51 闇に染める⑥
ラーミレス王国の城は神々を描いた絵画などが多く飾られていた。時折、メイドや執事とすれ違うと立ち止まって頭を下げてきたが、警戒しているのが伝わってきた。
契約の間に入る。
部屋には2つの椅子とテーブルがあり、魔導士ギムルが精霊を召喚していた。
『私は契約の精霊ミスラ、どうぞよろしくお願いします』
30センチほどの精霊がテーブルの本の上に座っていた。
「・・・ご安心ください。精霊ミスラは私が召喚しましたが、あくまでも中立の立場です。ソラ様、どうぞこちらへお座りください」
ギムルが一歩下がって、ドアに手をかける。
「ラタス王子を呼んでまいります。すぐに来るかと思いますのでお待ちください。あ、そちらのソファーの席に、軽食を用意させましたので」
「ありがと」
アリアが短く言うと、ギムルが部屋から出ていった。
「なるほど、契約の精霊か」
椅子に腰を下ろす。
『ん、ソラ様は死者の国の王とお聞きしていましたが、闇帝なのですか?』
「まだ、なっていないけどな」
『そうですか。たぶん、もうすぐなるのだと思いますね。闇帝の波動が見えますから・・・RAID学園のプレイヤーがこのような動きをするとは』
「RAID学園を知っているのか?」
『当然です。近未来指定都市TOKYOのプレイヤーはアバターが違いますから』
ミスラがじっと俺の顔を見ていた。
『神・・・なのですね・・・?』
「そうだ。俺はテイワズのルーンを持つ死の神だ」
『それで、先ほどから不思議な力を感じていたのですね。納得しました』
ミスラが座り直して、一枚の紙をテーブルに広げる。
「精霊はプレイヤー、人間、魔族、その他の種族、神、どこに属してるんだ?」
『精霊はこの世界において、常に中立。私の場合は契約が全てですね』
ペンを出して膝の上に置く。
『闇から生まれ、闇へ帰る。賢者の求める光は、闇の中からしか生まれない』
「・・・・・?」
『精霊に伝わる教えです。もし、探し物があるのであれば、深い深い闇の中へ向かいなさい・・・』
深淵まで辿り着いたとき、今まで見えなかった小さな何かが見えるようになる。
闇へ、深い闇へ向かいなさい。光の中に光はない。
闇の中で見つけた光こそ、生命の中で最も美しい煌めきを放つ・・・。
誰から聞いたのだろう。この言葉を、どこかで聞いたことがある。
本だっただろうか。
「・・・どうして急にこの話をした?」
『精霊の雑談ですよ。これから闇帝になる者へ向けての』
バタン
ドアが開いて、ラタス王子と魔導士ギムル、側近2人が入ってきた。
「待たせてすまない。王には報告してきた」
「契約は王でなくていいのか?」
「父は長く病に伏せていてな。今は私が国王の代理だ」
ラタス王子が向かい側の椅子に座る。
『では、これから同盟の手続きを進めさせていただきます。お二人とも、こちらのペンをお手に取ってください』
精霊ミスラがペンを渡してくる。
先ほどまでの会話がなかったように、淡々と同盟の手続きを進めていた。
城の高台からラーミレス王国を眺めていた。南東の方角に、ダフタ王国があるらしい。夜風が柔らかく頬を撫でて、草の香りを運んでくる。
近未来指定都市TOKYOよりも、『イーグルブレスの指輪』の中のほうが空気が澄んでいる。手を伸ばせば落ちてきそうなほどの、星空が広がっていた。
精霊ミスラによる助言で、幽幻戦士を2体、王国の門の前に配置していた。
神々が死者の国を良しとしていないため、信仰の深い近隣諸国がこの国にも攻め込んでくる可能性があるのだという。
幽幻戦士を配置していれば、この国が負けることがないとも話していた。
最終的に両国の利害関係が、均衡に保たれるようになり、合意が取れた。
もし、条件を破れば制裁が与えられる。
精霊ミスラは、この世界で国同士が同盟を呼ぶときに召喚される精霊らしい。
「はぁ・・・・・」
肩を回す。
利害関係を調整するために、こんなに夜遅くまでかかってしまった。
あまり長居するつもりないんだけどな。
「良い国だろう? この国は」
ラタス王子が近づいてくる。
「そうだな。帝もいないのに、よくここまで領土を広げたと思うよ」
「父の代で広げたんだ。もともと弱小国家で、貿易でも他国から不利な条件を突き付けられてね。軍事力で成り上がった国だ」
隣に並んで息をつく。
「さっきは大変だったな。均衡均衡で疲れたよ」
「はは、お互い様だ。精霊ミスラの認める同盟になってよかった。互いの国にとって良いものになるだろう」
「そうだな」
街の明かりがぽつりぽつりと消えていくのが見える。
「幽幻戦士がいるなら、問題ない。しばらく戦力をゼロにしたってこの国を守れる。不死の戦士たちだからな」
「あぁ、頼もしいよ」
門の近くに禍々しいオーラを出して幽幻戦士が立っているのが見えた。
「でも、今回の同盟は神官たちからかなり反感を買ったよ。国王を出せって、国民の中にはあの幽幻戦士を見て苦情を出す者もいる。国の景観が・・・とかさ。参るよな」
頭を抱える。
「綺麗事じゃ国は守れない。俺にはこの国を守るほうが大事なのに」
「死者の国との同盟なんだから無理はない。皆、神々を信じてるんだろう?」
「ダフタ王国の影響でね。俺は信じてなんていないけどね。いたとしても、ろくでもない奴らだ」
「それは違いないな。実際、俺みたいばかりだからさ」
「・・・・死の神って本当なのか?」
「あぁ、一応ね。今、仕事してないけど」
柔らかい風が通り過ぎていく。
「・・・・どうして死の神の仕事を放棄してるのか聞いてもいいか? もちろん聞いたからと言って、同盟を破棄することなんてない」
柵に腕を載せて身を乗り出していた。
「ただの世間話だ。国王の代理になってから、みんな堅苦しくてね。おとぎ話程度に聞きたいだけだから、言いたくなかったらいいよ」
「理由か・・・まぁ、面倒だからだ・・・」
「はは、そうか」
ラタス王子が軽く笑っていた。
「お互い大変だな。国を持つというのは、楽なことではないぞ。どんなに逃げたくたって逃げ道は無いんだからな」
「兄弟がいるだろ?」
「まぁな、3人弟がいるよ。でも、レイドは馬鹿だし、ほかの2人も似たようなもんだから国王が病に伏せてることすら言ってない。隠し通せなくなってきたけどな」
トップが弱ればクーデターを起こす者も出てくる。
どこの世界の国も似たようなものだ。
「・・・・おとぎ話程度に聞いてくれ。俺は、一人の少女を救うためにここにいる。普段だったらゲームはプレイヤーらしくレールに乗ってプレイするだけなんだけど・・・」
ほんの少し欠けた月に小石を投げる。
「今回ばかりはそうもいかなくてね。自分から道を外してる」
「へぇ・・・・・」
「確かに俺はプレイヤーだが、こっちも命懸けだ。軽い気持ちで同盟を結んだわけじゃないから安心してくれ」
「そっちの国の実力は確かだ。軽いも重いも、心持ちなんて気にしていない」
頬杖をついて、遠くを見つめていた。
「この国に来るプレイヤーも多いよ。俺はプレイヤーに偏見なんて持ってないしな。ただ、力がないから軍には入れないだけだ」
「そうなのか」
「あぁ、実力こそが全てだと、父もよく話してた。だからこの国は栄えたんだ・・・」
あっと思い出したような表情をした。
「いたな、一人。君のようにレベルが低いにも関わらず、軽やかな身のこなしで、剣を扱う強い少女が」
「え・・・」
「軍に誘ったけど、自分は帝を目指すプレイヤーだからって断られたってアルゴラスが嘆いてたんだ」
「なんて名前だ?」
「ミユキだよ。『ノアの方舟』というギルドに所属していてね、城が出してる調査クエストを依頼するときに実力を見たんだ。皆が圧倒されていたよ」
「!?」
「クエストは軽々とこなしてきた。普段は名前を憶えてられないんだけど、白銀の短い髪と、深い雪のような肌が印象的な美しい少女だ」
「彼女は今どこにいる?」
「えっ・・・あぁ、ギルドのことはあまり詳しくないんだが・・・」
「なんでもいい。知ってることを教えてくれ」
食い気味に言う。
深雪なのかはわからなかったが・・・。
「『ノアの方舟』は、たぶんダフタ王国のクエストを受けているはずだよ。今、クエストが多いのはダフタ王国だからな。知り合いか?」
「・・・・まぁな・・・」
柵に置いた手を握りしめて、ダフタ王国の方角に視線を向ける。
陸と夜空の境目にうっすらとした光が見えるような気がした。




