41 追いかけて
『はっ・・・ここは・・・?』
リネルが目を覚まして起き上がる。
テーブルの上に広げたハンカチを掴んできょろきょろしていた。
「アネモイ帝国だよ」
『アネモイ帝国・・・あれ? 確かソラを探してて、途中で地図から消えて、出てきて・・・そう、セーブポイントにいたんだけど』
「風帝に捕まってたのよ」
アリアが窓の外を眺めながら言う。
城はパニック状態になっていて、リネルとアリアがいなくなったことにも気づいていないようだった。
『えっ、全然覚えてない。し、知らない人ばかりいる。ソラ?』
「そこにいる、ディランとミコが見えるのか?」
『えっと・・・そこにいる魔族の男の人と、黒髪の女の子?』
『どうして俺たちが・・・』
「私がかけた魔法陣が原因かもね。その魔法陣、こっちの世界に異世界の魂を縛り付ける効果があるから」
「どうゆうことだ?」
「幽霊みたいな状態になってるってこと」
『ふぁっ!? 幽霊! いえ、でも私はRAID学園のAIロボットですから。わっ、魔方陣が?』
リネルがじたばたしていた。
「・・・・・・・・・」
俺たちの世界では、死んだも同然ってことになってるのか。
『足が抜けないー』
「悪いけど、しばらくそのままよ。解除の方法が見つかってないから」
『どうなるの? 私。RAID学園への報告とか、記録とかもろもろあるのに』
「元の世界に戻れないそうだ」
「え・・・・・・」
リネルの表情が曇っていった。
「リネル、お前ヒナだろ?」
『!?』
「風帝がプレイヤーを集めて、モニターを強制的に表示させるようにしていたんだ。俺たちのアバターの仕組みを使って軍を作ろうとしていたんだって」
『ひ・・・ヒナって、誰? 私会ったことがないけど・・・』
目を泳がせてとぼけていた。
「ごまかしても無駄だ。お前のモニターのロックを解除したんだ」
『っ・・・・・』
「どうして、こんな無茶して付いてきたんだよ」
『・・・・・・・』
リネルが自分の下に展開された魔法陣に手を当てながら、口を開いた。
『・・・ついにバレてしまいましたか。ずっと気づかれずに通せると思ったのですが・・・』
俯きながら言う。
『蒼空様と同じゲームがしたくて来てしまいました。RAID学園で普通にプレイしてても、中々、蒼空様と同じゲームはできませんから』
「RAID学園にはなんて言ってるんだ?」
『・・・父の手伝い・・・と・・・・』
「はぁ・・・」
頭を掻く。
「そもそもどうやって入ってきたんだよ。こんな危険なVRゲームの中に・・・」
『・・・・前々から準備をしていたんです。アバターも準備して、RAID学園のPCをハッキングしたり、父の部屋から書類を盗み見たり・・・蒼空様が頼まれそうなゲームは大体検討つけていました。このアバターで外のプレイヤーとして入れるようの色々と・・・』
「さすがだよ・・・」
ヒナはVRゲームの腕は俺よりも低かったけど、情報収集能力については右に出るものはいない。
たぶん、RAID学園に入るべきじゃなかったんだよな。
「俺はお前を甘く見ていたな」
『蒼空様、ごめんなさい。でも、あの・・・一緒にいてもよろしいでしょうか? もしダメと言われても、セーブポイントまで行かなきゃ帰れないのです』
「・・・・というか、さっきも言ったが、お前、戻れないんだよ」
『えっ!?』
アリアが黒いローブの裾を直して、隣に座った。
「この私がかけた魔法陣は、この世界にプレイヤーを留まらせるもの。風帝の庭で使ってたから精度も高いわ。悪いけど、解除方法は今のところないの」
『そんな・・・・』
リネルが不安そうな表情を浮かべた。
「なんとか戻す方法を探してみるよ」
『あ・・・ありがとうございます』
「?」
意味深な表情を浮かべていた。
「私もこれから色々探してみる。きっとなんとかするわ」
「協力してくれるのか?」
「勘違いしないで。これは私の魔法だし、自分の罪を残したくないだけ」
リネルの魔法陣をなぞりながら言った。
「あんたたちは今日はここに泊まっていきなさい。どうせこの調子だと、変わった顔がいるだけで捕まりそうだから」
「あぁ・・・ありがとう」
アリアが立ち上がった。
『みんなパニック。誰も予想できなかった。だって、風帝死んだ。私も死んだ』
突然、ミコがぼそっと呟く。
『お前さ、仲間死んで悲しいとかないのか?』
『悲しい? さぁ』
『・・・・・』
『自分が一番大事』
ディランがミコのほうを見て、ため息をついていた。
「アリア、どこ行くんだ?」
「『風留まる地』を見てくるのよ。あくまでも、シスターのふりをしなきゃいけないからね」
杖を自分の手に当てて、シスターの格好に切り替えていた。
「夜には戻ってくるから、勝手な行動しないでね。ご飯は、ディランが適当に持ってくるでしょ?」
「あぁ」
『任せてください!』
ディランが急に目を輝かせた。
『お前、パーティーのご飯持ってくる、楽しみにしてる?』
『そうだよ。悪いかよ』
『魔族みたい』
『魔族なんだよ』
ディランとミコは死んだ者同士気が合うみたいだな。
生きてたら、絶対、会話すらしないだろうけど。
アネモイ帝国の風帝が死んだ話は、一日にして帝国内に大きな混乱をもたらしていた。祝いの旗はすべて下げられて、国中が悲しみに包まれていた。風帝がなぜ亡くなったのかもわからないまま、次どんな恐怖がこの街を襲うのかと、不安な声が聞こえていた。
門には軍が集められて、緊張感が漂っている。
風帝が亡くなって、他国から攻め込まれることを想定しているらしい。風帝と6人の戦士は相当信頼されていたらしいな。
「あんた、ここにいたの?」
教会の屋根にいると、アリアが歩いてきた。
「アネモイ帝国を見てたんだよ。随分、すごいことになってるなって」
「誰も死の神が来たなんて、想像もつかないでしょうね。私から見るとざまぁって思うわ」
ふふっと笑った。
「死の神なんて初めて見た。普段はごく普通のプレイヤーなのに、神の魔力になるのね」
「らしいな。自分では実感ないけど」
月に掌を向ける。指の隙間から白い光が漏れた。
「ねぇ、死の神になったあんたが見えたってことは私も・・・・」
「いや、調べたけど、アリアの名前はなかったよ」
「そ・・・残念ね。やっと、死が身近になった気がしたのに」
誰かが狩ることになっているのか、アリアが言ってた死者との契約が関係しているのかはわからないけどな。今、死の神が来てないってことは、アリアは死なないんだろう。
「妖精族の子はどうしてる?」
「疲れて眠ってるよ。というか、ミコから聞いた薬の調合で眠らせた。だいぶ体力も落ちてたからな」
アリアがふわっと隣に座った。
「なんとかして、帰れるようにしてやんないと」
息をついて、天を仰ぐ。
夜風を吸い込むと、肺が洗われるような心地がした。
「すごいのね、あの子。わざわざ危険なことをしてまで、あんたを追いかけてくるなんて」
「昔からブラコンなんだよ」
「ブラコン? 兄妹なの?」
「兄妹みたいなもんだよ。血はつながってないけどね」
「ふうん」
アリアが杖を出して、月にかざした。
「帝に仕えなきゃいけない私が、帝を亡くしたんだからこの街を出なきゃいけない。新しい帝を探さないと」
ぎろっとこちらを睨む。
「もう、いろいろと面倒なんだからね。本当に。帝なんてろくでもない奴ばかりだし。次はどんな汚いことをやらされるのか・・・・」
「仕えなきゃどうなるんだ?」
「月の満ち欠けが1周する間・・・30日以内に探さないと死んでしまうの。まぁ、それでもいいんだけど、いろいろ事情があって今は死ねないのよ」
「30日か・・・・」
後ろに手をつく。
「じゃあ、30日以内に俺が帝になって、俺に仕えればいいんじゃないか?」
「は?」
「俺なら悪いようにはしないしさ。いいだろ?」
「そ・・・そんな、だって、帝になる方法なんて知らないんでしょ? 30日でなんて」
「ティーダが死ぬとき、死の神の本で見たよ。風帝になった方法を・・・」
ちらっとしか見れなかったが、行くべきところはわかった。
アリアが口をもごもごさせている。
「ヒナを戻せるようにしてやらなきゃいけないし、何度もアリアのところに行くのも大変だしさ。来てくれると助かるよ」
「か・・・考えとくわ」
「前向きによろしくね」
アリアが少し戸惑った表情で、髪を後ろにやった。
「アリア」
「こ、今度は何・・・!?」
「俺、リーランからセレナの呪いのこと聞いてるんだ」
「!」
木の屋根に手をついて、立ち上がる。
「聖女アルテミスのいる場所に連れて行ってほしい」
「・・・・・・・・」
まっすぐにアリアの顔を見て言う。
アリアが何か言おうとして、しばらく月明かりのほうに顔を向けていた。




