44 ヒナの真実
『風留まる地』に着くと、ミコがチェスのようなものを動かしながら、プレイヤーを閉じ込めるカプセルを開放しようとしていた。
ひんやりとした空気が流れる。
『こんなことになってるなんて・・・』
リネルがカプセルを見て唖然としていた。
『外の世界のプレイヤーばかり』
「ヒナもこうなるところだったんだからな」
『へっ?』
「風帝のことだから、レアなプレイヤーのあんたはこんなもんじゃ済まなかったと思うけどね」
『うっ・・・・』
アリアが脅すと、リネルが震えあがっていた。
ミコが手を動かすたびに、カプセルを覆う光がブオンと音を立てていた。
「よくここの警備がこんなに手薄だな。『風帝の庭』って呼ばれてたんだろ? 神官だとか、軍だとか、偉そうな人たちは来なくていいのかの」
「それどことじゃないの。新しい帝を立てなきゃいけないし、周辺国が一気に攻め込んでくる可能性もある。プレイヤーの研究なんてやってる余裕ないのよ」
アリアが手前の岩に座って足を伸ばした。
『アバターを利用した軍というのはもうあるのですか?』
「さぁ、それは、ミコに聞いたほうが早いわ」
『無敵軍、ある』
ミコが背を向けたまま言う。
『でも、情報、漏れた。だから、風帝と私たち、調査、行った』
「どこにあるんだ?」
『大きな穴にある地底都市、アルタ』
「アルタ?」
『聞いたことない名前だな・・・』
『アルタ、頭いい、おそらく軍、作られる』
「どうするの? ソラ、そこに行くの?」
「いや、今は闇帝になるのが先だ。いったん死者の国へ帰る」
死の神のリストに風帝の名前が書かれたとき、風帝にどうやってなったのかを確認していた。
世界のへそと呼ばれる場所で、精霊を召喚し、帝としての称号を与えるに値するかを判断するらしい。
地図上では『アラヘルム』と『リムヘル』の間を指していた。
ただ、少し引っ掛かっていた。
属性の頂点を決める割には、あっさりしすぎている気がした。精霊との戦闘で決めるなら別だが、風帝の記録には残っていなかった。
あらかじめ帝となる者が決められているような・・・考えすぎか?
「そ。私も『リムヘル』に早く行きたかったからちょうどいいわ。リーランとも話さないと」
アリアが髪を結び直していた。
『蒼空様、本当に闇帝になるのですか? 蒼空様は闇が一番馴染むって言っておりましたが、私は他の属性の蒼空様もいいと思うのです。雷とか』
「はぁ・・・俺、お前にほかのゲームの様子も全て見られてたのか」
『はい。蒼空様のプレイする様子を間近で見られて幸せでした』
「・・・・」
リネルが頬を抑えて、羽根をぱたぱたさせる。
「そういえば、ヒナはここに来たとき、ほかのプレイヤーには会わなかったか?」
『会ってません。私が来るときはいつも、蒼空様めがけてくるので』
「あ・・・そう・・・」
『解除、完了!』
ミコが板をぐっと押し込む。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
プレイヤーを覆っていたカプセルが開いた。
アリアが立ち上がって杖を回す。
― 癒しの風 ―
聖なる風が部屋を包んだ。
プレイヤーの体を覆っていく。
「アリア?」
「今のは単なる回復魔法よ。死なないように応急処置しただけ」
杖を仕舞う。
「私にできるのはここまで。後は勝手に目覚めればどっかに行くでしょ。目を覚ます保証はないけどね」
『・・・この『イーグルブレスの指輪』の世界は外の世界からも来てるのですね』
リネルがアーチャーの格好をした男性を見ながら言う。
「外の世界って何?」
アリアが髪を耳にかけた。
「俺たちのいるところは近未来指定都市TOKYOっていうんだけど・・・外の世界ってのがあるんだ。彼らみたいなアバターで、俺たちと少し違うんだが・・・」
『蒼空様・・・・』
「まぁ、この話はあとだ。ミコ、ありがとう」
話を切って、ミコのほうに歩いていく。
『死者の国、連れて行ってくれる?』
「あぁ、今日の夜準備して、明日戻ろう」
ミコが無表情のまま、こくんこくんと頭を振っていた。
「このメンバーだとグリフォンには乗り切らなさそうね。私も、ドラゴンを呼んでおくわ」
アリアが周りを見渡して呟いた。
アネモイ帝国は静まり返っていた。
星だけが煌々と輝いている。
セーブポイントに行こうと思っていたけど、アリアのことがあるし、闇帝になるほうが先だな。
『蒼空様、寝ないのですか?』
「ヒナか」
ギルドの屋根に上って空を見上げていると、リネルがふっと近づいてくる。
『どうしたんですか? 風邪引いてしいまいますよ』
「大丈夫だって。このギルドにプレイヤーを見かけたんだ。クエストには行ってないみたいだから、風帝の葬式が終わったら戻ってくるんじゃないかって思ってさ」
『そうなのですね』
「なんかリネルの格好で、ヒナのしゃべり方だと変な感じだな」
『すみません。私がヒナだと気づかれてしまったので、リネルのように話すのは難しくて・・・』
「はは、どっちでもいいよ」
後ろに手をついて足首を動かす。
「ヒナは水瀬深雪って名前、知ってるか?」
『・・・・はい。蒼空様と同じ時期に、こちらに来たプレイヤーですよね?』
「そうなんだけど、かなり昔、ゲームの配信者として水瀬深雪がいたことを覚えてるか?」
『・・・・・・』
リネルが表情を変えて、隣に座った。
「覚えてるんだな」
「はい・・・」
「ヒナはどこまで近未来指定都市TOKYOのことを知ってる?」
『・・・私も知らないことは多いのですが、蒼空様よりは知ってることが多いかもしれません・・・・』
羽根を降ろす。
『水瀬深雪のこと、ですよね。スコアはいつも水瀬深雪と蒼空様が並んでいましたが・・・蒼空様はRAID学園に入る前から彼女の配信を見ていたと言ってました。でも、ある時からぱたりと話さなくなった』
「どうしてそのことを?」
『・・・蒼空様、なぜ急に水瀬深雪を思い出したのですか?』
「それは・・・・」
『ルーナが水瀬深雪に似ていたからですか?』
「!?」
驚いて、靴を落としそうになった。
『・・・・ごめんなさい。私、ルーナのこと覚えてて、覚えていないふりをしたんです。水瀬深雪に似ていたことを思い出して・・・。RAID学園の生徒は、入学時に記憶を操作されます。配信中に、都市にとって不都合なことを言わないためです。蒼空様がその名前を思い出すと、無茶してしまうと思ったので』
「ヒナ・・・・」
『すみません』
頭を掻く。ヒナは頭がいいんだよな。
『私もハッキングしていてわかったのですが、この『イーグルブレスの指輪』の世界は近未来指定都市TOKYOと繋がってるみたいなんです』
「・・・・・・・」
それほど、疑わない自分がいた。
絡まっていた糸が、一本になった感覚だった。
「繋がってるってどうゆう意味だ?」
『近未来指定都市TOKYOの一部の人間、RAID学園の先生たちもこの『イーグルブレスの指輪』の人間たちです』
「・・・・・どうしてそう思ったんだ?」
『小さいころから、おかしいと思ってたんです。私はずっと、RAID学園の大人たちは、何か演じているような気がしてならなかったんです。ゲーム内での知識はありますが、リスナーがどんなことをしているかは知らない・・・とか』
「確かに・・・な」
思い当たることは多くある。
でも、俺はそれが普通だと思い込んでいた。
『蒼空様』
リネルがこちらを見上げる。
『あらゆるゲームを見ましたが、この仮定を裏付ける手掛かりは見つからなかったんです。でも、父のパソコンをハッキングして『イーグルブレスの指輪』の情報を見たときに、自分が正しいことがわかりました。といっても、信じられませんよね?』
「いや、信じるよ。ヒナの情報で間違っていたことはないからな」
『・・・ありがとうございます。信頼してもらえて嬉しいです』
小さな声で言う。
遠くのほうでフクロウの鳴く声が聞こえた。
「まさか、先生たちがゲームから転移してるなんて、ほかの生徒に言っても信じないだろうな」
『はい・・・・・・』
「どうやってこっちの世界から俺たちの世界に来れたんだろう。俺らだって、あの装置の中に入らないとこっちに来れないし・・・」
リネルの目を見る。
「そういや、ヒナはどうやって俺についてきたんだ? どこかで装置でも盗んだのか?」
『いえ・・・私は、パソコンと自分の体を繋げれば、入れるんですよ。だから、蒼空様と体が少し違うんです』
深刻な表情で言う。
「ん? それって・・・」
『あの・・・蒼空様、私の父は『イーグルブレスの指輪』の世界の人間らしいんです・・・私も知らなかったことですが、『イーグルブレスの指輪』から近未来指定都市TOKYOに来たと書いてありました』
リネルが飛んで、俺の前に来る。
『だから、この姿は妖精族のアバターを使っていますが、私もおそらくこっちの世界の者です。『イーグルブレスの指輪』から、蒼空様と同じ世界に転移して、RAID学園に入ったんだと思います』
「え・・・・・・・・」
『だから、アリアの魔方陣があろうがなかろうが、関係ないんです。RAID学園のヒナのまま転移できるので』
宙に浮いたまま膝を抱きかかえて、俯くようにしていた。
足元には魔法陣がうっすら光っている。
『黙っていてすみませんでした・・・』
「・・・・・・・・」
ヒナが? 驚いて、言葉が出てこなかった。




