49 闇に染める④
「ソラ、一昨日の夜は誰と話してたの?」
アリアが緋色の髪を耳にかける。
「・・・その辺うろうろしてた死者だよ」
「そう?」
「ほら、街のことを聞いてたんだ。急に城下町ができて、死者が集まってたからさ」
「ふうん、そ。ま、私もあの城下町には驚いたけどね。更地の『リムヘル』しか見てなかったから」
「俺も同じようなもんだよ。セレナとリーランのおかげだな」
アリアと交渉のためにラーミレス王国へ向かっていた。
レッドドラゴンが高度を上げて、リムヘルの木を超えていく。
「それより、別に交渉なんて俺一人でよかったのに。決裂すれば、国ごと潰せばいいだけだしさ」
「わかってるけど・・・あのままセレナといると、どうしても不安になってきちゃうの。気晴らしよ、気晴らし」
レッドドラゴンの鱗を撫でていた。
「セレナが眠り続けてるのは、アルテミスが関係してるのか?」
「うん・・・・悪いことじゃないって言ってたアルテミスの言葉を信じたいけど・・・」
「大丈夫だよ。セレナは頭いいから計算の内だろう」
「・・・・そうやって、素直に信じられるあんたが羨ましいわ」
緋色の髪を後ろに流す。
アリアとリーランは、ずっと不安そうな顔をしていた。3人は離れていても、互いに信頼しあってここまできたのだという。
「『ワルプルギスの夜』は、絶対に3人じゃなきゃいけないから」
「『ワルプルギスの夜』?」
アリアが説明しようとすると、後ろからグリフォンの鳴き声が聞こえた。
『ソラ様ー』
グリフォンに乗ったディランとミコが追いかけてきていた。
「どうしたんだ?」
「城で待ってるように言ったのに・・・」
『すみません。でも、ミコが・・・』
『無敵軍、完成した。戦闘のとき、呼べる。国、亡ぼせる』
ミコがグリフォンの鬣を掴んで淡々と話す。
「本当か?」
『うん』
「交渉する気ゼロって感じね。でもそっちのほうがいいわ」
「一応、悪い話じゃないと思うんだけどな。同盟国のラーミレス王国がピンチの時は『リムヘル』が助けに行くわけだし」
『ラーミレス王国はダフタ王国と繋がりが深いんです。ダフタ王国はあらゆる神官が絶対的権力を持つと呼ばれている宗教国家ですから、反対意見は出ているでしょうね』
ディランが顔をしかめた。
『ハハハハ、力でねじ伏せないあたり、ご主人様とは違いますね』
グリフォンが笑いながら、翼を伸ばす。
「セレナがやりすぎなんだよ」
「どちらにしろ、人間中心の国に行くんだから何考えてるのかわからないわ。準備は怠らないようにしないと」
アリアがルビーのような魔法石のペンダントを指で磨いた。
川の流れる先のほうへ行くと、ラーミレス王国を囲む大きな壁が見えてきた。
「ありがとう。戻りなさい」
アリアが撫でると、レッドドラゴンが消えていった。
「ここでいいんだろうか?」
「待ってれば開くんじゃない?」
壁の前に立つ。
天を仰いでいると、門が砂埃を舞い上げて開いた。
「お待ちしておりました。ソラ様。どうぞ、中にお入りください」
「あぁ」
ドラゴン族の兵士が出迎えに来ていた。
街を歩いていると、民衆が物珍しそうにこちらを見てくる。
「アルゴラスはどうした?」
「城の前でお待ちしております。国王は不在のため、長男のラタス王子が対応いたします」
「そうか」
ディランとミコを見た者たちが、何かこそこそ話をしているのが聞こえた。
アリアが短いため息をついて、周囲に視線を向けている。
「あまり目立ったことはするなよ」
「わかってるわよ。私はこれでも温厚なほうなんだから」
アリアが少し苛立っているのが伝わってきた。
ラーミレス王国は帝はいないものの、軍事力はあるようだった。
ギルドの数は多く、歩いている者たちも、何らかの戦闘能力は持っているのがわかった。
石段を上って、城門のほうへ歩いていく。
「・・・・武器を向けられてるわね」
「あぁ、想定内だけどな」
アリアと小声で話す。どこからともなく、遠隔系の武器を向けられているのがわかった。
ゴゴゴゴゴ
城門が開くと、50人くらいの兵士が並んでいた。
中央に包帯を巻いたアルゴラスと、白い紋章のついたマントを羽織った男が立っている。
ディランが身構えようとしたのを止めて、彼らのほうへ歩いていった。
「ラタス王子、アルゴラス様、客人を連れてまいりました」
「ご苦労だった。下がれ」
「はい」
兵士がすっと飛んで、後ろの軍の中に混ざっていった。
アルゴラスが脂汗を掻きながら、こちらを見ている。
「僕は国王の長男ラタスだ。レイドが世話になったみたいだね」
「あぁ、俺は死者の国『リムヘル』の王、ソラだ」
死者の国という言葉に、兵士たちがざわついているのがわかった。
「そうらしいな。そこにいるのも死者だろう?」
「あぁ」
「一部の死者がこうやって見えるようになるのは、終末の始まりなんじゃないかって言う者もいるよ。この国は、ダフタ王国と密接な関係にあるからね」
話すたびに白い歯が目立つ。切れ長の一重に、太い眉を持つ青年だった。
レイドにはあまり似ていない気がするな。
「アルゴラスから交渉の話は聞いている。でも、簡単に頷くわけにはいかなくてね」
「では、どうすればいい?」
「まず、そこにいる我が軍を見てくれ」
ラタス王子が後ろを指した。
「あれは我らが誇る剣士、魔導士、アーチャー、ランサー、賢者などトップクラスの実力を誇る精鋭軍」
「それがどうした?」
「この国は軍事国家だ。いくらレイドやアルゴラスの軍を倒したからといって、簡単に同盟を結んでもこちらにメリットはないのではないかと考えている。死者の国とはいえ、最近作ったばかりの国なのだろう?」
「そうだな・・・」
「悪いが、人口も少ないのに、この軍に匹敵するほどの実力があるのか疑問だ。数でこなせることもあるだろう」
アルゴラスが汗を拭ってこちらを見ていた。
「まぁ、数で言うなら一理ある。じゃあ・・・」
腕を組んで、ミコのほうを向く。
「ミコ、無敵軍とやらを出せるか?」
『はい、すぐ、出せる。出たがってた』
「ん?」
『完成してすぐ、ソラに会いたいと、声、聞いた』
ブオン
ミコが杖を出して、地面に巨大な魔法陣を展開した。
中央には2本の木のような模様が描かれている。杖を上げると、魔法陣が輝きだした。
― 王の前に姿を現せ。幽幻戦士 ―
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
「なっ・・・なんだ!?」
空に黒い雲がかかっていった。魔法陣の中央から天に向かって太い柱のようなもんができる。
ドッドッドッド ッドッド
漆黒の鎧と兜をまとった身長2メートルくらいの者たちが次々に出てくる。
人のような形はしていたが、人ではない。死者でもない。ロボットに近いのだろうか。
闇から汲み上げるような、得体のしれない魔力を持っているのはわかった。
でも、こいつらは・・・・。
「これが・・・無敵軍か・・・・」
「見たことないぞ・・・こんな魔法」
動揺が伝わってきた。
『死者になり、闇の力を汲み上げて、完成した、幽幻戦士、無敵軍』
ミコの腕が光を帯びていく。
ゴウン ゴウン ゴウン ゴウン
魔法陣から次から次へと幽幻戦士が出てくる。
剣を持ち、一列に並んでいった。
「うっ・・・・・」
「ラタス王子、お下がりください」
アルゴラスが前に出る。兵士たちに緊張感が走っていた。
「こんなの・・・ただの人形じゃないか。力があるようには・・・」
すっと女戦士が、ラタス王子の横に並ぶ。
「違います。よくご覧ください」
「!?」
「王子、この者たちはレベルが違います・・・あの人形一人で軍を殲滅するだけの力はあります・・・・」
「そ・・・そんな・・・・」
動揺するラーミレス王国の奴らを無視して、幽幻戦士のほうを見つめる。
こいつらが、プレイヤーのアバターを研究して作られた、不死の戦士、無敵軍・・・。
「へぇ、風帝も惜しいことしたわね。完成してたら、近隣諸国も統一できたかもしれないのに・・・」
「・・・・・・・」
アリアが呟く。
いや、これは、死の国だから完成されたのだろう。
なぜかはわからないが、近未来指定都市TOYOにいるアバターに似たものを感じられた。
この場にいる全員が幽幻戦士を恐れていたが、不思議と俺には懐かしい感覚があった。
ゴウン ゴゴッ・・・・
『我が言葉に従え』
ミコが強い口調で言う。
ラーミレス王国の軍と同じくらいの数が出てきたところで、ミコが魔法陣を閉じた。
全体がゆっくりと、ラーミレス王国の軍と向き合っていた。




