66 感情を持つ
神殿は崩れかけていたが、かろうじて形を保っていた。
岩を避けて、中に入っていく。キンとした魔力が肌を突いた。
「うわっ、死者の本に名前を書かれたよ」
ヴァイスが肩をすくめる。
「ついてないのね。今取り込み中だし、無視したら?」
「うん。いざとなったら、死者の国に受け入れてもらえばいいしね」
「死者の国を二次受けみたいに言うなよ」
「似たようなものだって」
柱に真新しい戦いの痕跡が残っている。見覚えのあるものだった。
「ねぇ、ソラ様、この後ソラ様がいた場所も見てみたいの」
「俺はほとんどRAID学園にしかいなかったからな。あまり面白みがないよ」
「そんなことないよ。ソラ様のことはなんでも知りたいもん」
モイラが隣に並んで、楽しそうに歩いていた。
「なんか緊張感無いな」
「お前が言うか?」
「ソラ様、あれは・・・・・」
中央に大きなひし形のガラスが浮いていた。
「元々あったの?」
「いや・・・たぶん、初めて見るな」
魔法石に似ているが、TOKYOの科学的なものも感じる。
『ようこそいらっしゃいました。闇の王、そして運命の女神、死の神』
奥のほうからザエルがゆっくりと歩いてきた。
「ザエル・・・・」
「君とは初めて会ったつもりだけどね。死の神ってそんなに有名か?」
ヴァイスが剣を出していた。
『貴方が単独行動を望むのも、計算済みだったそうです。神々の行動は『イーグルブレスの指輪』の世界観に影響をもたらすので、とても研究されているのですよ』
「あ、そ」
「ふうん。なんか、嫌な態度ね」
モイラが機嫌悪そうに言う。
『運命の女神モイラ、貴女も運命の女神なら、私たちと同じでしょう?』
「勝手に仲間意識持たないでよ」
『違うと思い込みたいのでしたら止めませんけど・・・・・・・・』
ザエルが長い髪を揺らして、こちらを見る。
『闇の王、来ていただいて悪いのですが、貴方がここですることは何もありません。と言っても、ただでは帰ってもらえないと思うので、何か差し上げましょうか』
指を動かしてモニターを出した。
『ここに表示されているレアアイテムはなんでも持っていっていいそうです。どうしますか? 死者の国の民のお役に立てそうなものを集めてみました』
「・・・お前は俺に何をした?」
『コンピューターの指示に従い、記憶を操作しました。一度、操作された痕跡があったので、入り込むのは楽でした』
キンッ
深淵の剣を出して、ザエルに突き付ける。モニターが電子音を出して消えていった。
「お前はどちらの味方だ?」
『私は精霊です。この『イーグルブレスの指輪』を守るために作られた精霊』
「フン・・・」
「早いところがクリエイターって奴らの犬ってことね」
『・・・・・・』
ザエルが一瞬だけ目つきを鋭くした。ヴァイスが剣に冷たい魔力をまとわせる。
「君の頭上にあるそのバカでかい魔法石みたいなのは、ただの魔法石じゃないよね? もしかして大切な何かがいるんじゃない?」
『そうですね。彼女は、とあるクリエイターの、とても思い入れのあるキャラクターだそうです。とても大切で、今は、闇の王との接触は禁じられています』
ザエルが魔法石を囲むように魔法陣を展開した。
『確実に守り抜かなければいけません』
ドドドドドド ドドドドドド
「!!!!」
魔法陣から3体のロボットが出てくる。
それぞれ、雷属性、水属性、風属性の力が付与されていた。
三角形に電磁波が走る。
― 合技、風雷豪雨―
ザッ ザザザザザザー
マントを翻して、攻撃をかわす。大量の水が飛び散って、電流で皮膚がぴりついた。
視界が悪い。
ヴァイスがシールドを作って飛ぶ。
「意外と一撃が重いな・・・・」
ロボットが次の魔力を溜めていた。雷、水、風・・・・まずは、雷か。
剣を持ち直して雷属性のロボットのほうへ向かおうとしたとき、ヴァイスがこちらを振り返った。
「こいつらは抑える。ソラはザエルを」
― 死の縛り(シューマ) ―
ヴァイスが右手を広げて、雷属性のロボットの魔法を封じていた。
「わかった。ロボットは頼む」
― 煉獄 ―
黒い炎が剣を覆う。柱を蹴って、ザエルに突進していった。
ザンッ
剣を振り下ろした。ザエルが杖で受け止める。
攻撃の波動で周囲に風が巻き起こり、床に敷かれたじゅうたんが吹っ飛んでいった。
『闇の王の攻撃の軌道は読めています』
「ほぉ・・・クリエイターの犬が・・・・」
水が跳ねて頬にかかる。
「俺はこの世界でお前みたいな奴が一番腹が立つ」
『ゲームデータから、天路蒼空の攻撃をパターン化して、私の脳に蓄積しました。貴方はここで私に勝つことはありません。それはあの、死の神がいたところで変わりません』
杖を剣に変えて、切りかかってくる。
カンッ カンキンキン
「っ・・・・・・・」
『和解には応じます』
「フン、馬鹿が・・・・」
どんどんザエルの攻撃速度が上がっていった。
俺は確かにここで、誰かとザエルが戦っている様子を眺めていた。
自分の動きと重なる。身のこなしがしなやかで、死の神のように静かな攻撃を放つ姿を見ていたんだ。
キンッ
剣がぶつかり合う。
『無駄です。近未来指定都市TOKYOは貴方たちを傷つけずに帰すことを望んでいます。一般人の方々はこの状況に混乱していますが、ゲーム関係者たちはこの想定外の状況をとても楽しんでいるので』
ザエルが下がって、剣に手をかざした。
電流で光り出す。闇属性を打ち消す剣に変えたのか。
「お前はただ命令を聞くだけのロボットなのか?」
『いいえ。私は『イーグルブレスの指輪』を守っている精霊です。使命を果たすために、コンピューターの指示を聞いているのです』
「違う! 楽したいから、聞いてるだけだろ!」
『え・・・・・・』
体勢を変えて、切りかかると、ザエルが少し押されていた。
「転生前の俺は、人工知能で動いていると言われていたが、俺にはしっかりと意志があった。そこにいるロボットなんかと違う!」
『シスターたちはロボットではありません!』
「シスター・・・?」
ザエルが叫ぶように言った。微かに瞳が涙で潤んでいた。
「・・・やっぱりお前・・・・・」
『感情の制御が上手くできませんでした。エラーですね。後で修正をしてもらいに行かなければいけません・・・・』
切れた髪を触りながら、モニターを見つめていた。
「その貴女が自信満々に話してる計算に、私は含まれてた?」
モイラが頭上で、星空のような魔法陣を展開していた。
『な・・・・・・』
「私の運命の羅針盤には、貴女の存在が無かったから」
青髪をさらっと流して、杖をかざす。
― 黄道十二宮十字配列―
カッ
巨大な十字線が現れる。モイラが何かを唱えると、目がくらむような光が走った。
『それはっ・・・・』
ザエルが俺の攻撃をかすりながら、魔法石のほうへ剣を伸ばす。
パリン ザザザザザザザザザザ・・・・
魔法石が割れて、破片がパラパラと落ちてきていた。
中から、月明かりのように美しい少女が・・・・。
咄嗟に体が動いて、少女を抱き留めていた。雪のように冷たいこの子は・・・・。
「よく本気出したね、モイラ」
ヴァイスが最後のロボットを停止させて、モイラのそばに降りてくる。
「まぁね、しばらく使わない間にすっかり鈍っちゃって。時間がかかっちゃった」
「ただ、見てるだけかと思ったよ。なかなか参戦しないから」
「失礼ね。闇の王ソラ様の望みを叶えるためにここにいるのよ。ま、私としては、このままでいてもよかったんだけど」
ヴァイスとモイラの声を聞きながら、崩れた柱に着地する。
「・・・・・・・・・」
腕の中のずっしりとした重み・・・温かさ。
深雪・・・? 水瀬深雪? プレイヤーで、光帝を目指してい子・・・。
頭に浮かぶ細い糸のような光を頼りに、記憶を手繰り寄せていた。




