53 闇に染める⑧
「ヒナ、離れろ。お前じゃ敵わない!」
「大丈夫です。私も、蒼空様のお役に立てる程度には強くなっていますので」
モニターで大剣を強化する魔法石を出していた。
でも、ヒナじゃ、深雪と戦うのは無理だ。レベルが違う。
「次は外さないから」
深雪が剣に魔力を溜めていた。
剣を持って立ち上がろうとすると、どこからともなく声が聞こえてくる。
― お帰りなさいませ。混沌から生まれし王・・・・今こそ力を ―
はっとして、幽幻戦士のいる方角を見つめる。
― 力の解放を ―
― 貴方様が我らを呼べば、我らはすぐに駆け付ける ―
「・・・・・・・」
深雪が俺と同じ方角を見て、下がっていった。
「お前もあれが聞こえるのか?」
「蒼空様?」
「・・・・・・・・・・・」
深雪が驚いたような表情で俺を見た。
― 我らは・・・貴方様の力の解放の時を待っている ―
― 我らは・・・貴方様の帰りを待っている ―
幽幻戦士の声が聞こえるたびに、頭がくらくらした。
「っ・・・・・」
剣を足元に突き立てて、バランスを取る。
「蒼空様・・・!?」
「・・・幽幻戦士がいるのはさすがに難しいかな」
「深雪さん!」
「・・・・・・・」
深雪が軽く跳んで高台に上がる。瞬きする間もなく、居なくなっていた。
バタンッ・・・・
立っていられなくなって、その場に倒れる。
「蒼空様!? 蒼空様・・・」
「わ・・・・」
ヒナの声が遠ざかっていく。
雨に濡れた屋根で、背中から体が冷えていくのがわかった。
深い深い、夢を見ていた。ぼんやりと浮かび上がる、懐かしい景色。
俺は転生なんて信じていない。ゲームでよくある転移転生ものなんて、ありえないと思っていた。
闇から生まれたら、闇の中に帰るだけだ。
きっと、どの世界でどの肉体に生まれても、そのように組み込まれているんだろう。
でも、もし・・・もし、転生なんてしてしまうことがあったら・・・。
『闇の王子、剣の精度はいかがでしょうか?』
『まぁまぁだな。XXXXXは動きが悪い。直しておけ』
『かしこまりました』
マントを羽織って、外に出る。
巨大な木、ユグドラシルの樹が見えた。周辺にはドラゴンが飛び交い、地上では魔族が生活していた。
兵が、翼を畳んで俺の前に降りてくる。
『天界から使者がお見えです』
『適当にあしらってくれ。面倒だからな』
『ギベオンという魔法石の貿易について、協議したいとのことで』
『貿易のことはハンスに任せてある。天界の使者にもそう言ってくれ』
『でも・・・・・』
ふわっと天使の羽根が舞う。
空から少女が降りてきて、地面に足をつけた。
『こんにちは』
『ルーナ様、お待ちしておりました』
『お前な・・・』
頭を掻く。
ルーナのすることはいつも突発的だ。
白銀の長い髪をふわっとさせて笑っていた。
『だって、闇の王子は面倒くさいからほかの者に任せて、来ないかもしれないって思ったんだもの』
『・・・・・・・・・』
『ギーグ、笑うな』
『す、すみません』
ギーグが咳払いをしていた。
『勝手に来るなって言っただろう?』
『ちゃんと、魔族の方に報告してから来たよ。貿易の交渉で来たんだから、遊びじゃないの』
『あ、そ』
『だって、闇の王になったら、こうやって気軽に会えなくなるんでしょう?』
ルーナが白い服をなびかせて、こちらを覗き込む。
『・・・・まぁ、親父には天界の使者とは仲良くするなって言われてるからな』
『どうして? 天界と魔界はそこそこいい仲を築いてるのに』
ユグドラシルの樹を見つめる。
『ルーナくらいだろ。こんなに頻繁に天界から降りてくるのは』
魔族の兵が、頭を下げて城の中へ戻っていく。
『そんなことないよ。天界の魔道具に、魔族が錬成する魔法石は欠かせないんだから』
魔王城の周辺に広がる城下町を指して言う。
『・・・・クリエイターの奴らは天界と魔界をどうしても争わせたいらしい』
『でも、何か回避する方法も・・・・』
ルーナが何かを言いかけて口をつぐんだ。
『まぁ・・・逆らう方法はないだろうな・・・俺の配下たちには、天界をよく思わない奴らも出てきている。クリエイターの想定通りに事が運んでるんだろう』
『・・・運命を変える方法ってないのかな? だって、私たちは私たちだよ・・・・』
『・・・・・・・・』
ドラゴンが街の上を飛び交っている。
天界から降り注ぐ光で、ルーナの羽根がきらめいていた。
『・・・さぁな、俺はこれから親父のところへ行かなきゃいけない』
『忙しそうだね。せっかく来たんだし、もっと話したいのに・・・・』
『お前はいいのか? こんなところにいて』
『あ、貿易の交渉に来たんだった』
ぱっと口に手を当てていた。
『・・・ギーグ、大臣に会わせてやってくれ』
『かしこまりました』
闇の王族の紋章の付いたマントを後ろにやる。
俺は次期、闇の王とされていた。
親父は既に、王の座を譲るよう進めている。
この世界に反対する者はおらず、闇の王になるのは時間の問題だった。
でも、俺はクリエイターの想像をはるかに超えるほどの闇の力を持っていた。
コントロールできなければ、この世界を、一瞬で闇に変えることも可能なのだという。
たぶん、クリエイターは天界と敵対させて、俺を封じ込めたいのだろう。
彼らからすると、俺は異端であり、バグと呼ばれ、注視すべき存在だった。
『ルーナ様、どうぞこちらへ』
『闇の王子、また後でね』
地面を蹴って、空高く飛んでいく。
ルーナは天界の王族の血を引く美しい女戦士だった。
たった一人で軍を一掃できるほどの力を持っていると聞いたことがある。一度だけ闘技場で剣を交えたが、実力は本物だった。
天界と敵対することになれば、間違いなくルーナと戦うことになる。
今まで築き上げた天界との友好関係も崩壊するだろう。
でも、俺が、闇の力を解放すればクリエイターの想定から外れて・・・・・。
「蒼空様・・・・!」
「ヒナ・・・・ここは・・・?」
片目を開ける。ヒナが不安そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「『リムヘル』に戻ってきたんです。よかったです。大丈夫ですか?」
「目が覚めたみたいね!」
アリアが瓶を落としそうになりながら寄ってくる。
「俺は・・・・どうして・・・・」
体を起こすとベッドが軋んだ。腕がズキンと痛んだ。
「蒼空様、急に倒れて気を失ってしまったんです」
「ヒナが助けてくれたのか・・・・・」
「私は道具を使ってここに運んだだけです。アリアが蒼空様の魔力を調節してくれました」
にこっとしていた。
「ヒナがいなかったら、ラーミレス城の屋根で死んでたかもね。王の自覚がないんだから・・・私だって魔力が安定しないのに」
『アリア、泣きそう、堪えてた』
「そ、そんなわけないでしょ。王がいなくなったら、私が大変だからちょっと慌てただけ」
茶化すミコを睨みつけていた。
俺は確か、幽幻戦士の声を聴いて、意識が遠のいたんだ。
「・・・・・・・」
頭を押さえる。少しズキズキするたびに、細い糸を手繰り寄せるようにして、記憶が蘇ってくる。
あの夢は何だったんだ・・・?
ゲームのような世界だったが、プレイヤーとしてあんな光景を見たことはない。
でも、何もかも鮮明に覚えていた。ルーナはおそらく水瀬深雪だ。
彼女はどうしてそこにいたんだ?
闇の王子、クリエイターって・・・なんのことだ?
「蒼空様? まだ、どこか悪いのですか?」
「・・・・あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう、ヒナ、アリア」
「どうしたのですか? 急に倒れて、深雪さんに何かされたのですか?」
「いや・・・・・・」
まだ、頭に霞がかかったようになっていた。幽幻戦士の声を聴いて、何かを思い出しかけていた。
あの夢はただの夢には思えなかった。
ユグドラシルの樹・・・ルーナ・・・闇の王、クリエイター。
自分の腕を見つめる。
もし、ただの夢じゃなかったとしたら、俺は一体何者なのだろう。




