54 闇に染める⑨
『幽幻戦士、作り方?』
「そうだ。どうやって無敵軍幽幻戦士を召喚する魔法を完成させた?」
まだ、体の感覚は元に戻っていなかったが、本の部屋に来ていた。
ミコが本を一冊持って近づいてくる。
『風帝の庭、調査結果、導いた。この世界で、アバターを作る方法』
本には人の形が書いてあった。
顔のパーツ、体のパーツ、性格、心理的思考などの項目が分かれて記載されている。
ミコが走り書きしたようなメモもあった。
『この図、見る、プレイヤー、心、元の世界のもの、持ってくる。幽幻戦士、心、作る必要、ある、心ない、動かない。幽幻戦士、風帝、研究中だった、でも、見つからなかった。心、作れなかった』
「・・・・どこから持ってきたんだ?」
『・・・・・・・・・・』
ミコがすっとこちらを指さした。息をのむ。
『ソラ様の中、ある・・・・』
「え・・・・・」
『ソラ様、他の人、魔力、違う。ソラ様の力、借りた』
「俺の力?」
『そう、ソラ様、流れる、闇の力。引き出す魔法、使った、心、作り出した』
胸のあたりに手を置く。
『私、心作る、難しい。生前、研究した、でも、できない、わかってた』
本の文字をなぞりながら話す。
『幽幻戦士の心、いびつ。ソラ様の意志、汲み取る。でも、心、ある。後は、全て、コピペした。召喚するたび、コピペする』
「俺の意志を・・・どうして・・・・」
『ソラ様、普通、プレイヤー、違う。神、王、違う。特殊な存在、何にでもなれる、闇の力、混沌の性質、持つ。帝になって、知る、この世界のこと』
「・・・・・・」
『風帝、この世界、知ってた、悩んでた』
「・・・・・帝が『アラヘルム』を復活させないことと関係があるのか?」
『私、知らない。ソラ様、帝になる、知る、たぶん、関係ある、確証ないけど』
「そうか・・・」
ミコの言っていることは断片的でわかりにくかったけど伝わることがあった。
幽幻戦士が俺に話しかけていた言葉の意味・・・・。
あの夢に繋がる何かが、帝になることでわかるのかもしれない。
バタン
「蒼空様、見つけました。ここに居たのですね」
「ヒナ」
ヒナがドアを開けて駆け寄ってくる。
「駄目じゃないですか。蒼空様は、まだ具合が悪いんですから」
「大丈夫だって」
「寝ていてください。死者への対応はディランとアリアがやってくれてますから。蒼空様は、自分の部屋でゆっくり寝てるんです」
腕をぐいぐい引っ張ってくる。
『リネル、ヒナ、違う人みたい』
ミコがぼそっと言う。
「えっ・・・・」
「これが俺が知ってるヒナなんだけどな。それより、ヒナはどうやってその姿になったんだ? リネルにはならないのか?」
「・・・私は、元々こちらの人間なので、この姿が本来の姿みたいです。なんだかまだ実感がないんですけど、ヒナのまま転移しました。あ、もちろん、アバターに切り替えればリネルの姿にもなれますよ」
ヒナが腕を離して、両手を広げて見せた。
ミコが興味深そうに近づいていく。
『すごい、便利』
「そうです。私も蒼空様を守れるようになりたいので、この姿のほうが気に入っています」
「守るって・・・」
「私はいつでも蒼空様の味方です。蒼空様を傷つける方は全て敵です」
堂々としながら言っていた。
「RAID学園にバレたら大変だろう? このゲームに入ることになってないんだし・・・そもそも、こっちの人間だって知られたら・・・」
「大丈夫ですよ。死者の国に来る人たちが、配信できるわけありませんし」
「そりゃそうだけどさ・・・」
ヒナが強引に押し切ってきた。
ルビーのペンダントを触りながらモニターを出す。
「今、配信してる人は誰もいないようです」
「そうか。まぁ、俺もしばらくするつもりないけどな」
「・・・・というか、この数日間、誰も配信していないんです。蒼空様以外の5人も、他のRAID学園の10人も」
スクロールして、RAID学園のゲーム配信の画面を開いていた。
「みんな、それどころじゃないんだろう。このゲームは特殊だからな」
「そうですよね。皆さん、どうしてるんでしょうか・・・」
ヒナの横顔を見つめる。
ヒナの父親は・・・・。
RAID学園の人間はどうして、この世界から向こう側の世界に行ったんだろうな。
「あ、そうです。蒼空様、蒼空様。私は水属性らしいですよ。ほら、見てください。水属性の魔法をたくさん覚えてるんですよ」
「おぉ・・・結構、覚えてるんだな」
魔法一覧が表示されていた。
俺、この世界でヒナよりもはるかにレベルが低いのか。
仕方ないとはいえ、なんか、納得いかないんだが・・・。
『ふむ、ソラ様より、経験値、ある』
「経験値は無いのにレベルは30になってて・・・どうしてだろう。もともとこの世界の人間だから、ほかのゲームの経験値を引き継げるとかなのかな・・・?」
『興味、ある。見せて』
「えっと・・・・・」
ヒナがステータス画面を表示して話していた。
ミコとの会話を聞きながら、RAID学園のことを思い出していた。
精神とアバターを『イーグルブレスの指輪』の世界に結ぶ、あの機械のことを・・・。
窓際に座って、深淵の杖を眺めていた。
埋め込まれた魔法石が、日の光に当たって透明になっている。
深雪はいつから帝を目指したんだろうな。
このゲームに入るのは乗り気じゃないって聞いていたのに。
「セレナに会いに行かないのですか?」
「リーランか」
「そんなんじゃ、セレナが目覚めたとき、機嫌が悪くなりますよ」
リーランが泣きはらした目で話しかけてきた。
「さっきちらっと見に行ったよ。変わりなく寝てるんだろ?」
「そうですけどね・・・・」
長い髪をいじっていた。リーランには話さないとな。
「セレナはきっと、ソラに会いたがってますよ」
「それはどうかわからないな」
自虐的に笑った。
「?」
「・・・水瀬深雪に会ったんだよ」
「それは聞きましたよ。戦闘になっていたんですね。光魔法を使っていたとか・・・」
「あぁ、セレナと真逆だな」
「光と闇は表裏一体と言いますから、そうでもありませんよ。どちらもセレナなのです」
長い瞬きをする。
「深雪は魂を分散させて、呪いの無いプレイヤーの体で、帝を目指すって言ってたよ・・・・・自分以外の体を停止させたって」
「えっ、帝って・・・じゃあ・・・」
リーランがぐっと近づいてくる。
「深雪の言ったことが本当なら、セレナはもう目覚めない」
「!?」
「ミコはセレナの魂は水瀬深雪に統一されて、アルテミスのように消えていくんじゃないかって読んでる。俺もそうだと思った」
「そんなっ・・・・・」
かすれた声を出していた。
「きついよな。深雪になるって感覚がどうもわからない」
深淵の杖をなぞる。
「・・・だから、私とアリアの体調が悪かったのですね・・・実はまだ、魔力が本調子ではないのです。私たちは3人で呪いを受けましたから」
「3人で、か。お前らの呪いはどうなるんだ?」
「私たちのことは・・・自分たちでどうにかします。アリアとも話してました」
「そうか・・・」
自分が何者なのか、深雪と何の繋がりがあるのか・・・。
帝になれば、全てがわかるのだろうか。
「・・・・・・いつかは来ると思っていました。そろそろか、と。これ以上、魂が分裂するよりはいいですから・・・・」
「意外と受け入れられるのか。リーランは受け入れられないと思ったよ」
「これでもセレナとは長い付き合いですから」
小さな肩を震わせながら、壁に寄りかかっていた。
「・・・・私、セレナのそばに行ってきます」
「待ってくれ」
ドアを開けようとしたリーランを引き留める。
「お前らの言う『アラヘルム』の罪って何なんだ?」
「・・・・・・・・・・・」
「話してくれ。知っておきたい」
深淵の杖を握りしめた。
「・・・・・・わかりました。ソラには話しておいたほう良さそうです」
リーランが少し俯いた後、話し始める。
『アラヘルム』が犯した罪と、『アラヘルム』が失われた意味について・・・。
窓から木漏れ日が差し込んで、砂時計に長い影を作っていた。




