32 『リムヘル』を出る
「アルテミスの居場所を教えるわけにはいきません!」
「会ってみたいんだよ。セレナの呪いがどうゆうものか理解したい」
「セレナをこれ以上危険な目に合わせる気ですか?」
リーランのいる噴水らしき跡の残る瓦礫の上に登っていく。柔らかい日差しが差し込んでいて、ガラスの破片がキラキラしている。
「どんな事情があったって教えるわけにはいきませんからっ」
「思い出したんだ。RAID学園にいる水瀬深雪って子、彼女とセレナも同一人物だ」
「どうしてわかったんです?」
「それは・・・・」
リーランが眉間に皺を寄せた。
「あれほど注意したのに・・・」
磨いていた杖を空にかざす。
「絶対に教えられません。今までどおり、セレナと接してください」
「俺、小さい頃、水瀬深雪に会ったんだ。彼女に助けてほしいと言われた」
「この世界の外での話ですか・・・・・・・?」
「あぁ、水瀬深雪は俺らと同じ世界にいた。ゲームの中から来たって言ってたけど・・・今もRAID学園の生徒としているんだ」
岩に手を付いて、一段上る。
「どうしてなのかはわからない。セーブポイントで向こうに戻ったら確認するつもりだ」
「・・・本当にセレナなのですか?」
「絶対だ。昨日、水瀬深雪の名前を出したら、セレナが彼女と同じ口調になった。何度も配信を見てたんだ。間違えるはずがない」
「・・・・・・・」
リーランがスカートを引っ張って、顔を背けた。
「でも・・・・危険です」
「セレナはルーナやアルテミスと同じ魂から分かれてるんだろう? それぞれが記憶を共有してるのか?」
「・・・・私は・・・試したことが無いのでわかりません」
俯いて首を振った。
「お願いだから、あまりセレナを刺激しないでください。今のままのセレナでいてくれたら・・・」
「でも、何もしなければ、変わらないだろ?」
強い口調で言う。
「深雪を・・・セレナを助けたいんだ。どうゆう意味で、俺にあんなことを言ったのかはわからないけど・・・なんとかしてやりたい。どうにか助ける方法を見つけたい」
「・・・・・・・・」
ルーナもセレナも、なんとなく俺を同じ方向に導いている気がした。
今でも俺を信じてくれているのだろうか。
「そんなに言いたくなければ、自分で探す」
「魔女が受けた呪いは、『アラヘルム』の呪いです。解くことはできません」
「・・・・・」
「待ってください!」
背を向けようとしたとき、リーランが引き留めてきた。
「アルテミスがどこにいるかなら、わかります。風帝の治める国の小さな修道院に居ます」
「!」
「彼女は『緋色の魔女』の監視下にありますので、誰もセレナと同一人物だとは気づかないようになっています」
「どうして急に・・・・」
「闇帝の言うことを聞いてみようと思っただけですよ。深い意味はありません」
ふわっと浮いて、瓦礫を降りていく。
「ただ・・・セレナは連れて行かないでもらえますか?」
「ん?」
「同じ魂が近づくと、どうなるかわからないのです。『緋色の魔女』はセレナがいたら、絶対にアルテミスに近づけません。もし、貴方がその死神の剣を抜くなら、『緋色の魔女』も敵わないかと思いますが・・・」
「わかったよ。俺も、セレナを危険な目に合わせたいわけじゃない」
「はい・・・どうか、よろしくお願いします」
「・・・任せてくれ。全力を尽くす」
「・・・・・・」
ツインテールを触りながら、こくんと頷いていた。
モニターを見て荷物を確認する。
リーランからリムヘルの木の枝で作った魔導士の杖をもらっていた。
レア度が高すぎるせいか、使える魔法や能力は???と表示されている。
当然だよな。『リムヘル』はプレイヤーが来ることを想定していないんだろう。
「本当に私が行かなくていいのか?」
「あぁ、セレナはここにいてくれ。本当は俺も早く死者の国を作りたいし、ここに居たいんだけどな」
「ここにはリーランがいるのだから、私が行っても問題ないだろう?」
不満げに言う。明らかに魔力が刺々しくなってるな。
リーランが瓦礫を飛び越えて駆け寄ってきた。
「セレナ、一緒に死者の国を整えておくのはどうでしょう?」
「整えておくとは?」
杖を振って、瓦礫を払いのける。
「こうやって、私たちの魔法で死者の国を作っておくのです。どう作っても文句はありませんよね?」
「まぁ・・・・・」
「なるほど。それなら・・・」
セレナが右手をかざして、遠くにある岩を持ち上げた。
「ここは魔力に満ちているから動きやすいし。私は壊すのは好きだが、こうやって作るのも好きだからな。死者の国か・・・骸骨なんかを入り口に持ってくるのもいい。一部だけ結界を張らずに、人間たちをおびき寄せるのもいい」
「そうですね。では、近くの国のギルドでも潰してきましょう。色々作るなら、私たちだけで十分ですから」
「ふふ、楽しそうだな」
ドーン
セレナが人差し指を下に向けて、大岩を落とした。地面が揺れて、砂埃が巻き上がる。
リーランがこちらをちらっと見て頷いていた。
本当にセレナのことをよくわかってるよな。
「ディラン、お前は俺と来い」
『は、はい! 承知しました』
少し離れたところにいたディランが剣を持って近づいてきた。
バサァ
「グリフォン」
『私がソラ様を『緋色の魔女』のいるアネモイ帝国に連れてきましょうか。飛んだほうが早いでしょう』
グリフォンが翼を広げてセレナの横に並ぶ。
「お前が自ら志願するなんて珍しいな」
『久しぶりに『緋色の魔女』にお会いしたくなりまして』
「そうか。じゃあ、頼むな」
セレナがグリフォンの毛を撫でる。
「ソラ、これを渡すのを忘れていました」
「ん?」
「『リムヘル』に入りたいときは、このベルを鳴らしてください」
リーランが白いベルを両手に包んで差し出してくる。
「魔女といなくても、『リムヘル』に入れるようになります。死者の国ができるまで、結界を解除するわけにはいかないので」
「わかった。ありがとう」
「・・・どうか気を付けて。宜しくお願いします」
リーランがセレナに届かないような小さな声で呟いた。モニターの画面をスクロールして『深淵の扉を開くベル』を仕舞った。
『リムヘル』の結界から出ると、広大な土地にあった遺跡は見えなくなった。
巨大な木のあった場所さえ、更地になっている。
『本当に見えなくなりましたね』
「あぁ、戻ってきたらどんな風になってるんだろうな。セレナは相当張り切っていたけど・・・」
『あのお二人が作るならすごいものになっていますよ。期待していてください』
グリフォンが自慢げに言いながら上昇していく。
「ディラン、お前はセレナとリーランに怯えすぎだ」
『えっ?』
「これから闇帝の配下として動くんだから、いちいちビクビクするな」
『すみません。どうしても生前の記憶で、魔族の中で魔女の階級は最高位の位置付けられるので、つい恐縮してしまい』
「最高位? 魔族に階級があったのか?」
『ご存知じゃなかったんですか?』
グリフォンが視線をこちらにむける。
『ご主人様は位の高い魔女なんですよ。魔族の都市に寄れば、様々な仕事が舞い込みます。取捨選択はご主人様の自由ですけどね。ディランが慣れないのは当然ですね』
「そうなのか・・・」
『でも、ソラ様の仰る通りです。これから闇帝の配下になるので、どっしりと構えられるようにします』
ディランが太い声で言う。
「セレナは残酷だけど、わかりやすい性格だよな」
『ハハハ、私はあんな風に伸び伸びしたご主人様初めて見ましたよ。キキペペ様も驚くでしょうね』
グリフォンの翼が風を切る音が響いていた。




