59 異世界転移
混沌は生と死を司ることを、生きている者たちは知らないだろう。
ゲームの中の登場人物として現れた闇の王は、プレイヤーと力を合わせた天界の攻撃により、死ぬというシナリオだった。俺のいた世界では、ゲームクリエイターの作ったシナリオは絶対的で、想定外の動きをするとすぐにバグとして修正が入っていた。
クソみたいな世界だと思って、早く死ぬことを望むようになっていった。
シナリオの通り死んだ俺は、混沌の中に投げ込まれてしばらく彷徨っていたんだ。
しばらくして、混沌が近未来指定都市TOKYOに転生させた。
生まれてすぐの俺は、全ての記憶があった。
肉体に宿る、無限の闇の力は封印されていたけどな。
俺が生まれたのは、近未来指定都市TOKYOではない。
外の世界と呼ばれる場所だった。
転生前の記憶があった俺は、独学で、ゲームの仕組み、全ては彼らが心と呼ばない人工知能について勉強していた。力を取り戻し、ゲームクリエイターへの復讐を果たすためだ。
生まれたときから、あの施設にいた。
結果的にRAID学園に入れたことは、俺にとって都合がよかった。
記憶は失っていたものの、多くのゲームの世界を経験できたからな。
目を開けると、RAID学園の独特の匂いがした。
揺るぎない闇の力が込み上げてくるのを感じる。
封印は、解かれた。俺は自由の身だ。
ガガガガガガガガガガ
シュー シュー シュー
闇の魔力を流して、『イーグルブレスの指輪』と自分を繋いでいた機械を壊す。
コードを蹴って、ゴーグルを外した。
俺にはセーブポイントなんて必要なかった。
転生する前に、全て整えてきていたのだから・・・。
ビービービービー
部屋の中に、警報音が鳴り響く。
他のプレイヤーの機械を繋いでいるコードに手をかざした。
― 破壊 ―
ガンッ
黒い魔力が機械を覆って、電源ごと吹っ飛んでいった。
やはり、魔法は使えるみたいだな。
『イーグルブレスの指輪』にいるときと変わらなかった。
バーンッ
「何事だ!?」
ドアが開いて、御坂先生が入ってきた。
壊れた機械から離れて、深淵の杖を出す。魔法石が白から透明に輝いていた。
「そ・・・蒼空君・・・?」
「お前らは、『アラヘルム』の人間だったのか?」
「・・・・!?」
御坂先生が黙っていると、後ろから先生たちが続々来ていた。
「なんだ?」
「すごい音がしたぞ」
「『イーグルブレスの指輪』に入っていた生徒が・・・・」
「学長!!! これは・・・・」
学長がゆったりと近づいてきて、俺と向き合う。
「さすがだな。真実に辿り着いたのか」
「まぁな」
「君ならやってくれると思っていたよ」
しわの多い目じりを下げる。
「フン、どうして今まで思い出せなかったのか疑問だがな。RAID学園とやらは、よほど記憶を操作するのが上手いらしい」
「専門に扱っている機関と密に連携を取っているからな」
学長が冷静に答えていた。
「人工知能の育成に力を入れている機関があるんだよ。君たちの知らないところだ」
「・・・・・・・」
巨大な魔法陣を展開した。闇の力を徐々に慣らしながら、大きくしていく。
「な!?!?」
「どうして魔法陣なんか・・・・」
「何が起こってるの? 私のゲームが突然停止して・・・・」
「先生、僕もです」
「私は配信途中で切断されました。回線トラブルなのではないでしょうか?」
RAID学園にあるすべてのゲームの接続を切断していた。
部屋の入口にどんどん人だかりができてくる。
「天路蒼空?」
「俺は闇の王だ。今からこの都市を『イーグルブレスの指輪』に転移させる」
周囲を睨みつける。
「は? 転移・・・?」
深淵の杖を当てて、漆黒の服をまとう。
近くで魔法を見た人たちが、動揺しているのが伝わってきた。
「俺の肉体を向こうに転移させるためにな。近未来指定都市TOKYOの奴らもVRゲームがどうゆうものか知ったほうがいい。アバターじゃなく、自分の肉体でな」
近未来指定都市TOKYOと『イーグルブレスの指輪』は繋がっている。『イーグルブレスの指輪』の先に近未来指定都市TOKYOがあるような感覚だった。
このどこかにいるクリエイターは、自分の作った世界が荒れていく様子を見て、どう思うのだろう。
「そんなことできるわけない。ゲームの感覚が抜けていないのか?」
頭のよさそうな生徒が前に出てくる。
「俺に不可能は無い。その辺の大人に聞いてみろ。そいつらは今から行く世界の住人だった奴らだ」
「!?」
学長だけがにやりと笑っていた。
どこまで、こいつが想定していたのだろう。
「それが私も望んでいたことだ。頼むよ。天路蒼空君」
「強がりを・・・・」
マントを翻す。足に浮遊魔法をかけて、窓から出ていった。
「蒼空君!?!?」
ドラゴンのホログラムが街から消えていた。
「・・・なるほどな」
空から見た近未来指定都市TOKYOは、どこか『アラヘルム』に似ていた。
深淵の杖を天にかざす。
魔法陣を一気に広げて、近未来指定都市TOKYOを包み込んでいった。
― 異世界転移魔法、ミラーリング ―
ドドドドドドドドドドドド
都市にアラヘルムの木とリムヘルの木が出現する。
この中に、元から『アラヘルム』に居た人間はどれくらいいるんだろうな。
ドーン
木の間から魔力を発生させて、深く息を吐く。
『イーグルブレスの指輪』の世界に近未来指定都市TOKYOを転移させた。
街を歩いていたアバターが消えていき、建物から出てきた人間たちが混乱しているのが見えた。まさか自分たちがゲームの世界にいるなんて思わないんだろうな。
「ソラ!」
レッドドラゴンに乗ったアリアが近づいてくる。
顔の書かれた球体を網のような魔法で捕えていた。
「その恰好は・・・・どうゆうこと!? 何があったの!?」
「元の力を取り戻した。俺は混沌から生まれた闇の王だ」
「え・・・・・」
「自分の肉体を転移させるために、近未来指定都市TOKYOごと転移させた。それが、アレだ」
「アレ・・・って・・・」
アリアが呆然としながら、近未来指定都市TOKYOを見降ろしていた。
近未来指定都市TOKYOは思った以上にこの世界に馴染んでいた。
『神殿、どこやった? 神殿・・・ザエル様・・・』
顔の書かれた球体がおでこを赤と青に点滅させながら言う。
「こいつは?」
「あ、あぁ・・・闇の柱が立った後、神殿から出てきたのよ。一応、捕えたんだけど」
「ほぉ・・・・動けんのか? 球体」
『球体ではない。ボールという名前がある』
神殿に入ったときの記憶が、断片的に無くなっていた。
急激に力を解放したからだろうか? まぁ、特に支障はないだろう。
「帰るぞ。アリア」
「え・・・? あの都市はどうするの?」
「今はそのままにしておく。そのうち、戦闘になるだろう」
あの都市の中にも、ゲームクリエイターが居る。この『イーグルブレスの指輪』の世界を作った奴らがな。
自分たちが『イーグルブレスの指輪』に転移したとなると、簡単には修正を入れられないだろう。中には俺が転生する前の世界を作った者もいるのかもしれないな。
最終的に、根源となった闇の王である俺を倒して、元の世界に戻ろうとするのではないかと思った。
こっちとしても、そう動いてくれたほうが都合がいい。
しばらくは、クリエイターがどんな手を使うか見物しようと思っていた。
せっかく、時間をかけて転移させたのだからな。
『おい!』
ボールががたがた音を鳴らして暴れていた。
『魔女、離せ。俺はザエル様と神殿に・・・』
「神殿のあった場所が、あの近未来指定都市TOKYOになったんでしょ? あーもう、おとなしくしてなさい。暴れても無駄よ」
アリアがボールを突きながら言った。ボールがぐるっと顔を回転させる。
『じゃあ、神殿は?』
「さぁな」
『うわ、離せ。俺は魔女なんかに捕まりたくないんだ』
「あ、そ。壊すにしても、解体してから壊すわ」
『!!!!!!』
神殿のあった場所を見つめる。
「・・・・・・・・・」
俺の名前を呼ぶ、強い光のような声がした気がしたが、勘違いだろうな。
俺が使った魔法に光は届かないのだから。




