62 侵入者
ヒナが、王の間に集まった全員に、『イーグルブレスの指輪』の世界と、近未来指定都市TOKYOについて話していた。
この世界がゲームクリエイターによって作られた世界で、自分たちが人工知能と呼ばれる、クリエイターたちが生み出した技術によって動いていることを・・・。
人によって反応は様々だ。
7人の戦士たちのように呑み込めない者もいれば、ミコのように何も気にしない者もいる。元々、プレイヤーの様子から勘づいていたという者は、かえってすっきりしたと言っていた。
「蒼空様、どうでしたか? 先ほどの、私の説明」
「あぁ、さすがだよ。すごくわかりやすかった」
「フフ、よかったです。頑張ったかいがありました」
部屋で地図を眺めていると、ヒナが声をかけてきた。
「王の部屋ってとても綺麗ですね。照明の装飾も豪華ですし」
「執事のロイが魔導士にそう指示したらしいな。アポロン王国の城の装飾をモチーフにしたとか・・・。俺は普通の部屋でいいのに、かえって居心地が悪いよ」
ヒナがくすくす笑っていた。
「・・・ヒナは大丈夫なのか? 近未来指定都市TOKYOに行かなくて」
「え・・・?」
「お前は俺と違って、両親や友達がそこにいるだろう? 戻るなら別に構わないし、それでお前を恨んだりはしないよ」
ペンを置いて、椅子の背もたれに寄りかかる。
「ありがとうございます。両親は確かに心配ですが、きっと私のことは気にしていないと思うんです。元々、うちはそうゆう家なので・・・」
「・・・・・・」
ヒナの両親は忙しく、ヒナを一人にすることが多かった。
だから、一層、俺に依存したのかもしれないけどな。
「友達はきっとこのフィールドのどこかで会えますよ。私は蒼空様のお役に立ちたいので、蒼空様のそばにいることのほうが重要です」
「俺のことはあまり心配するな。闇の王になったからといって、自分を見失ったわけじゃない」
ペンを回して、机に置いた。
「これが元々の俺だ。ヒナから見ると変わったように見えるかもしれないが・・・」
「そんなことないです!」
「?」
ヒナが両手を握りしめて言う。
「蒼空様は私からすると、どこか掴みどころがなくて、でも優しくて温かい存在で、ずっと不思議だったんです。闇の王って聞いて、やっと少し蒼空様のことわかった気がします」
「そうか?」
「はい。私は嬉しいんですよ。こうやって蒼空様のことを知れて。なので、蒼空様はそのままでいてくださいね」
柔らかくほほ笑んだ。
トントン
『ソラ様、ラーミレス王国から使いの者がいらしています』
「あぁ、今行くよ」
執事のロイの声がした。立ち上がって、地図を置く。
「あ、私、ここからTOKYOまでの距離と周辺国について記録しておきます。これが、地図ですね」
「いいよ。ヒナも少し休んでくれ。昨日の説明からずっと働きっぱなしだろう?」
「はい。ありがとうございます。でも、ちょっとメモするだけですから」
「わかった。無理はするなよ」
ドアから出ていく。
砂時計がかちっと音を鳴らして、回転していた。
「はぁ・・・・・・」
城の屋根から、夜に浮かぶリムヘルの木を眺めていた。
ところどころ妖精族が光を灯して、ダンスをしているのが見える。
「どうしたの? 闇の王がため息なんかついて」
「アリアか」
アリアが緋色の髪をふわっとさせて、隣に座った。
「逃げてきたんだよ。ラーミレス王国がダフタ王国とも同盟を結んでほしいとか言ってきて、なんか高価なもの色々持ってきたからさ。接待ってだるいんだな」
「国は戦争だけじゃ成り立たないのよ。ちゃんと、貿易もしっかりしなきゃ」
「わかってるって・・・」
腕を伸ばす。
「ダフタ王国って、宗教国家じゃなかった? 『リムヘル』と同盟って向こうから言ってきたの?」
「まぁな。前まで、俺、命狙われてたのにさ」
「状況が状況だから臨機応変に対応したのかもね」
ダフタ王国のギルドの誰かが、俺を暗殺しようとしてきたんだ。
誰だったのだろう。思い出そうとしても、顔がぼやけて思い出せなかった。
「罠だったりして?」
「そうしたら、遠慮なく国ごと吹っ飛ばすまでだ」
寝転がって、天を仰いだ。星がどこまでも輝いている。
「・・・・アリアはゲームクリエイターの存在を聞いてどう思った?」
「どう思ったって?」
「俺は腹が立って仕方なかったんだ。転生前だけど、あの時の怒りは今でも覚えてる。どんなに力をつけたって、自分の運命をあらかじめ決められてるなんてな」
なぜ、ヒナがあんなふうに冷静でいられるのか不思議だった。
アリアも・・・。
「今も、正直、怒りしかない」
「その感覚が羨ましいわ。ソラは前の世界でも闇の王だったんでしょ?」
「あぁ、まぁな」
「きっと、だから、そう思うのよ」
夜風が緑の匂いを連れて頬を撫でる。
「私は脇役だもの、自分の運命にそこまでの思い入れはない」
「ん? どうゆう意味だ?」
「よく小説でもメインキャラがいるでしょ? 私はメインにはなれないから、自分の運命がどうとか思わない。決められてようが、決められてなかろうが、どうでもいいかなって感じ」
手を後ろについて、空を見上げていた。緋色の髪が手元に広がっている。
「私は『アラヘルム』が滅びたとき、一緒に死ねばよかったと思ってたから」
「まだ思ってるのか?」
「今も・・・でも、あんたに仕えるって約束しちゃったから、簡単に死ぬつもりはないわ。安心して」
アリアが目を伏せがちにこちらを見下ろす。
「ねぇ・・・本当に、セレナのこと思い出せないの?」
「またその話かよ」
「だって・・・・・」
月明かりを見ると、何か思い出せそうな気がした。
でも、霞がかかったような感覚だ。
「『毒薔薇の魔女』、『深淵の魔女』、『緋色の魔女』、3人の魔女が居ることは覚えてる。でも、『毒薔薇の魔女』について思い出そうとしても顔が思い浮かばないんだ」
「そう・・・」
「そのうち思い出すよ」
アリアはそれ以上、セレナの話をしなかった。
彼女が誰なのか・・・。
他愛もない話をしながら、月が動くのをぼうっと眺めていた。
ジジジジ・・・ ジジジジ
『魔女は触るな。私は精霊ザエル様に仕える・・・』
「動かないで。修理してほしいって言ったのはあんたでしょ?」
ボールのねじが一つ外れていたらしい。
アリアが半ば強引に押し込もうとしていた。
「なんか余計なもの拾ってきちゃったわ」
『失礼な。私はこう見えて知識深いロボットで・・・』
ガンッ
「入った!」
『痛い、壊れたらどうしてくれるんだ?』
「お前ら、なんだかんだ仲がいいな」
『んなわけないだろう。高尚な人工知能である私が魔女なんかと・・・・』
ガシャン
『痛いぞ、何をする』
「文句ばかり言ってるなら、粉々にするからね」
朝からアリアとボールが騒いでいた。
ボールが近未来指定都市TOKYOの信号を受け取ったと話していたが、『リムヘル』に特に変わったことは無かった。
窓を開ける。
城下町には日が差し込み、肉体を持った住人が、祭りのように騒いでいた。
ディランとヒナについた7人の戦士たちが、自分の部下に伝えたらしい。
「・・・・みんな単純なのね。あんなに、生き生きとできて羨ましいわ。そんなに蘇るって嬉しいことなのかしら」
「アリアも遊んできていいぞ」
「遠慮しておく。そこまで、陽キャになれないのよ」
ビービービービー
ボールがおでこの明かりを青く点滅させた。
『侵入者です。侵入者です』
「!!」
指先を外に向ける。
― 漆黒の網 ―
黒い魔力を蜘蛛の巣のように広げて、物体を捕える。
ぐっと引っ張って、手でキャッチした。
「これは・・・・?」
「ドローンだ。近未来指定都市TOKYOの道具だな。もうこの場所を特定したか」
先端にカメラのようなものがついていた。
『リムヘル』に偵察に来たというところか。思ったより早かったな。
ガシャッ ギギギギギギギギギ
電流を流して握りつぶす。煙を出しながら、変な音を立てていた。
「ソラ・・・あれもそうなの・・・・?」
「ん?」
もう一度外に目を向ける。
「なっ・・・・!?」
一瞬だった。城下町の声が聞こえなくなる。
無数のドローンが『リムヘル』の上空を覆いつくしていた。




