61 王の帰還
「アリアの呪いはどうなった?」
「呪いの制限時間を表す時計の針が止まったの。闇帝ではないけど、蒼空の下につくってことでいいみたいね」
アリアが金色の懐中時計を見ながら言う。
「闇の王だから、闇帝と同じ扱いになってるのかしら?」
「そういえば、精霊があの神殿から出たら闇帝になると言ってたな」
「そうなの?」
「あぁ、俺にも帝の特性が付与されたのかもな。バグに近いが、俺のことまで想定していなかったんだろう。どちらにしろ、帝の制度は消えたはずだ」
アリアが首を傾げる。
「バグ?」
「・・・・まぁ、アリアにも説明するよ。帝だけが知ってたこの世界のことを・・・」
ゲームクリエイターと人工知能については、まだ話していなかった。アリアも人工知能ということになるから、言いにくいというのもある。
ゲームキャラにだって、心は確かにあるのにな。
これからクリエイターは敵として現れる。アリアだけじゃなく、全員に話さなければいけない。
遅かれ早かれわかる話だ。
「長くなるなら別にいいわ。そうゆうものとして捉えておくから」
アリアが髪を一つに結びながら言う。
闇の王の間に向かっていた。
ドアの前にディランが立っていて、俺と目が合うと一礼してきた。
『お待ちしておりました』
「引き受けてくれてありがとう。お前は擦りきれた下位魔族の服なんかより、そっちのほうが似合ってるぞ」
『・・・はい。死者の国を支えるよう頑張ります』
軍服の襟をたてながら言う。
『ソラ様、どうぞ中へ』
「あぁ」
ギィッ・・・
ドアが開くと、7人の戦士たちが見えた。
武器や防具は死んだときの者を装備しているらしい。ディランが今では手に入らないようなものもあると話していた。
ヒナとミコが王の椅子の横に並んでいる。
ヒナがちょっと緊張しているのが伝わってきた。
「蒼空様!」
こちらを見て、ぱっと明るくなる。
「・・・・・」
戦士たちがヒナの声で姿勢を伸ばしていた。
「ここに集まってるのが、ディランとヒナの軍か」
『はい』
ディランとヒナが同時に返事をする。
「私の軍は人間、魔族、ドラゴン族、エルフ族の50人の戦士を集めました。国同士の争いに巻き込まれた者、ギルドのクエストに失敗した者など死んだ理由は様々ですが、皆、強い者ばかりです」
『俺の軍も同じく。魔族が多くなってしまったので、力のパーセンテージを見て調整しました』
「私の軍もディランの軍も、近距離、遠距離、どちらでも対応できるようになっています」
「そうか」
「彼らが各職種のリーダーになります。歴史に名を残した者ばかりだそうです」
王の椅子に座って足を組んだ。7人を見下ろす。
『こんな子供が闇の王・・・・?』
国の紋章の入った剣を持った、背の高い男が呟く。筋肉隆々で肌は浅黒く、腕には無数の傷が刻まれていた。
『闇の王と聞いてたからてっきり・・・しかも元はプレイヤーだったというじゃないか』
『俺は死の神と聞いていたぞ』
『私は・・・こんな子供が闇の王なら・・少し考えます。生前のプライドもありますし』
『俺も・・・・』
「ガタガタうるさいわね」
アリアが跳んで、男に緋色の剣を突き付ける。
キンッ
「ソラは闇の王よ。忠誠を誓わないならここで殺すしかないわ」
『こ・・・殺すって、俺たちは死んでるじゃないか』
『そうよ。死んだから死者の国に来たんだから』
「いや、お前らは正確にはまだ死んでいない。アリア、構わないから剣を下げろ」
「・・・わかったわ。本当、こうゆうのに甘いんだから」
アリアが渋々、剣を仕舞う。
「まず、俺は死の神でもある。これが死の神の本だ」
死者の本を出して、浮き出てくる文章を読む。
「”死の神に魂を狩られなかった者は永久に生と死の狭間で彷徨う。ただし、『リムヘル』に入った魂は再び肉体を得ることができる”」
『え・・・・・・・』
「お前らは再び肉体を得たということだ。もし、今死ねば、2度目の死ということになる。2度目の死は蘇ることは無い、混沌の中に帰るだろう」
7人がどよめく。死の神の本を消した。
闇の王になってから、死者の本は様々な文章を浮き上がらせた。
意志を持って、俺に従っているようだった。
『私は、アレス帝国の戦士アレスです』
精悍な顔つきの男がこちらに歩いてきて跪く。
『・・・・彼は英雄アレス、アレス帝国の創始者ですよ』
ディランが横で耳打ちした。
『ここに集いし者たちは、各国で英雄と呼ばれた者たちです。我々が忠誠を誓うとなればそれなりに力を示していただかないと皆も納得しないかと思います』
「随分、高飛車なのばかり集めたのね」
「志願してきた者の中から強者を選ぶとそうゆう風になってしまって・・・」
アリアとヒナの声が聞こえた。
『闇の王として、力を見せていただけませんか?』
「まぁ、一理あるな。お前らは生前英雄とされたプライドもあるだろう」
腕を組んで立ち上がる。
深淵の杖を振って魔法陣を描いた。
― 闇の王に仕えし幽幻戦士、我が命令に従え ―
ゴウン ゴウン ゴウン ゴウン ゴゴッ・・・
『!?』
幽幻戦士が5体現れて、戦士たちを囲むように五角形の位置についた。
『これは・・・・』
「幽幻戦士ってソラも召喚できたの?」
『あれ、元々、蒼空様の力、使ってた、蒼空様のもの』
アリアとミコが後ろで話していた。
― おかえりなさいませ、闇の王 ―
「・・・・・・・・」
幽幻戦士の声が聞こえた。
5体の幽幻戦士が剣をかざして、空中に五芒星を描く。
中から黒い手が出てきていた。
『なっ・・・・・』
『この禍々しい力は?』
黒い手が戦士たちにそれぞれの武器を突き付ける。
剣士には剣を、魔導士には杖を、ランサーには槍を・・・。
「幽幻戦士に戦わせてもいいが、俺が操らないと納得もいかないだろう」
『これは・・・・・』
「お前らの職種でやったほうがいいだろうと思ってな。全員いっぺんにやるとなると、このまま戦闘になる。戦うか?」
黒い手を動かしながら言う。
闇の魔力が部屋中を覆っていた。
『・・・・あり得ない・・・』
『・・・・・・・・・・』
アレスの額を汗が伝っていく。
『あ、あ、アレス!』
『わ、わかった。抵抗しない。闇の王・・・この者たちから武器を離してくれ』
剣を置いて膝を付く。
戦意が無いことを確認して、深淵の杖を幽幻戦士に向けた。
シュウウウゥゥゥゥ
黒い手と武器が五芒星の中に戻っていき、闇の魔力が消えていく。
『こんな、恐怖を感じたのは初めてだ・・・・』
ランサーの男が幽幻戦士を見ながら言った。
「俺は別に脅すつもりはないし、力を見せびらかすつもりもない」
『・・・・・・』
全員が黙ったまま俯いていた。
「『リムヘル』の軍として動くのであれば、ヒナとディランの言うことを聞け。俺は闇の王としてこの国の統制を取らなければいけない」
マントを後ろにやって7人を横切っていく。
恐怖におびえているのがわかった。
「文句があるなら、いつでも相手になろう」
『・・・かしこまりました』
アレスが剣を仕舞って、頭を下げた。かすかに肩が震えている。
「ヒナ、こいつらに今の敵とこの世界について説明してもらえるか?」
「はい! お任せください」
ヒナが嬉しそうにモニターを表示する。
軽く飛んで、幽幻戦士のそばに降りる。深淵の杖を仕舞った。
「お前はユグドラシルの樹の近くで、俺に仕えていた闇だな?」
幽幻戦士がかすかに頷いた気がした。
「闇の王が帰った。共に目的を果たそう」
スンッ
手をかざして、幽幻戦士を消す。幽幻戦士は俺にとって懐かしい存在だった。
幽幻戦士は王に仕えるゲーム内の闇だった。
ゲームクリエイターからは、人間らしい考えを持たないことから、不完全な戦士とされていた。悪というよりも、予想外の動きをするこいつらが邪魔だったのだろう。
プレイヤーが俺を倒した後、幽幻戦士も消えたらしい。
ヒナが死の神が見えたのはなぜなのか、わからなかった。リストには名前が書かれていないから、死期が近いわけでもない。
神の定義自体が揺らいできているのだろうか。
振り返ると、ヒナがアレスたちにモニターと地図で現在の状況を説明しているのが見えた。




