31 繋ぐ月明かり
「『リムヘル』は『アラヘルム』が滅びたのと同時期に滅びました。最初は火山が爆発して火山灰が降り注ぎ、死の街と呼ばれるようになり、そこから気候の変化、地震などのトラブルが続き、徐々に衰退していった・・・と、本には記載されています」
リーランが長いツインテールを後ろにやった。
「私も衰退していく様子は見ていません。どうしてこの時期に目覚めたのかも知らされていませんので」
「でも、『リムヘル』の魔力なら、どうにかして生き残れるだろ? 天災くらいどうにでもなるはずだった」
「セレナも知らないのか?」
「言っただろ私は記憶が曖昧なんだ。力だけはあるのだけどな」
セレナが腕を組んで、背もたれに寄りかかる。
「『毒薔薇の魔女』は特殊なんですよ」
リーランがたしなめるように言う。
「そうですね、私もセレナに同感です。でも、別の本には神のような神じゃない存在が来て、一瞬にして街を破壊し、今のような状態になったと書かれていました。私は日記のように書かれていたこちらの本の説のほうが正しいと思ってます」
「神のようで神じゃないって?」
「アラヘルムの木とリムヘルの木を見ましたよね?」
「あ・・・あぁ・・・」
「あれは、それぞれ違う世界と繋がっている木だそうです。恐らく、プレイヤーのいる世界かと・・・あちらから通ってきた者が、この地を滅ぼしたのではないかと思っています」
「俺たちの・・・それって本当なのか?」
「ん? それはおかしくないか? だって、あの木は何千年も前からあるだろう? プレイヤーが来たのはここ最近だ」
「あくまでも私の想像ですよ」
リーランが一呼吸置いて、話を続ける。
「この地の滅び方は、切り取られたように見えませんか? この地の文明ごとどこかに行ってしまったような・・・」
「言われてみれば・・・」
唾を呑む。
「プレイヤーは何千年も前に来ていたのではないかと思っています。神はここを裁くことはあっても、今のように滅ぼすことはないと思うんです。現に、『アラヘルム』は住人がいますが、この地はあまりに魔力が強すぎて人が住むのに適さない」
「時間を超えて来たってことか?」
「はい。向こうの世界の人が何らかの方法で来ていたんじゃないかと。あくまで私の想像なので合っているのかはわかりませんけどね」
「・・・・・・・・」
可能性はあるかもしれない。
この世界で時間を超える方法は聞いてないがな。
『ユグドラシルの扉』というゲームは、確か特定条件をクリアすれば、1度だけ過去に戻れるバグに近いイベントがあった。『イーグルブレスの指輪』にも、何か抜け穴のようなものがあるのではないだろうか。
「それよりも、死の国を作るのはいいですけど、帝はどうやってなるのか知ってるのですか?」
「いや・・・帝に会う前に魔族側につこうと思ったからな」
「ですよね・・・」
リーランが軽くため息を付いた。
「帝のなり方は属性によって違います。各属性の神官が与える試練を突破できた者に紋章が与えられ、帝として、認められるのです」
「魔族に神官なんていないだろうが」
「闇属性の者が帝になりたいなんて、前代未聞ですからね」
2人が同時に俺のほうを見た。
「もう闇帝名乗っちゃったらどうでしょう」
「死者の国を治めることには変わりないんだからな」
「いやいや、勝手に名乗って力がついてくるわけじゃないだろう?」
「ま、冗談ですよ」
リーランが引き出しから地図を引っ張ってきた。
「『緋色の魔女』のところに行くのがいいかもしれません。『緋色の魔女』は・・・ここから東に行ったところにいます」
「風帝といるんだったか?」
「・・・そうです」
「魔女が帝といることなんてあるのか?」
「彼女は魔女だってことを隠してますから。他の帝の近くにいる彼女なら、闇帝になる方法も知っているかもしれません」
ハーブティーを飲み切って、コップを置く。
体が熱くなって、魔力が上がっていくのを感じた。
ズズ・・・
「!?」
リーランが顔を上げる。
「どうした?」
「いえ・・・ちょっと気が立っていただけです」
「リーラン、どうして他の帝たちは『アラヘルム』を復活させようとしないんだ? 属性ごとにいるんだろう?」
「・・・・どうゆうわけか、今のところいませんね。帝の考えはわかりません。『深淵の魔女』である私は、帝から離れた存在なので」
「・・・・・・・」
炎帝は今のところ不在らしいが、もし、プレイヤーが炎帝になったらどうなるのだろう。
クリア条件通り、『アラヘルム』を復活させるのだろうか。
「『アラヘルム』が復活すればどうなる?」
「・・・彼らが戻ってくるのでしょうね。『アラヘルム』に罪を負わせた者たちが」
「・・・・・・」
セレナが視線を逸らす。重い空気が流れた。
「とにかく、『緋色の魔女』のところへ行くしかないということだな」
「そうです。でもまずは・・・」
リーランが小さな杖をくるっと回して、ドアを広げた。
グリフォンが体を起こして、ゆっくりと中に入ってくる。
「セレナー」
「わっ・・・」
いきなりリーランがセレナに抱きついた。
「セレナと会うのは久しぶりです。たくさん話したいことがあります。ぜひぜひゆっくりしていってください」
「ゆっくりはできない。早く『緋色の魔女』に会いに行かなきゃいけないからな」
「いやです。ペペとキキをここに呼びますよ?」
「!?」
セレナが急に眉を寄せた。
「セレナのことは何でもわかっています。きっと、なんだかんだ言って、マラコーダに足止めしているのでしょう」
「リーラン・・・・」
「俺ももう少しここに居たいし、ゆっくりしていこう。リムヘルの木も見たいしな」
「・・・わかったよ。でも、リーランとは別の部屋で寝るからな」
「うっ・・・一緒に寝ようと思ったのに・・・」
リーランが小さい脚を組んで、膨れていた。
セレナはこのまま魂が分かれていったら、俺のことも忘れてしまうのだろうか。
一番高い瓦礫の上で、月を眺めていた。遠くのほうで、木が夜風に揺れていた。
リーランはこの地を守るために、魔女以外が入れない結界を張っているのだという。『リムヘル』が『アラヘルム』のように人目に触れれば、利用されるかもしれないからと話していた。
死者の国となることは賛成していた。世界から切り離されたこの地を変えたいのだと言う。
帝になって、死者の国として兵力を持てば、魔女が受けた呪いも何か変えられるのだろうか・・・。
月に雲がかかる。
ふわっと月が落ちてくるように、セレナが降りて来た。
「セレナ・・・」
「ここに居たのか。しばらく探してもいないから、セーブポイントでも探しに行ったのかと思ったよ」
「・・・・まさか。こんなところにセーブポイントなんてないだろ」
「わからないだろ? この地は何が起こるかわからない魔力を秘めている。もしかしたら急にプレイヤーたちのセーブポイントが現れてもおかしくないぞ」
「・・・・・・・・」
一瞬、ルーナが戻ってきたのかと思った。
白銀の髪がさらっとなびいている。
「深雪・・・」
「ん?」
「って知ってる? って聞こうと思ったんだけど、わかるわけないよな。俺が昔会った女の子なんだ。RAID学園のプレイヤーでさ、よく配信をしていて、俺も見ていて・・・・」
セレナに分霊の呪いのことを話したらいけないって言われたばかりなのにな。
そもそも、同じ魂から複数の人ができるって意味もよくわかってないし・・・。
「忘れてくれ。そうだ、ディランとグリフォンは・・・」
「蒼空・・・」
「え?」
聞き覚えのある、話し方だった。
「配信をいつも見てくれているって言ってたでしょ。やっと思い出してくれた。RAID学園のプレイヤーになったんだね」
「・・・・・・」
セレナがサファイアのような瞳をこちらに向ける。
驚いて固まってしまった。頭が真っ白で言葉が出てこない。
「本当に来てくれたの?」
「あ・・・・・・・・」
「ありがとう。蒼空。来てくれると思ってた」
柔らかくほほ笑んだ。全身の力が抜けていく。
「深雪はっ・・・・」
「ん? どうした? ディランとグリフォンがどうかしたのか?」
はっとして言葉を振り絞ると、いつものセレナに戻っていた。夜風が吹き抜けて、小石を転がしていく。
「な、なんでもないよ。えっと、あ、なんか魔法教えてよ。俺のレベルでも使えそうな魔法」
「レベル10以下の魔法か・・・なかなか難しいな」
他愛もない話をして、セレナの興味を退けた。モニターを出して、初期配布の杖を出す。
心臓がバクバクしていた。今、一瞬だけ、水瀬深雪が話していた。
何回も配信を見たんだから間違いない。
やっぱりセレナなんだ。彼女が俺のことを覚えていて・・・。




