5 死の神の仕事
「道具を出せば、死の神になるの。死期が近い者以外は、私たちの姿が見えなくなる。だから、周囲のことは気にしなくてもいいから」
ルーナが本のページを捲りながら言う。
リネルは俺の様子に気づかずに、ハンモックで眠ったままだ。
本を出して、ぱらぱらとページをめくっていく。
「死の神は自分の本に書かれた者の魂を狩りに行くの。私の本にも1つ名前があるけど、蒼空の本にも別の名前があるはず」
「その名前が探せないんだけど・・・」
「人差し指でなぞるように開くの。コツがあるんだけど、時間がないから、もう行くわ。私が仕事をする様子を見ればわかると思うから・・・ついてきて」
ルーナが開いた窓から飛び降りた。
「ルーナ?」
慌てて窓に駆け寄っていった。
ふわっと浮いて、こちらを見る。白銀の髪が月明かりに照らされていた。
「え・・・・」
「死の神になれば、飛べるのよ。ほら、蒼空も。急いで」
「う・・・うん・・・」
本を抱えて、ルーナの後に続いて外に出る。
夜風はほんのりと冷たくて、汗ばんだ頬を冷やしてくれた。空には落ちてきそうなほどの、星々が輝いている。『イーグルブレスの指輪』の世界観は、今まで見てきたどのVRゲームよりも、綺麗だと思っていた。
「蒼空、少しスピードアップして」
「あぁ」
アラヘルムの木のほうへ向かっていた。
これから死ぬ者は、今戦地にいる者らしい。
本を見て、ドラゴン族のラグーがいないことを確認する。他のゲームで何度も戦闘は経験してきたし、敵を倒してきたけど、死の神として魂を狩るといわれると別だ。身が引き締まるような思いになった。
「緊張してる?」
「そりゃ、そうだろう。どのゲームでも死の神なんて職種やったことないし」
「緊張しなくてもいいのに。深呼吸して、リラックスして」
ルーナが息を吸って、吐くのを繰り返していた。
「・・・・」
どう見ても水瀬深雪にしか見えないんだけどな。
深雪が来てるとは聞いてなかったし。
「ん? 私に何かついてる?」
「あ、いや。えっと、この世界って争い多いの?」
「私の担当を見る限りだと、一部地域がバタバタやってるかな」
「へぇ・・・・」
「『アラヘルム』は、魔族も毎回返り討ちにあってるのに、全然懲りないの。今のところ、この辺は戦争や疫病の予定が無いから繁忙期はないんだけど・・・こうゆう日は、どうしても誰かが死ぬの」
「へぇ・・・・・・」
「大体は寿命。名前が書かれたり、消えたりを繰り返すこともあるんだけど、そうゆうときには、魂の重さを量って決めるの。死の神の裁量によるから、ある死の神だと死ぬし、違う死の神だと生きるし・・・蒼空も慣れてきたら、自分が魂を奪う基準を決めておいたほうがいいよ」
「基準って・・・?」
「あ・・・ここね・・・」
会話の途中で、急にルーナが降りて行った。
アラヘルムの木の先で、ドラゴン族とモンスターが戦闘しているのが見える。
時折、炎が巻き起こり、閃光が闇を照らしていた。
「ナーガ!」
ラグーが怪我を負ったドラゴン族の青年に駆け寄っていった。
翼はやぶれて額から血が流れている。
「っ・・ラグー・・・悪い、面倒かけて」
ラグーがふらつく青年の肩を支える。
一瞬、ルーナと俺のほうを見た気がしたが、後ろで結界の中にいたエルフ族のほうを確認したようだ。
「ごめん、俺が回復魔法を使えたらよかったんだけど・・・今、エルフ族が来るから」
「いや、だ・・・大丈夫だ。立ち上がれないだけで・・・。ドラゴン族が、こんな低レベルな魔族にやられるとは、足引っ張って申し訳ないな・・・」
「んなことないって、ここで横になっていてくれ。クソッ・・・戦闘はこっちが明らかに優勢なのに・・・どうしてこんな・・・」
ルーナが2人に近づいていく。本で名前を確認していた。
「ルーナ、まさか・・・・」
「彼らじゃないわ。私が魂を奪うのは」
細い剣を天にかざす。
「ラグー、ナーガ。エルフ族がもうすぐここに・・・」
ドーンッ
「!!」
魔族が放った弓矢がプレイヤーの胸を貫いた。
ルーナの剣のルーン文字が光りだす。
「・・・・え・・・・・」
「時間が止まったの。私が魂を奪うのは、今胸を貫かれた人間」
仰向けに倒れているプレイヤーを見下ろす。
音はなく、ラグーや周囲のドラゴン族、モンスター、風の音さえも止まっていた。
「彼の魂を奪うのか・・・?」
『うわっ・・・・』
突然、半透明になったプレイヤーが起き上がった。
『な、なんだ? 俺、確かに今、死んだような』
ルーナが少しかがんで、青年を見つめる。指を動かして、本を天秤に変えていた。
「やっほー。死の神ルーナだよ」
『死の神?』
「うん、私、死の神をしてるの。よろしくね」
にこっと笑いかけていた。
『そんな設定あるって、ゲーム説明のときに聞いてないけど・・・』
「ゲーム・・・って?」
こいつ、近未来指定都市TOKYOのプレイヤーなのか?
『どうして・・・俺の体はどうなってるんだ? 腕試しするのを止められて、ドラゴン族と魔族の戦闘の裏方に回っていただけで・・・』
「菊池悠馬、26歳。あ、最近、この世界に来たばっかりなのね。魂の穢れも少ないし、死後の世界もいいところに行けるんじゃないかな?」
天秤を見せながら言う。
「ほら、傾きがない。綺麗でしょ? だから、悲観することないわ」
『え? 俺・・・』
「ルーナ、待ってくれ!」
『蒼空?』
ルーナと悠馬の前に立つ。
「こいつは、俺と同じところから来たプレイヤーなんだ。この世界で死んだら、向こうでも心臓が止まる
『お前・・・蒼空って、RAID学園の・・・?』
悠馬が俺を見て、呟いた。
「それにこいつには聞きたいことがある」
「蒼空、どいて。仕事なの」
「ルーナ・・・・」
ルーナの剣の刃が青く輝いている。すっと飛び上がった。短いスカートがふわっと花びらのように広がる。
「!?」
「痛みはないから、安心して、菊池悠馬。楽になるだけだから」
『っ・・・・』
後ろを向くと、ルーナが悠馬の胸に剣を刺していた。
『・・・・』
光の粒になって、悠馬の姿が消えていく。
ルーナが親指でルーン文字に触れると、剣がペンになった。
左手に持っていた天秤を本に変えて、文字を書き込んでいる。
「本当に死んだのか・・・?」
背筋がひんやりとした。
「今のが死の神としての流れ。わかった?」
「・・・あぁ」
仰向けに倒れている悠馬を見つめる。
「どうしてそんなに辛そうにするの?」
「俺たちプレイヤーは、ゲーム内に入ってから自分の状況を知らされるんだ。彼だって、ただのゲームのつもりで入ってきたはずだ」
「んー、プレイヤーがどうとかは知らないけど、名前が書かれた時点で、もう死は決定している。決まったものは、取り消せないよ」
「・・・もし、死の神が魂を奪わなかったら、助かるのか?」
「ううん。この世で肉体を持たないまま彷徨うことになる。たまーにそうゆう人もいるかな」
ルーナが本をぱたんと閉じた。
「彷徨うって、どうゆうふうに?」
「そのうち話すよ」
ぱっと手を放して、ペンを消す。本を持ち直していた。
「もし、蒼空に死に対する抵抗とか、可哀そうだとか思う感情があるなら、捨ててね。中途半端な同情は、この世界で通用しない」
重みのある口調で言う。
「・・・・・・・」
「はい、私の今日の仕事は終わったわ。次は蒼空、名前が書かれてるでしょう? 確認して、魂を奪いに行くわ」
「・・・・わかった」
サファイヤのような瞳を向けてくる。
ルーナは不思議な美しさをまとっている。どこかで見たことのあるような・・・。
まさか、な。