63 運命の女神モイラ
幽幻戦士が反応できない空高くから降りてきたのか。
窓枠を蹴って外に出る。
カッ
「!」
両手を広げる前に、閃光が走る。
ドローンが塵となって落ちていった。
真ん中にピンクの衣装に身をまとった少女が、足元に魔法陣を展開させていた。
体中が光に包まれていて、肩までの青い髪がさらさら揺れている。
神と同じ力を感じた。おそらく、何らかの神だろう。
「これが、異世界の機械。冷たくてビリッとしてるのね。すぐにこんなものを飛ばしてくるとは・・・攻撃性は無かったから、ただの偵察ね。脅しでもあったのかな?」
「・・・・・・」
「まだ、壊されることは想定していなかったのか・・・いえ、こんな簡単に壊せるんだから、壊すこと前提で飛ばしていたのか・・・・」
独り言を言っていた。
警戒しながら近づいていく。
花びらのように、ドローンの欠片を掴んで、日差しにかざしていた。
ヒナと同い年くらいの女の子だ。
「貴方が闇の王なのね?」
「そうだ。お前・・・神だな?」
「そうよ。私は運命の女神モイラ。ふぅ・・・・ちょっと待って。闇の王と話す前に、気持ちを整えなきゃいけないから」
「?」
すっと俺を横切っていく。
空中を歩くようにして、窓から城の中に入っていった。
「あ・・・・・・・」
アリアがモイラを前に硬直していた。モイラがゆっくりと床に足を付ける。
「『深淵の魔女』は闇の王につくことにしたのね?」
「こ・・・これでいいんでしょ? 時計は止まったわ」
懐中時計を出す。
「ふうん。まぁ、いいでしょう」
「アリア、こいつと知り合いなのか?」
「・・・・・・・・・」
城の中に入っていくと、モイラがアリアから離れて髪を触っていた。
「知り合いも何も・・・」
「私が『アラヘルム』の呪いをかけた。あってはいけない領域に触れた『アラヘルム』を崩壊させて、呪いを魔女に移した神なの」
ぎこちない笑みを浮かべる。
「見た感じだと・・・・結局、『毒薔薇の魔女』と『深淵の魔女』しかいなくなっちゃったのね。二人とも元気にしてる?」
「・・・セレナがどうなったかなんて・・・あんたのほうがよく知ってるんでしょ?」
「セレナのことは知らない。勝手に呪いから外れたんだもの。あの衝撃で、最後の魂がどこに行ったのかも見えなくなったわ」
機嫌悪そうに言う。
「で? 思い出話をしにここまできたわけじゃないんでしょ?」
「そうね」
長いまつげをばさっとさせた。
こちらをじっと見つめる。
「何しに来た?」
「闇の王、貴方がこの世界に入ってきたときはこんな運命になるなんて思わなかった。貴方は闇帝になって『アラヘルム』の復活は諦めて、今いる『アラヘルム』の住人と仲良くするはずだったのに・・・」
「それが何だ・・・・?」
深淵の杖を剣に変える。
「運命通りにいかなかったら、お前が何か呪いでもかけに来るのか?」
「そうじゃない。私は認めてるの、貴方のこと。だって今まで運命が変わることなんてなかったから、あの都市が現れて確実に何かが変わった」
「・・・・・・・・」
アリアが少し怯えたような表情をしていた。
「お前が言っても嫌味にしか聞こえないけどな」
― 煉獄―
剣に黒い炎をまとわせた。
「ソラ!」
「ここに来たのには理由があるんだろう? 運命の女神だろうが、この国の脅威になる奴は・・・・・」
ザッ
「私、闇の王ソラ様に会いに来たの」
モイラがいきなり目の前に現れる。
振り下ろす剣を避けて抱きついてきた。
「え?」
ピンクの髪が視界を遮る。唇にひんやりした感触があった。
呆気に取られていると、モイラが上目遣いにこちらを見る。
「!?!?!?」
「闇の王ソラ様、ミユキのことなんて忘れて、私と結婚しましょ?」
「は?」
アリアと同時に声が出た。
拍子抜けして、剣にまとっていた炎が消えていった。
「えっと・・・私と結婚するとメリットもたくさんあるの。まず、私は料理が得意だし、こう見えて家庭的なの。後は裁縫も一通りできるし、服なんかも・・・魔法でなら作れるわ。良妻賢母になると思うし・・・」
「ちょ・・・何言ってるのよ。これ以上、呪いを振りまく気なの?」
「違う! 私は愛に目覚めたの」
「あ・・・愛?」
「そう、愛」
アリアが口をぽかんと開けたまま固まった。
モイラがうっとりとした口調で言う。
「今まで人の運命ばかり管理しなきゃいけなかったけど、ソラ様が闇の王になって運命を捻じ曲げられて、素直に驚いたの。運命を定める女神の私に、王子様がいるなら、闇の王に違いないって思って」
「・・・・・・・・・・・・・」
「これからは、私も闇の王の妻として生きたいなって思うの。だから・・・」
バタンッ
「蒼空様! すみません、先ほどのドローンが急に消えたみたいで。一つだけチップを拾いました。これから解析を・・・」
ヒナがドアをぶち壊す勢いで開ける。
「ソラ様」
後ろから、アレスや勇者テウスが続いた。
「あれ? え? あれ?」
「ヒナ」
「だ・・・誰ですか? その女の子は・・・」
恐る恐るモイラに指を向ける。モイラが俺の腕を掴んできた。
「私は運命の女神モイラ。闇の王ソラ様と結婚しに来たの」
「結婚!?」
3人の声が重なって部屋に響いた。
「するわけねぇだろ。いい加減離れろって」
「離れたくないので・・・」
振り払おうとすると、ぺったりくっついてきた。
「そ・・・蒼空様が結婚・・・・結婚って、そんな・・・・」
「だから、しないって」
「ヒナ様、大丈夫ですか!?」
アレスがふらついたヒナの肩を支える。
「でも、今ならミユキもセレナもルーナもいないし、私にもチャンスがあると思うの。こう見えてとっても尽くすから、あ、夫婦になるなら、私もここに住まないと」
「いやいや、そもそも認めてな・・・」
「蒼空様、そ・・・そうゆう女の子が好みだったのですか? 確かに可愛くて・・でも・・・ひどいです」
「何がひどいんだよ。てか、俺を置いて話を進めるなって」
アレスとテウスが顔を見合わせていた。
「・・・・・・・」
アリアが短いため息をついた。
パンパン
アリアが二回手を叩いた。
「はいはい。なんだかごちゃついてるから整理するわ」
「あっ」
強引にモイラと俺を引き離す。
「まず、モイラ、あまりべたべたする女は男に嫌われるわよ。しとやかにしてないと」
「嫌われる・・・!?」
モイラがぱっと離れて、アリアの近くに寄った。
「いちいち近づかないでくれる?」
「闇の王に嫌われたくないもの」
「・・・・蒼空、彼女はこんな感じだけど、運命の女神であることは確かなの。私個人の感情では今すぐ追い出してほしいけど、闇の王にはプラスになるわ。結婚はしないとしても、友好関係は築いておくべきだから」
「・・・あぁ・・・」
「あくまで、蒼空のためよ。私は闇の王に仕えてるから仕方ないわ」
勢いに押されて、杖を仕舞う。
「ねぇ、アリア・・・アフロディーテには男は押したほうがいいって言われたんだけど違うの?」
モイラが目をウルウルさせながら、アリアの手を引っ張る。
「押しすぎよ。会っていきなりキス・・・いえ、結婚してだなんて、聞いたことないわ」
「じゃ、じゃあ、貴女は恋愛経験豊富なの? 『緋色の魔女』に恋愛なんて無かった気がするけど・・・」
「う、運命の女神にだって見えないことはあるでしょ? 色々あるんだから」
アリアとモイラがこそこそ話しているのが聞こえた。
『闇の王ソラ様! ヒナ様が倒れてしまって・・・』
「・・・医務室に運んでくれ。後で行く」
『かしこまりました』
「蒼空様が・・・結婚・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
頭を掻く。神が味方になるにしても、いろいろと面倒だな。
アレスとテウスが手際よくヒナを抱えて、廊下を駆けていった。




