45 開戦
『蒼空様、あの』
「ヒナ、静かにしろ・・・」
『え?』
突然、ピンと張りつめたような空気を感じた。
「・・・・・・」
ばっと立ち上がって、深淵の杖を出す。
何か、強大な何かが、どこかにいる。
「蒼空様? どうされたのですか?」
「・・・ヒナ、前に出るな」
「あ、僕に気が付いたんだ」
深海のように青いマントを羽織った10歳くらいの少年が、リンゴを食べながらこちらに歩いてきた。
『こ・・子供?』
「お前は・・・・」
「死の神だよ。あんたと同じね」
リンゴを投げると、死の神の剣が現れた。
ガッ
いきなり勢いをつけて、剣を振り下ろしてきた。
深淵の杖で受け止める。
「なるほど。ただの杖じゃないのか」
「・・・そのルーンは開始だな?」
「へぇ、知ってんだ。ルーナから聞いたの?」
「基礎知識だ」
右足に力が入る。砂がさらさらと落ちていった。
「俺はカノのルーンを持つ死の神ヴァイスだ」
カンッ
深淵の杖を押して、剣を弾く。
「ここは、俺の縄張りでね。風の神ボレアを眷属にしたんだって?」
「まぁな」
「そりゃ大騒ぎになるよ。前代未聞だもん。プレイヤーが死の神になってるだけでも、揉めてるのに」
笑いながら言う。
「こっちだってただでさえ人手が足りなくて忙しいのにさ」
「そっちの事情に興味はないな」
「あ、そ」
剣を持ち換えて、襲い掛かってくる。
キンッキン・・・キン
「避けられるのか。へぇ、思ったよりやるじゃん」
魔法を打とうとしたが、攻撃をかわすので精いっぱいだ。体勢を立て直さなければ・・・。
死の神の剣を出して、距離を取る。
「テイワズのルーンが君を選ぶとはね・・・・・」
俺の剣を見ながら言う。
こいつ、風の神ボレアよりもはるかに強い・・・。
「死者の国を作ろうとしてるんだって?」
「それがなんだ?」
「馬鹿だなぁ、そんなことしたから神々の逆鱗に触れたんだよ。君たちはもうおしまいだ」
不敵な笑みを浮かべて剣をかざす。
― 雷轟の審判 ―
ゴゴゴゴゴゴゴッ
暗雲が立ち込めて、雷が鳴り響いていた。じりじりと魔力が集まっていくのを感じる。
剣を握りしめて、ヴァイスの剣の持ち手をめがけて駆け出した。
ガンッ
カノのルーン文字が浮き上がっている部分に剣を刺す。
「ふん、そんなことしても」
「よそ見するなって」
「!?」
― 悪魔の桶 ―
左手に残る深淵の杖の魔力を使って、空に巨大な桶を浮かべた。
ヴァイスの作った雲が吸い込まれていく。
「マジか・・・やっぱり、俺は小細工なしの接近戦のほうが戦いやすいな」
剣を持ち直して呟いていた。
「ま、君にここで死なれたらつまらないんだけど」
「随分、余裕だな」
「そりゃ、俺は強いからね」
隙を見つけて、攻撃を繰り出していく。
こいつは小さかったが、剣の軌道は低くなかった。
「プレイヤーごときがこの世界を変えようなんて馬鹿げてるんだよ」
「その、ごときがこうやって戦えてるけどな」
「調子に乗るなよ」
ガッ ガンッ
剣を弾きながら攻めていく。
ヴァイスの剣の軌道はだんだん読めてきていた。
「なぜ、この世界の理に反することをする?」
「自由にプレイさせてもらいたくてね」
「ハハ、でかい理由だなぁ」
キン
剣を防いでそのまま、建物の時計台に押し付ける。
「なかなか強いんだ。レベルを見ると最弱プレイヤーなのにね」
「そりゃどうも」
余裕な表情で笑っていた。
「!!」
「せっかくだ。ちょっと話をしようよ」
岩のように、剣が動かなくなった。
こいつの力なのか? 何をされたのかわからなかった。
「今までは目をつぶってたけどさ、風の神ボレアがお前の眷属になったことで、神々も動き出したんだよ」
「だから、なんだ?」
リネルに目で動かないよう指示する。
「まず、死者の国に居る奴らは亡霊として、生者から見えるように書き換えたんだ」
「ありがたい心遣いだな」
「本格的に攻めるってことだよ。神々も混ざってね。敵が見えないと攻撃できないからさ」
手に残っていた深淵の魔力は薄れてしまった。
「アネモイ帝国の風帝たちを殺したのは、死んだ魔族だろ? 彼らは主要キャラだったのに。俺たちの汚点だよ」
「・・・主要キャラって・・・・」
「あぁ・・・君らには関係ないことだ」
視線を逸らした。
俺の動きを固めたまま、両手を広げてバランスを取って歩き出す。
剣を掌に載せてくるくる回していた。
「でも、みんなには言えないけどさ。俺は助かってるんだ。君みたいなプレイヤーが現れてくれて。凍んじゃったルーナには感謝しないとね」
小ばかにするように言う。
怒りで頭が熱くなった。体を動かそうともがいたが、金縛りにあったようにびくともしない。
「ずっと退屈だったんだ。毎回毎回、魂狩ってて。飽きたっていうか、いい加減面倒だなって」
刃先を見ながら言う。
「こうゆう刺激が嬉しいよ」
「お前らの事情なんてどうでもいいけどな」
「そりゃそうだね」
青いマントが風になびいている。
「俺は神軍の指揮官だ」
ヴァイスが剣の動きを止める。
「神の怒りは絶対だ。死者の国を絶対に滅ぼしてやるって息巻いてるよ。『アラヘルム』みたいにね」
「お前・・・・」
腹から闇の魔力が込み上げてくるのがわかった。
「・・・?」
自分でもわからない魔力だった。どうしてこんな力を・・・? 誰も気づいていないのか?
ヴァイスがリネルのほうに視線を落とす。
「妖精族か。変わった力を持ってるみたいだし。連れていけば、ラダムあたりが興味持つかもな」
『・・・・』
「ヒナ、逃げろ!」
『私、戦います・・・・戦えます』
リネルがモニターを出していた。何か武器を出そうとしていた。
「お前じゃ敵わない!」
「武器も持ってないみたいだし、無駄な抵抗は・・・。ん? ちょっと待って、君は・・・」
ヴァイスが突然、動きを止めた。
― 闇夜の光 ―
カッ
突然、リネルとヴァイスの間に切り裂くような光が走る。
ヴァイスが飛んで避けていた。
「ギルドの屋根で戦闘するなんて、随分神も暇なのね」
アリアが杖を持ち直す。
「魔女か・・・一人? そうか、そうだったね。呪いに耐え切れなくなっても、死ぬ勇気がないか」
「っ!?」
アリアの瞳孔が開く。
「まぁ、もう一度立ち会えばいいよ。死者の国が『アラヘルム』と同じになるのをさ」
― 緋色の剣 ―
「クズがっ」
アリアが空中に赤く輝く剣を出して、ヴァイスに突っ込んでいく。
キンッ
「『緋色の魔女』が死者の国に集まるなんて皮肉だね」
「あのときみたいになるわけないでしょ」
アリアが指を動かして魔力を溜める。
ー 赤い閃光 (ルバーハ)ー
ヴァイスがひらりとかわす。
真っ赤な光が闇夜を切り裂いた。
「あんたらのせいで私たちは」
「俺らのせいじゃない。罪は罪だった。君らを差し出したのは『アラヘルム』の住人だ」
「っ・・・・・」
アリアの打った魔法を全て避けてから、こちらに視線を合わせる。
「じゃあね。愚者たち。こんなところで油売ってるより、面白いことになってるから早く戻った方がいいよ」
『?』
リネルのほうをちらっと見る。
「まさかね・・・」
リンゴをかじりながら消えていった。
「あいつ・・・・・」
アリアが悔しそうに足踏みしていた。
『ソラ様!』
『力、固める、魔法。解く』
ディランとミコが駆け寄ってきた。
ミコが手際よく、俺にかかった魔法を解く。
『大丈夫ですか?』
「・・・ありがとう。問題ない。よく解けたな」
『私、解く、得意』
死の神の剣を仕舞う。
厄介な魔法だった。何か対策を考えなければ。
でも、死の神相手でも、上手く戦えそうだ。
手応えを感じていた。
「お前ら気を付けろ。生者から死者の国の者たちが見えるようになっているらしい」
『・・・・はい。先ほどギルドの者たちに声をかけられました。特にこいつは・・・』
『私、風帝のこと、ある。ここに、居れない』
ミコが淡々と言う。ディランが何か言いかけて口をつぐんだ。
「あぁ、すぐに出よう」
アリアが息を切らして、ヴァイスの消えた場所を見つめていた。
突然、月明かりが遮られ、グリフォンが降りてくる。
「グリフォン!?」
『ソラ様、すぐにお戻りください!』
グリフォンが翼を広げて、体勢を低くする。
「急にどうした?」
『『リムヘル』に他国の軍が押し寄せています。なぜか、結界が破られていて・・・・リーラン様が、ソラ様を呼ぶように、と』
ヴァイスの言っていたことか。神の逆鱗に触れた、と。
俺らがこの世界の標的になったらしいな。『アラヘルム』のようにするつもりか。
望むところだ。
「セレナたちは無事なのか?」
『ご主人様は心配に及びませんよ。お一人で軍のひとつやふたつ、殲滅できます。ただ、ご主人様の様子が変わったのでリーラン様が心配しておりまして・・・・』
「あぁ、そうだな・・・・」
アルテミスが消えたことが何か影響してるんだろう。
「すぐに行く。アリア、大丈夫か?」
「・・・えぇ」
手をわなわな震わせて、頷いていた。
 




