48 闇に染める③
医務室のような場所で、エルフ族の女がベッドの前にいた。
セレナが透明な魔法石に囲まれて眠っている。
「セレナ・・・・・」
「どうして?」
「わからないんです。彼女に診てもらっていますが」
『私が知る限りすべての回復魔法を試しましたが、反応はありません。目が覚めないこと以外は正常なので、回復魔法も意味がないのだと思います』
薬の瓶を持ったまま話していた。
「彼女は?」
「北のエルフ族の村から辿り着いたそうです」
『私はマール。静かな村で回復役を専門にやってきましたが、数年前に亡くなりました』
腰のあたりまで伸びた金色の髪が揺れている。
背が高くすらっとした女性だった。
「マール? 俺の死者のリストにはそんな名前なかったが?」
『自分の死を受け入れられず、死の神から逃げてたら、魂を狩りに来なくなったようです。ゆく当てもなくいたところを、この国の噂を聞きつけて来ました』
丁寧にお辞儀していた。
『100年彷徨っていましたが、セレナ様のような症状は見たことがありません。通常、肉体に魂が宿っており、肉体を回復させると魂が戻ってくるのですが、セレナ様の場合は、肉体が正常なのに魂が戻ってこないのです』
「・・・・・・・」
「ねぇ、ソラ、アリア、何かわかりますか? アルテミスはどうしたのですか?」
リーランが訴えるように言ってきた。
「アルテミスは消えたよ」
「え・・・・・」
「自分が1つの魂だったことを思い出したの」
アリアがしっかりした口調で、リーランにアルテミスのことを説明していた。
リーランは泣いていたけど、アリアはもう泣かなかった。
「でも・・・セレナはどうなってしまうのでしょうか? このまますべての魂が消えてしまうなんてことは・・・・」
「彼女の魂は絶対に元に戻す。約束したんだ」
リーランが涙を拭って、セレナの手を握りしめる。
セレナは今、どうゆう状態にあるのだろう。
水瀬深雪も何か影響を受けているのだろうか。
『セレナは本当に水瀬深雪にそっくりですね』
廊下を歩いていると、リネルが隣を飛びながら話しかけてきた。
「一つの魂らしいからな」
『そうですね。蒼空様は深雪さんのことをどれくらい思い出しましたか?』
「配信者だったことと、施設で会ったこと・・・。あとは、RAID学園で今回『イーグルブレスの指輪』をプレイするメンバーに含まれてて」
『私も配信はよく見ていましたよ。蒼空様が勧めてくるので』
「そうだったのか?」
『はい! 私、蒼空様が好きなものは全て覚えてますので』
リネルが足をぴんと伸ばして自信満々に言う。
「・・・・・ヒナは自分が『イーグルブレスの指輪』の世界にいたときのことを覚えてるのか?」
『それは・・・・全然、思い出せないんです。そもそも自覚がなくて、自分でも信じられません。ゲームの中の人間だなんて・・・』
「・・・・・」
『あ、ですが、私は蒼空様を追いかけているので幸せですよ。楽しくやっています』
にこっと笑って羽根をぱたぱたさせた。
うっすらと、無くしていた記憶が蘇る。
ヒナと出会ったのは、まだ俺が施設にいた頃だった。
近未来指定都市TOKYOの噴水近くのベンチに座って、自分のアバターをうまく動かせずにいたところを、声をかけたのがきっかけだった。ヒナはまだ5歳くらいだったが、既に都市で使用する自分のアバターを持っていた。俺は、アバターは持っていなかったけど、施設で一通り教わっていたから、モニターの出し方やアバターの動かし方を教えてやった。
あの日以降、ヒナは俺を兄のように慕うようになった。
別に大したことやってないのにな。
水瀬深雪もゲームの世界から来たと話していた。
ゲームの中の・・・『イーグルブレスの指輪』の中の人間は、俺たち近未来指定都市TOKYOの人間と何が違うのだろう。
『蒼空様、今後私が蒼空様のお世話をさせていただきますロバートと申します』
角を曲がると、執事の格好をした男が現れた。40代半ばだろうか。
リネルがポケットの中に隠れる。
「世話?」
『私、生前、ポセイドン王国のお城で仕えておりました。死者の国の王、と聞きまして、ぜひ私が身の回りのお世話をしたいと思いまして、リーラン様に許可をもらいここに来ました』
「お・・・おう・・・」
『お部屋のほう掃除しておきましたので、どうぞお使いください。後は、ベルを鳴らせば飛んできますので、宜しくお願いいたします』
胸に手を当てて、頭を下げる。
なんか、勢いに圧倒されるな。
『あと、この城には私のほかにも数名のメイドと執事が居まして、後ほどあいさつに・・・・』
「あー、いいよ。適当にやっておいて。任せるから」
『承知いたしました。私、自分の仕事には誇りを持っていますので、どうぞお任せください』
頭を掻く。堅苦しいな。
俺以外にもさぼっている死の神がいるのか、抜け穴があるのか、思った以上に集まっていた。
城の屋根から『リムヘル』を見下ろす。
死者の国『リムヘル』はこの地から溢れる魔力を使ったため、こんなに早く国が整ったのだとリーランが話していた。街では行き場失くして集まった人たちの、生前の話で、盛り上がっている声が聞こえた。
魔族とほかの種族の派閥が全く消えたわけではない。
でも、セレナとリーランがいるから、表には出さないようだった。
モニターを見て、ステータスを確認する。
相変わらず、レベルは低く、経験値も止まったままになっていた。
表示されている取得魔法も、簡単な回復魔法のみだ。
どうなってるんだろうな。このモニターの仕組みって。
「本当、思い通りにいかない・・・」
「!?」
立ち上がって、深淵の杖を構える。
いきなり正面に黒いローブを着た少女が現れた。背中に門のルーン文字が刻まれている。
「お前・・・・死の神だな?」
「そうだよ。あの魔族に君を殺してもらおうと思ったのに。役に立たない。仲間になっちゃうなんて」
ぼそぼそ話していた。
「お前がディランに剣を渡したのか?」
「まぁね。思い通りにはならなかったけど、面白いことしてくれたからいいよ。風帝をさくっと倒しちゃうし、今まで退屈だったからぞくぞくしちゃった」
青白い顔を歪めていた。
「君を倒すのは、これからだもんね。あ、私は辞めておくよ。そうゆう目立つようなこと嫌いなんだ」
「死者の国には色んな種族が集まって来ている。お前らも仕事してないじゃないか」
「そりゃ、1日何人もの魂を狩らなきゃいけないんだから、ほんの少しは取りこぼすよね。神も人手不足なんだから」
鎌を持って、刃先を指でなぞる。
「あ、でも、ちょっとくらいは・・・・・」
キィンッ
「っ!!」
いきなり鎌を振り下ろしてきた。深淵の杖で受け止める。
「何を・・・・・」
「やっぱり、強いんだ。私の攻撃を受け止められるってことは」
鎌を押しやって、後ろに飛ぶ。
― 煉獄―
深淵の杖を剣に変えた。刃は赤黒く輝いている。
「・・・・闇帝になりたいんだって?」
「まぁな」
「すぐになれるよ、それは」
「え・・・・?」
少女がにやりと笑っていた。
「だって、君、闇の力がものすごく強いもん。魔族・・・あの『毒薔薇の魔女』よりもはるかにね。封印されたまま、ってとこか」
「・・・は? なんの話をしている?」
少女が細い指を剣に向ける。
「それは、闇の王の魔力だよ」
「・・・・・・」
剣の先を見つめる。魔力が黒煙のようにまとわりついていた。
「じゃあ、私は帰るよ。5人くらい一気に名前が書かれたから、魂狩りに行かなきゃ。ここの人口、増やしてあげるのも悪くないんだけどね。私は優しいから、内緒で適当に見繕ってあげる」
「へぇ・・・」
死の神の本を出して、ふわっと浮いた。
「希望から絶望に落ちる者たちは、多いほうが楽しいからね。死の神は大抵退屈だから、みんなそんなことを考えてる」
「・・・・お前らとは根本的に合わないな」
「ふふん、残念だなぁ。じゃあね」
軽く手を振っていた。
鎌を後ろにやって、『アラヘルム』のほうへ飛んでいく。雲が途切れて、星が煌々と輝いていた。




