65 邂逅
― 我が命令に従え、出でよ、グリフォン ―
ペンダントから魔法陣が広がり、中からグリフォンが出てきた。
『お久しぶりです。ソラ様』
「あぁ」
グリフォンが翼を畳んで、頭を下げる。
『我が・・・いえ、『毒薔薇の魔女』セレナ様のことは・・・・』
「悪い。グリフォンのことは覚えてるんだが、セレナのことをはっきり思い出せないんだ。どんな子だったんだ?」
『・・・そうですね。おそらくそれは、私が語るよりもソラ様ご自身が見つけるほうが、セレナ様が喜ぶと思うのです』
「・・・そうか」
砂埃が舞う。ペンダントをポケットに入れた。
「へぇ、グリフォンが闇の王の召喚獣か」
『死の神ですね。ソラ様のご友人か何かですか?』
「ま、そんなとこだよ。これからよろしくね」
ヴァイスが軽い感じで言う。
『そもそも、神というものが好かないのですが、ソラ様のご要望であれば仕方ありません』
「相変わらず固いなー」
「久しぶりー、グリフォン」
『運命の女神モイラ・・・』
モイラが近づくと、グリフォンが爪を立てた。
『ソラ様、随分、変わった仲間ができましたね。運命の女神がここにいるなんて』
「よく覚えてたね。『アラヘルム』の罪を担当して以来なのに」
『忘れるわけないでしょう。『アラヘルム』にあんな・・・』
「グリフォン」
声をかけると、はっとして目を細めた。
『失礼しました』
「こいつらと近未来指定都市TOKYOにある神殿に向かうつもりだ。乗せてもらえるか?」
『承知しました。我が主』
グリフォンが体勢を低くする。
軽く飛んで背中に乗ると、モイラが弾むようにして後ろに続いた。
― 闇夜のベール ―
モイラが指でくるっと輪っかを作って、全体を包んだ。
「ステルスの魔法をかけたの。外からは絶対に見えないわ。これで、存分にソラ様と・・・なんちゃって」
「あの、俺いるんだけど」
『私もいますね』
「もう、邪魔ばっか。2人きりだったら新婚旅行だったのに」
「そもそも結婚していないじゃん」
ヴァイスが言うと、モイラがぷりぷりしながら、足を伸ばしていた。
「行くぞ。グリフォン、北東の方角だ」
『かしこまりました』
グリフォンが地面を蹴って、飛び立つ。ぐんぐん上昇していき、あっという間に城が小さくなっていった。
近未来指定都市TOKYOは予備電源で動いているのか、電気は通っているようだ。
アバターが居ないところを見ると、完全復旧ではないのだろう。研究者のような作業着を着た人たちが、TOKYOの端のほうで何かを計測しているのが見えた。
グリフォンが上空を通過しても、特に攻撃的な何かは無かった。
モイラのステルス魔法が効いているようだな。
「わー、綺麗な都市」
『モイラ様、何度も言ってますけど、そんなに身を乗り出したら落ちてしまいますよ』
「落ちたって飛べるもん」
『あ、そうですか』
グリフォンとモイラはなんとなく仲が悪かった。
まぁ、グリフォンが一方的に嫌っているだけだけどな。
「ソラ様、ソラ様はいつもどこにいたの?」
「RAID学園っていう、あの少し浮いているところにある学園だ」
「へぇ・・・魔法じゃないのに浮かせることなんてできるのね」
「正確には魔法と科学の融合だ。あの庭園はゲームの世界の魔法と、TOKYOの科学を掛け合わせて作ったものなんだよ」
「そうなのね」
RAID学園は立ち入り禁止のバリアが張られていた。
「ヒナさんもあそこにいたんだよね。ヒナさんがいたっていうだけで美しく見えるな」
「そういや、ヒナはなんでお前の姿が見えるんだ? 何度、死の神の本を見ても、ヒナの名前なんかなかっただろ」
「・・・・・」
ヴァイスが一呼吸、沈黙する。
「ヒナさんは一度死んでるんだよ」
「お前にしては、笑えない冗談だな」
「やっぱり、知らなかったのか・・・・」
「え・・・・?」
振り返ると、ヴァイスが真剣な表情でこちらを見ていた。
「・・・ソラには知られたくないことなのかもしれないから、詳しくは言わない。気になるなら、自分で聞いてみたら?」
突き放すように言う。
「・・・ヒナが・・・・」
背筋が冷たくなった。嘘だろ・・・。
俺はヒナについて知らないことが多い。
RAID学園に入ったころからずっと一緒にいたし、死んでるなんて・・・じゃあ、今のヒナはなんなんだ?
「ね、ねぇねぇ、ソラ様。あれは何?」
モイラがマントを引っ張った。
ヒナのことは、後で考えよう。今は目の前のことに集中しないと。
「・・・ビルだよ。人間たちの働く場所だ」
TOKYOはどの企業が、どの場所にあるのか明確になっていない。アバターがオフィスに行くことが多いからだ。
でも、今はあそこにゲームクリエイターがいる可能性もあるけどな。
「あんな高いところで仕事をするの? 地震を起こしたら倒れるかしら」
「遊びで変なことやるなよ」
「私はヴァイスと違うもん。ちゃんと、星に従うの」
ヴァイスが疑いの目で見ていた。
「そこが目的地の公園だ。グリフォン、地図に会った通り、公園の中央で降りられるか?」
『はい。特に変な魔力も感じないので、問題ありませんよ。では、そこの木の裏のほうに降りますね』
グリフォンが翼を斜めにして降下していく。
TOKYOで一番高い、第一TOKYOビル・・・。
その下に広がっているのが、桜宮公園だ。中央には噴水があり、周辺はあらゆるゲームの幻獣やアバターが集まる場所があった。
さすがに今は、更地だけどな。
「元々神殿のあった場所は、この辺だったね」
ヴァイスが軽く手をかざす。
「電磁波のようなものは感じるけど、攻撃性はないみたいだ」
「まだ、警備体制ができていないんだろう。転移して日が浅いからな」
グリフォンの頭を撫でる。
「神殿なんて見当たらないけど?」
「なんか、この都市はやりにくいな。魔法というか科学というか、感じにくいんだよ」
ヴァイスが周囲を見ながら言う。
「グリフォン、ありがとう。また、あとでな」
『かしこまりました』
すっと光の中に消えていった。
「確かに、ホロスコープはこっちに導いてる」
ブオン
モイラが歩き出すと、3Dホログラムのロボットが現れた。
指を立てて、電気を走らせる。
「わっ・・・」
「見つかったのか!?」
モイラとヴァイスが剣を構えた。
「こいつは3Dホログラムといって、実体がここにあるわけじゃないんだ」
ステルスの結界から抜けて、ロボットと向き合う。
「おい、ソラ!」
「こいつの通信経路は遮断した。すぐに、見つかることは無いだろう」
「いつの間に・・・・」
「さすが、闇の王ソラ様」
「ここに神殿があったはずだ。帝を決める神殿はどこにある?」
ロボットがぎこちない動きでこちらを見た。
『シンデン、神殿、『イーグルブレスの指輪』の、神殿・・・』
「・・・・・・・・」
『この、上空です』
上空を指す。
「!?」
空を見上げると、神殿が浮いているのが見えた。
さっき、ここへ来たときは見えなかった。この角度からしか見えないということか。
「ヴァイス、モイラ、この上に行くぞ」
「うん。結界はもういいかな? ちょっと状況を感知しにくいから」
モイラが結界を解く。
『『イーグルブレスの指輪』の神々・・・・』
「えっ・・・・」
ロボットがぐるっと、モイラとヴァイスのほうを見た。
『『イーグルブレスの指輪』は我々の最高傑作のゲームです。このように、ゲームの中のキャラクターとお会いできて光栄です』
「!?!?!?」
「っ・・・確かに切断したはずなのに・・・まだ、何か隠しコードが・・・・」
『夢のようで、チーム一同喜んでいます。次はぜひ、直にお会いできるように』
「お前・・・・」
『失礼します』
シュンッ
ロボットが消えていった。
ゲームクリエイターはやっぱり、モイラやヴァイスのことも把握しているのか。
「キャラクターって・・・」
「なんか嫌な気分だね。全部知られてるみたいで」
ヴァイスが剣を握りしめながら言う。
「今は神殿に向かう。あいつらを追いかけるのは、それからだ」
深淵の杖を出して、地面を蹴った。




