34 杖の精霊
死の神のリストにこいつらの名前は無かった。
俺が『生命を枯らす牢獄』の魔法を唱えたとき、名前が書かれていったのがわかった。
でも、魂を狩るのは俺じゃないようだ。
俺が殺そうとする者は、他に比べて字が薄くなっていた。
他の死の神のリストに名前がはっきりと書かれていて、彷徨っているところを狩られるようだ。
勘というよりも、勝手に頭に入ってきたというのに近い。
俺が自分で殺した者は、死者の国には連れていけないみたいだな。
もともとこいつらを連れていくつもりは無かったが・・・。
死の神はまだ謎が多い。
一つルールがわかっただけでもかなりの収穫だ。
『天路蒼空・・・? 死者の本を持っている死神か』
暗闇の中からランプを持った白髪の爺さんが出てくる。身長は高く、白いローブを着ていた。
魔法が効いていない? いや、軍にいた奴らとは明らかに違う・・・。
「・・・・・・・・」
神とも違うみたいだな。
『お前がこの杖の持ち主だな?』
「あぁ、お前は誰だ?」
『この杖に宿る精霊だ。ここはリムヘルの木の近くではないのか?』
「・・・・『リムヘル』から離れた場所だよ。今は戦闘中だ。といっても、この杖の魔法で軍は壊滅状態になったけどな」
『ふむふむ・・・』
堀の深い目でこちらを見てから、周囲に視線を向けていた。
『人の手に握られたのは何百年振りじゃろうな。いきなりこんなに命を奪うことになるとは・・・準備運動にはちょうどいいか。ん? お前、よく見るとプレイヤーだな』
「そうだよ」
『まさか、プレイヤーがこの杖を持つようになるとは・・・時代も変わったのぉ』
髭を触りながら眉を上げる。
「なんか不都合でもあるのか?」
『いや、お前ならこの杖をうまく使いこなせるじゃろうな。いい持ち主が現れたものだ』
「?」
軽く笑っていた。
「杖の精霊ってことはリムヘルの木の精霊なのか?」
『まぁ、そんなとこじゃな。わしは、杖に宿るのじゃ。ん? お前は・・・・』
爺さんが何かを言いかけて口をつぐむ。
『そうか。お前がどうゆう経緯でプレイヤーとなったかはわからないが・・・』
「なんだ?」
『こっちの話だ』
長い瞬きをする。
「『リムヘル』が俺たちプレイヤーの世界と繋がってるって本当なのか?」
『あぁ、クリエイターの世界ともいうけどな。お、敵を待たせておいてよいのか?』
「!?」
はっとして周囲を見た。魔法の中に閉じ込めた奴らは居なくなっていた。
どこまでも深い、闇が続くばかりだった。
「これは・・・・・」
『力を貸してやろう。死者の国の・・・いや、闇の王よ』
「は・・・・・・・・?」
振り返ると、精霊がふっと消えていった。
気づいたら人間とドラゴン族の死体の間を歩いていた。
レイドと、側近の魔導士2人が脂汗を搔きながら震えている。
自分の手と杖を眺める。
さっきのは・・・いつの間にあの精霊が・・・・。
「死者の・・・国・・・・?」
女魔導士が顎をがくがくさせながら呟いていた。
スンッ
「!?」
深淵の杖の先をレイドに突き付ける。
「お前ら3人は見逃してやる」
「あ・・・・・・・・・え・・・・・・」
「この先の地は死者の国となる。近寄るなら、こいつらのようになると、自国の者に伝えろ」
「あ・・・・・」
一人は心神喪失して、どこか遠くのほうを見てぼうっとしていた。
レイドは声も上手く出せないようだな。仕方ないか。
杖を地面につけると、『生命を枯らす牢獄』が解けていった。
日が差し込むと、女魔導士が震えながら立ち上がった。
「ま・・・待て。おおお、お前の目的は・・・」
「・・・・・・」
無視してグリフォンのほうへ歩いていく。枯れた草がザクザクと音を立てていた。
『ソラ様・・・こいつらの魂はどうしますか・・・? 大量にあるため、誰かは『リムヘル』にたどり着いてしまうかもしれませんが』
ディランが死体を避けながら駆け寄ってくる。
「こいつらはいい。俺が魂を狩れないようになってるみたいだからな」
『そうなんですか?』
「あぁ、俺自身が殺した者は担当から外れるらしい。おそらく、そのうち他の死神が来てこいつらの魂を狩るだろう」
モニターを表示して、深淵の杖を仕舞う。
完全に戦意を喪失したレイドを確認してから、グリフォンの背に乗った。
「白いベルを鳴らしたときに、誰かが『リムヘル』が見えたのかもな。じゃなきゃ、あんなに確信をもって突き進まないだろ」
今の戦闘はさすがに経験値には反映されないか。
スクロールして、モニターの表示を切り替える。
『いえ、『リムヘル』へ向かう人たちは意外と多いんですよ。確かに軍で動くのは初めて見ましたけどね。他国は小規模ギルドのクエストで来るのがほとんどです』
「そうなのか?」
『はい。どこから情報が漏れるのかはわかりませんがね。作り話を信じるような形でしょうか。以前、来た人間たちは黄金の地と言われていたそうですよ』
「へぇ・・・・黄金ねぇ」
『『深淵の魔女』の力は絶対です。結局、何週間もうろうろしていましたが、見つからずに帰っていきましたよ。ご主人様が、そのあと始末してしまいましたけどね』
「・・・・・・・」
セレナが・・・。
リーランが言うように、元のセレナなら殺すことなんてないのかもしれない。
水瀬深雪はどのゲームでも強かったけど、サポート役としても優秀だった。
残酷な印象なんてなかった。セレナの持つ残酷さは抑え込んでいたのかもしれないけどな。
グリフォンが翼を斜めにして上昇していく。
『それより驚きましたよ。ソラ様にあのような力があったのですね』
「リーランがリムヘルの木で作った杖を使ったからだよ。この杖じゃなきゃ、あの魔法は使えない」
『リーラン様が・・・そうでしたか。さすが『深淵の魔女』。でも、リムヘルの木を使ったとはいえ、皆があのような魔法を使えるわけありません。ソラ様だからです』
グリフォンが力強く言う。
「・・・そりゃどうも」
モニターを見ても習得魔法にさっきの魔法は書かれていなかった。
杖と自分の魂が共鳴して、魔法がこみあげてくるような感覚だった。闇の王とはどうゆう意味だったのだろう?
『ソラ様、あの者たちを殺さなくてもよかったんですか? あんな弱小でも王家の人間。もっと、多くの軍・・・いえ、他国の軍まで引き連れて『リムヘル』に来てしまうかもしれませんが・・・』
ディランが怪訝そうな顔をする。
『俺が戻って殺してきましょうか・・・?』
「むしろ王家の人間だから残したんだ。一応、死者の国があるってことを広めておきたかったんだよ」
『・・・な、なぜでしょう?』
「死の神リストは最近、かなり多くの名前が書かれてるんだ。ルーナの穴埋めだろうな。人間たちの間で、死者の国があるって噂が広まれば、俺が狩らなかった魂も、あの地にたどり着くかもしれないだろ?」
『・・・確かに・・・』
グリフォンの毛を握りしめる。
死の神の仕組みについてはまだわからなかった。
どのようにリストが割り振られているのか、他の死の神が魂を狩った場合どうなるのか、死者は通常どこへ行くのか。
「それに、もし俺たちが戻る前に『リムヘル』をうろついてたら、セレナたちが殲滅するだろ」
『・・・そうですね。『毒薔薇の魔女』と『深淵の魔女』なら喜びそうです。インテリアを探していましたしね』
「お前の剣の見せ場を取って悪かったな」
ディランのほうを見て笑う。
『いえいえ、とんでもございません』
「これからたくさんその剣を使うときは出てくる。今のうちに慣れておけよ」
『はい』
首を大きく縦に振っていた。
大きな滝を超えて、虹をくぐっていく。
追い風になると、グリフォンがどんどんスピードを上げていった。




