30 消去された記憶
俺はRAID学園に入る前に、水瀬深雪と会ったことがあった。
どうして忘れていたんだろう。
まだ記憶が曖昧だが・・・・。
確か、RAID学園に入る前、俺は施設に入れられていた。
テストやよくわからない検査が多く、たまにRAID学園の大人がうろうろしていたけど、基本的にみんな自由に過ごしていた。
俺は周囲と遊ぶことはほとんど無く、ただゲームに没頭する毎日だった。
大人には、ゲームにはチーム戦で戦闘に入ることもあると説明され、みんなと仲良くするよう言われたけど、窮屈で無視していた。
施設で行うテストで常に満点を取る俺を気味悪がって、そのうち誰も注意しなくなっていった。
テストは驚くほど簡単だったのを覚えている。
ゲーム配信を見ていたのもその頃だったと思う。
水瀬深雪はRAID学園からゲーム配信をしていたんだ。ゲームから飛び出してきたような容姿で時折リスナーと会話して、ゲームの中では剣を握り、次々に敵を倒していった。
見ているだけで爽快感があった。
漠然と自分もこんな風に、ゲームの中で配信しながら、プレイするようなプレイヤーになりたいと思っていた。
『初めまして。水瀬深雪って言います』
RAID学園の人たちと一緒に、彼女が施設に来たことがあった。
俺は成績優秀者として、シスターがよく人と会わせていたから、自然な流れで紹介された。
でも、水瀬深雪だけは、なぜか彼女のほうから近づいてきた。
『今は、蒼空っていうのね』
『今は?』
『あー、こっちの話』
近くで見ても、画面と変わらず、月明かりのように美しく、どこか懐かしかった。
『蒼空はRAID学園に入りたいの?』
『あぁ』
『大変だけど大丈夫?』
『大丈夫だよ。俺、ゲーム得意だから』
水瀬深雪が複雑そうな表情をしていたのが、印象的だった。
『・・・蒼空は昔の記憶ある?』
『昔?』
『わからないよね・・・あ、蒼空の将来を見込んで一つだけお願いしよちゃおうかな』
『ん?』
『あのね・・・』
周囲に気を配りながら、小さな声で話した。
『私、あるゲームからこっちの世界に来て、RAID学園にいるの』
真剣な表情で話す。
『信じられないと思うけど、本当よ』
『え? ゲームの中から?』
『そう。みんなには内緒だよ。蒼空は必ずそのゲームに入ることになる。運命なの』
『え・・・・』
『必ず私を見つけて仲良くしてね。私は主要キャラだから、プレイすれば会うことになる。もし、余裕があったら助けてくれると嬉しいな』
『主要キャラって・・・』
力なくほほ笑んでいた。
どんなゲームなのか聞こうとしたら、施設のシスターに呼ばれて行ってしまった。
当時は俺も、ゲームと現実の境目がよくわかっていなかったから疑問に思わなかったけど・・・。
水瀬深雪がからかったようには見えなかった。
そこからは、記憶が途切れている。
学長室にいたのは確かに彼女だった。
どうしてあのころから歳が変わっていないのかはわからないけど・・・。
ルーナに初めて会ったとき、なぜか初めてじゃないような気がした。水瀬深雪は俺の何を知っていたんだろう。
「どうしましたか?」
「あ、ちょっと考え事だよ」
ぼうっと眺めていたモニターを閉じた。リーランがハーブティーを持ってドアから入ってくる。
「この庭から取れたハーブティーです。とてもおいしいので是非」
「ありがとう」
テーブルに置いて、向かい側に座った。
「ここを死者の国にする話でしたね」
「あぁ、どうすればいい?」
「闇帝を目指すと言ってましたね? 貴方の目的は、他のプレイヤーと同様『アラヘルム』の復活なのですか?」
「いや・・・・・」
湯気が鼻にかかる。
「俺は知りたいんだ。この『イーグルブレスの指輪』は、俺たちの世界とかなり深く繋がっているはずだ。ただのゲームだとは思っていない」
「というと?」
「帝になって、この世界で権力を得たら、『アラヘルム』の復活はその後決める。こっちの世界に来たばかりの時、俺が魂を狩るはずだった魔族がいたんだ。『アラヘルム』のことを話す前に、ルーナが狩ったんだけどさ・・・」
クゥザの言いかけていたことを思い出していた。
「『アラヘルム』は自身の過ちで呪われたと言っていた。俺らプレイヤーは『アラヘルム』の復活を目的としてプレイしているけど、何か引っ掛かるんだ。上手く言えないけど・・・」
「なるほど」
単純なゲームじゃないのに、帝になり、『アラヘルム』を復活させるレールだけはしっかり敷かれているのに違和感があった。
クゥザの言っていた通り、『アラヘルム』の住人の言うことだけを聞いて、復活させることができるのかもわからない。
そもそも、復活が何を示しているのかも・・・。
「その魔族の言ったことは正しいですね」
「え?」
「『アラヘルム』は自分たちのせいで呪われたんです。『アラヘルム』に最初に住み着いていたのは魔族でした。人間、エルフ族、その他の種族が集まり、巨大な都市となっていましたが、決して触れてはいけない世界の領域に触れてしまったんです」
「世界の領域?」
「このゲームを作ったクリエイターの領域ですね」
リーランが両手でコップを持って、背もたれに寄りかかった。
「罪を受け止めきれなかった『アラヘルム』は、魔族に全ての罪を擦り付けて追い出しました。今、『アラヘルム』にいる住人はたびたび魔族と戦闘になっているようですが、当然ですね」
「そう・・・なのか・・・」
「『アラヘルム』にいたときは楽しかった。いろんな魔法があって、技術があって・・・・でも、一部の人たちによって大きな罪を負ってしまった」
「大きな罪ってどん・・・」
バーンッ
「!?」
ドアが吹っ飛ぶ。煙の中から、セレナの姿が見えた。
「どうゆうつもりだ? リーラン」
「思ったよりも目覚めるのが早かったですね。もう少し寝ている予定だったのですが」
『あわわ、リーラン様! すみません。ご主人様が目覚めてすぐこちらに・・・』
グリフォンが後ろから慌てて追いかけてきた。
狭いらしく、翼がドアに引っかかっている。
「セレナも疲れていたので、ゆっくりしてもらおうと思いました。ソラとも話してみたかったし」
「だからと言って、いきなり私を眠らせることはないだろ?」
「そちらのほうが手っ取り早いので。セレナも、同じ立場だったらそうするでしょう?」
「ん・・・まぁそうだな」
「・・・・・・・・」
そうなのかよ。魔女と関わるのは労力がいるな。
リーランが手をかざして、魔法でセレナが吹っ飛ばしたドアを片付けていた。
「で、何を話していたのだ? 随分、重々しい空気を感じたが」
「っと・・・」
「ちょうど『リムヘル』の話をしようとしていたときに、セレナが来たのですよ。死の神でプレイヤーというので、とても興味がありまして」
「私がいてもよかっただろうが」
「2人で話したかったのです。セレナが変なのに騙されていたら、さりげなく亡き者にしようと思いまして」
「はは、そうならなくてよかったな。ソラ」
「そうだな」
セレナが笑いながら言う。リーランはセレナのことをよくわかってるな。
「『リムヘル』の話をするなら、私も聞こうと思っていたのだ。私も『リムヘル』に来るのは久しぶりで、いろんなことを忘れている」
セレナが自分でハーブティーを注いで、隣に座る。ぱっと周りを見渡していた。
「この部屋も相変わらず変わらないな」
「本棚の本は増えたのですよ。使い魔に頼んでいます。手前の本は特におすすめですよ。アレス王国から仕入れてきたものもあるのです」
リーランが後ろの本棚を指していた。
『あの、ソラ様・・・俺は』
ディランがドアに挟まっているグリフォンとおどおどしていた。
「こっちに来い。お前も聞いておいたほうがいいだろう」
『はい。では、失礼します』
『・・・・・・・』
グリフォンが羨ましそうにディランを見て、その場に伏せていた。




