50 闇に染める⑤
― ・・・・ヒトになれた我が同胞。でも、貴方様は・・・ ―
「!?」
幽幻戦士のほうを見上げる。
今、確かにこいつが俺に話しかけてきたのが聞こえた。
「お前・・・・・」
「・・・・・・・・」
幽幻戦士は何も反応がなく、目の前の軍のほうを向いたままだ。
闇をすくい上げて作り出したような軍隊、無敵軍。
でも、こいつらは、元々プレイヤーのアバターの仕組みを利用して作られている。
俺たちと同じ・・・ということになるのか? でも、こいつらの本来の肉体はどこにもないはずだ。
こいつらに、人と同じ感情や言語は備わっているのだろうか。
『ソラ様、何する? 命令、聞く』
「!」
ミコが話しかけてきてはっとした。全員が、俺に注目していた。
「あぁ・・・そうだな。一度、力を見せなければならない。ラタス王子、何か戦力を試せるようなものはあるか?」
「戦力を・・・・・どうやって?」
ラタス王子が真っ青な顔で、唾を吞み込んでいた。
「ここにいる者たちには無敵軍の証人になってもらいたいんだ。幻影のようなものを作り出して騙した、とは言われたくないからな。そこの軍を一掃してもいいんだが、さすがに困るだろう?」
「あ・・・・・・・・・」
「わ、わかったわかった」
アルゴラスが硬直しているラタス王子に代わって口を開く。
「無敵軍とやらの実力は見ればわかる。そうですよね? ラタス王子」
「・・・・あぁ」
「では、これで同盟国となってもらえるか?」
「お待ちください」
後ろから40代後半くらいの魔導士が出てくる。
褐色の頬に、いくつか戦闘の傷が見えた。レベルは90くらいはあるようだな。
かなり戦闘慣れしているのがわかった。
「私はこの国で一番強いとされている魔導士ギムルです。その幽幻戦士一体が、私の出すシールドを破ることができたら認めてはいかがでしょうか」
「ギムルか。それはいい!」
「なんでもいいから早くして。ただ、時間延ばししてるだけじゃないの?」
アリアが少し苛立ちながら言う。
「そんなことありません。大変大きな決断なので、いろいろ確かめなければならないのです。では、私の魔法を・・・」
ラタス王子が頷くと、ギムルが素早く空中に杖を向けた。
― 神の盃―
ブワッ・・・・
空中に、盃を逆さにしたようなバリアが展開される。
徐々に膨らんでいき、城を分厚く覆うほどになった。
うっすらとした光が反射して、オーロラのように輝いている。
オオオオオオオオォォ!!
軍からは感嘆の声が上がっていた。
「なんと美しい・・・・」
「ギムル様の神の盃がここで見られるとは・・・」
無敵軍を召喚したときの暗雲は、ギムルの盃によって遮られていた。
「この神の盃は私が神官だったときに神から授かりし力。たびたびこの国を守っています。今までどんな強者であっても、触ることすら許されなかった魔法です」
「あ、そ」
アリアがあからさまに退屈そうにしていた。
「もし、この神の盃が破れないのだとすれば、神が認めないということ、我が国にとって同盟は不利益を被るのではないかと考えます」
「そうだな。我々はダフタ王国と友好的な関係を築いている。同盟国となれば、報告しなければいけない」
「はい。ダフタ王国も、ラーミレス王国の決断を待っているでしょう」
アルゴラスと会話した後、ラタス王子の前に立った。
「ラタス王子、突然出過ぎた真似を申し訳ございません。しかし、死者の国と組むとなれば、神に背くこととなります。この国も他国に狙われることもあるため、どうかご判断は慎重に・・・・」
「いい。良い提案だった。さすがギムルだな」
「ありがとうございます」
ギムルがラタス王子に頭を下げていた。
「あれを破ればいいんだな?」
「そうだ。あれを破れば同盟国として認めよう。ただ、あの神の盃はいかなるときも、破られたことなどないけどな」
「なるほど」
神の盃からは光の魔力が注いでいるのを感じた。
軍の奴らが徐々に生気を取り戻している。
闇が濃かった分、光が強く感じられるのだろう。でも、自分には光を感じない。
ひたすら闇の中にいるような感覚だった。
「ミコ、頼む。あの神の盃を破壊しろ」
『了解。幽幻戦士、シールド、破壊する』
ミコが天を指した。
ゴウン ゴウン
一体の幽幻戦士が動き出す。
腰から黒々とした剣を抜いて、勢いよく天にかざした。
カッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴ
「うわっ・・・・・・」
剣の先から黒い稲妻が走り、神の盃に炎に包まれていった。
紙屑のように燃え広がっていき、黒煙が上っていく。
ゴウン
幽幻戦士が元の位置に戻っていった。
「そんな・・・神の盃がこんな簡単に破られるなんて・・・」
軍には動揺が広がっていた。
ギムルが真っ青な顔で空を見上げている。
「・・・・・・・・」
「どうだ? これで、認める気になったか?」
「ここまでとは・・・・・」
「わかった。たった一体にここまでの力があるのなら我が国にメリットしかないだろう・・・」
「ラタス王子」
「仕方ないだろ。ギムルの魔法を破ったということは、死者の国はハッタリではない。我々の国にマイナスには動かないだろう」
ラタス王子が奥歯を噛みながら言う。
「同盟国ということは、我が国が争うこととなれば、その幽幻戦士を配置してもらうことも可能なのだな?」
「もちろんだ」
腕を組む。
「死者の国『リムヘル』が望むことは3つ、我が国を貿易国として認めること、我が国といかなるときも争わないこと、我が国に被害が被ることがあれば援助をすること。3は無いと思うが念のためにな」
「こちらの要求もそちらと同様としよう。有事の際に、そちらの幽幻戦士を配置してもらえるのは大きい。我が国の民は強いが、民は宝だ。必要以上に危険に晒したくないからな」
「・・・・・・・」
ラタス王子が後ろの軍を見ながら言う。アルゴラスが黙って俯いていた。
「正式に契約を交わそう。アルゴラス」
「は、はい」
「『リムヘル』の王と、その付き添いの者たちを城へ案内しろ」
「かしこまりました」
「ギムルは契約の準備をしてくれ」
「・・・承知しました」
ギムルがすっと離れて、城のほうへ向かった。
「・・・・俺は王に報告してから行く。今見たことを、すべてな。リリー、俺の言葉に間違いがあったら訂正しろ」
「承知しました」
ラタス王子がマントを後ろにやって歩き出すと、軍が2つに割れて通路を作っていた。後ろを女戦士がついていく。
「ソラ様、どうぞ中へお入りください。こちらに戦意はありませんので、そちらの無敵軍は・・・」
アルゴラスがミコのほうに視線を向ける。
「ミコ、もういい。いったん、そいつらを元に戻せ」
『了解』
ミコが魔法陣に杖を向けると、幽幻戦士たちが蜃気楼のように消えていった。
暗雲が晴れていき、隙間から青空が見える。
幽幻戦士から聞こえた、あの声は一体・・・。
「ミコ、幽幻戦士の声、聞こえたか?」
『幽幻戦士の声? 知らない。何も言ってない』
「そうか」
ミコが首を傾げていた。
ディランが周囲を警戒しながら、こちらに近づいてくる。
「・・・・ディラン、アルゴラスの言う通り、こいつらに戦意はない。面白くなく思っている奴はいるだろうがな」
『すみません。あの・・・少し、緊張しまして。そもそも末端の魔族だったから、こうゆう人間の城に入ることなんてなく・・・・』
「そっちかよ」
ディランの手足が同じ方向に出ていた。顔には出さないものの、相当緊張しているらしい。
「しっかりしなさい。あんたはもう、『リムヘル』の王に仕える者なんだから」
『は・・・はい』
アリアがディランの背中を叩いて、隣に並んでいた。ラーミレス城の門がゆっくりと開く。




