らばった破片を蹴って言う。
「早く行こう。ここにいても退屈なだけだからさ」
「あぁ、グリフォンを召喚する。待っててくれ」
『ダメ! 彼女を連れていかないで・・・・・』
ザエルが構えようとした剣を、モイラが杖で抑える。
「どうする? 貴女も一緒に行く?」
『・・・・・・・?』
驚いたような表情をしていた。
「貴女もいつまでも誰かに従っていないで、自分から動いたら。私は運命の女神だけど、自分の運命は自分で切り開いたほうがいいと思うの」
少し黙ってから、剣を消して背を向けた。
『・・・・コンピューターは私がここにいるようにと指示しています。私は完ぺき主義な精霊ですから、ここで次の指示を待ちます』
「ふうん。じゃあ、無理強いはしない」
『さすがに、3人の神々を相手にするのは不可能でした。クリエイターも今回のことは軽微なエラーとして捉えてもらえるでしょう。データは記録しましたので、クリエイターに転送しておきます』
モニターを表示しながら言っていた。
「ソラ様!」
モイラが小走りで駆け寄ってくる。
「モイラ、ありがとう。助かったよ」
「へへへ、闇の王ソラ様のためだもん。これからも頼ってね」
「ねぇ、あいつにとどめ刺さなくていいの? ソラが殺したら、俺が魂狩ってくるけど」
「今はいい。放っておいても何もできないだろうからな」
振り返ると、ザエルが指を動かして、ロボットを動かそうとしているのが見えた。
ヴァイスの魔法がロボットの電子回路を狂わせたようだ。
3体とも額の明かりを点滅させて、鈍い電子音を鳴らしていた。
「せっかく来たんだし、少し観光して帰ろうよ。ヒナさんが通っていた場所とか、お気に入りの店とか見ておきたいんだ」
「お前な・・・」
「そうしましょ。私も見て回りたいな。ソラ様、この子はグリフォンに任せて、寄り道していきましょ」
モイラが手を合わせて、楽しそうに言う。
「はぁ・・・じゃあ、まずは、深雪を『リムヘル』に置いてから・・・・」
神殿から一歩出たときだった。
カッ
深雪の体が白い光に包まれて浮き上がった。
「!!」
「ソラ様、離れて!」
モイラが俺と深雪の間に入る。咄嗟に杖を出して、闇の魔力と光の魔力を中和していた。
掌が焼け付くように痛かった。これが、深雪の魔力・・・。
「この子は光属性の力が強すぎる・・・どうして急にこんなに高まったの? さっきまでと、全然違う」
「・・・・・・・」
深雪がふわっと地面に足をつけた。ゆっくりと目を開く。
「深雪?」
「蒼空・・・・?」
羽根が舞い降りてきたようだった。
ぼやけていた輪郭が鮮明になっていく。はっきりと思い出していた。
もし、闇を穿つ光が存在するなら、彼女のような・・・。
「私はここで・・・ザエルと戦っていて、どうして・・・・」
「・・・・・・」
深雪が自分の手を眺めて、周囲を見渡していた。
ザエルの言葉通りなら、神殿を出たときに光帝の称号が与えられる。
神殿の魔力は消えていたが、制約はまだ残っていたのか。
「魔力が変わった・・・力がみなぎってくる」
「お前は、光帝・・・になったのか?」
「そ・・・そうみたいね。私、光帝なのね。よかった」
深雪が、自分の前にモニターを出す。素早く、何かを確認していた。
帝の制度はまだ、継続しているのか?
「『アラヘルム』が復活している・・・ソラが復活させたの?」
「復活してない。ソラ様が近未来指定都市TOKYOを転移させただけよ」
モイラが深雪を睨みつける。
「モイラ・・・・・」
「『毒薔薇の魔女』、また会うとは思わなかったわ」
「ザエルの力は闇では解けない。運命の女神が私を助けたの?」
「闇の王ソラ様が望んだからね」
一歩前に出る。
「深雪、どうして俺が闇の王になることを止めようとしたんだ?」
「あ・・・・・・」
深雪がはっとしたような表情をして、空を見上げた。
「パパが呼んでる・・・」
「え・・・パパ?」
「行かなきゃ」
「待ちなよ」
ヴァイスが深雪に剣を向けた。
「君はルーナなんだろう? なぜ、あの時、神喰らいの攻撃を避けなかった?」
「・・・・・・・」
「ヴァイス、どうゆうことだ?」
「ラダムの爺に聞いたんだ。ルーナは確実に避けられる状況だったのに避けなかった。ソラの前で死ぬことを望むように」
「!?」
真っすぐに深雪のほうを見つめる。
「爺の見当違いってこともあるけどね。君は、あの瞬間、自分で意図して殺されたんじゃないのか?」
「ヴァイス、私はもう死の神じゃない。プレイヤーの水瀬深雪、光帝になったの」
モニターを消して、両手を広げる。背中に透き通る翼が現れた。
「ごめんね、ソラ。私、パパのところに行かなきゃいけない」
「パパってなんだよ。まだ話が・・・・」
― 子羊を守る柵 ―
キィーン
「・・・・・!」
深雪が自分の前に光の柵を出した。
カッ
「待てって、逃げる気か?」
「ごめん、ソラ。私のことはもう大丈夫だから」
「深雪!」
光の柱が立つ。一瞬で深雪が居なくなっていた。
「っ・・・・・・・」
「あーあ、ソラなら無理やり捕まえられたのにさ」
ヴァイスが剣を消して横に並んだ。
「ソラって、意外とあの子には弱かったりするの?」
「・・・・ヴァイス、さっきの話は本当なのか? ルーナは、意図的に俺の目の前で死んだって」
「まぁ、ラダムの爺がボケてなければ確かだね。あの爺さん、痕跡をたどるのが得意なんだ。間違えることは、ほぼ無い」
「そうか・・・・」
ルーナ、セレナ、アルテミス、深雪の記憶が鮮明になるほど混乱した。
『アラヘルム』の呪いを、自分で解除するためだけなら、神喰らいに殺される必要はなかったはずだ。
ヴァイスの言うように、あえて俺の前で殺されたのか。
でも、何のために・・・。
「モイラ、深雪は・・・・」
「私に聞くよりも、後ろの精霊に聞いたほうがいいと思うの」
振り返ると、ザエルが濡れた服を乾かしながら歩いてきた。
「さっきから慌ただしく動かしてたから、なんか知ってるんでしょ?」
『・・・・はい。水瀬深雪は、クリエイターの指示のより、『アラヘルム』に行ったようです。水瀬深雪を作ったチーム、らしいですね』
「え・・・・・・」
『私に指示を出しているのと別チームになります。コンピューターからの、次の指示を待ちます』
淡々とした口調で言う。
「『アラヘルム』?」
「え、ちょっと待って。『アラヘルム』に行くって・・・・復活したってこと?」
モイラが杖を落としそうになりながら、聞き返す。
『はい。『アラヘルム』は先ほど、ゲームクリエイターたちの拠点ができたという連絡がありました』
「嘘・・・・」
「じゃあ・・・・・」
「・・・こんな早く立て直してきたのか」
ザエルが静かに頷く。
『水瀬深雪の言っていた通りですね。運命の女神モイラがかけた転移魔法は解けています』
「そんな・・・・信じられない」
モイラが目を大きく見開く。
『確かな情報です。『アラヘルム』が復活したそうです』
ザエルが濡れた髪を後ろにやった。
水しぶきが光に当たって、キラキラしていた。




