29 セレナの呪い
リーランは黙ったまま『リムヘル』の中心のほうへ歩いていった。
「・・・・・・・・」
吹き抜ける風に砂ぼこりが舞い上がる。
どうしてこの地は滅びてしまったのだろう。廃墟となっても、栄えていたのが伝わってきた。
「どこまで行くんだ?」
「もうすぐです」
瓦礫の山を下ってきたところで、リーランが立ち止まる。
「ここです。少し離れててください」
ドドドドドドドドドド・・・
右足を鳴らすと、地下室の扉が現れた。石ころが階段を落ちていく。
「入ってください。すぐに、扉を閉めますから」
「・・・おう」
中に入ると、すぐに扉を閉めた。
ぱっと周囲が明るくなる。階段は綺麗に整備されていて、壁には真新しい装飾が施されていた。
「気を失ってるとはいえ、地上にいればセレナが何かを感知するかもしれませんから」
「どうゆうことなんだ? セレナは・・・」
「セレナの魂は死の神ルーナの魂でもありました。それだけじゃありません。私の知る限り、セレナは4人います」
「は・・・何がだ? 意味がわからないって」
「・・・・・理解できないのも当然ですね」
階段を降りていく音が響いていた。
「ルーナは死んだ。俺の目の前で、神喰らいとかいう奴に殺された。セレナはルーナを知らないと言っていたし」
「セレナとルーナは同じように見えませんか?」
「・・・・・・」
息を呑む。
「まず、私たち3人の魔女について説明する必要がありますね」
「3人?」
「はい。『アラヘルム』が失われた都市となったとき、呪いを受けたのが私たち3人の魔女です。セレナもそのうちの一人で、呪いを受けました。『アラヘルム』の罪を人に宿すことで、魔族にして『アラヘルム』から切り離したのです」
凛とした口調で言う。
「呪い・・・・・セレナが『アラヘルム』に?」
「そうです」
「・・・・・・・」
一度も聞いたことが無かった。
「私たちは封印されると同時に、眠りについていました。何百年経っていたでしょうか・・・目覚めたら、このような世界になっていたのです。私がいたころは、この地『リムヘル』も栄えていましたが、『アラヘルム』と同時期に滅びました」
「なんで3人が呪いを受けたんだ?」
「私たちは『アラヘルム』の中でも、魔力が強かったので選ばれました」
「そんな・・・・」
突き当りを左に曲がると、広い部屋に出た。
壁際には小さな草花が咲いていて、澄んだ水が流れている。
真ん中には女神の石像があって、囲むように3つの魔法石が浮いていた。
「私の呪いはまだ軽かったのです。『リムヘル』から出られないという単純なものでしたから。でも、セレナは最も重い呪いを負った。残酷なものです」
「・・・・・・・・・」
手をぐっと握りしめた。
「セレナの受けた呪いは分霊・・・魂が分かれていく呪いです」
「魂が?」
「そう・・・一つの魂が複数に分けられて、その肉体に宿るということです」
「え・・・・・」
理解が追い付かなかった。
リーランが振り返って、こちらを見上げる。
「『アラヘルム』は美しい毒の薔薇で多くの人を分裂させて、混乱を招き、死に追いやった。だから、『毒薔薇の魔女』は自身の魂を分裂させられたのです」
「な・・・・・魂を分裂って・・・どうゆう意味なんだ・・・?」
「・・・理解するのは難しいでしょう。死の神ルーナ、『毒薔薇の魔女』セレナ、聖女アルテミスが同一人物として、同時に存在しているということです」
ぞくっとした。
「・・・・・・・」
「本当です。セレナとルーナに会った貴方なら、わかるでしょう? 性格や職業は違っても、肉体も魂も似ている・・・いえ、同じだということに気づくはずです」
「それは・・・・でも・・・」
理解が追いつかなかった。
でも、絡まっていた糸が解けるような感覚があった。
「魂を分裂させるということは、代償も背負います。セレナは魂が分かれるたびに多くの記憶を忘れていってます。セレナは昔、人を殺したり、拷問することなんてできない、魔女でした。戦闘であっても敵に情けをかけてしまうような・・・今の姿からは想像もできないですよね。人格も変わっていくのです」
「・・・あぁ・・・・・」
「彼女はもう、元々『アラヘルム』の人間だったってことさえ覚えていない。このまま分裂していけば・・・・」
リーランが一呼吸置いて、口を開く。
「自我すら失ってしまうでしょう」
「・・・・・」
「実際に聖女アルテミスは自我を失い、廃人として修道院に閉じ込められているそうです。セレナも、いつかそうゆう風になるかもしれない」
流れている水に手を浸していた。
「そんな重要なこと・・・どうして本人に言えないんだ? セレナは頭がいいんだから何か解決策が見つかるかもしれないだろ」
「私もそう思って話したことがあります。でも、セレナは数時間後、私が話したことを忘れてました。おそらく魂が分裂して、もう一人、増えてしまったのだと思います」
「・・・そんな・・・・」
「セレナの受けた呪いは深いです」
額に汗が滲む。言いようのない恐怖が心臓を震わせた。
「この話は、絶対に誰にも話さないでください。セレナの魂をこれ以上、分裂させたくないのです! ルーナの話も・・・」
「わかったよ。絶対にしない」
「よかった・・・」
必死さが伝わってきた。自分だって、呪いを受けているのに。
「・・・どうして、この話を俺に?」
「貴方が死の神なら、どうにかできるんじゃないかと思って・・・」
リーランが懇願するような表情を浮かべる。
「もちろん、貴方はプレイヤーだし、何も知らないのはわかっています。でも、死の神になった経緯はわかりませんが、神なのです。『アラヘルム』を裁いた神なのです」
「そうだけど、俺は・・・」
「そう思わせてください! ずっと、セレナが変わっていくことに怯えていたのです。ずっと、絶望の中に居ると、わずかな希望でも持ちたくなるのです」
ゆっくりと女神の像に近づいていく。魔法石が青く輝いた。
「私は昔セレナに救ってもらいました。温かく清らかな魔法に触れたのを、今も鮮明に覚えています。まだ『アラヘルム』があって、私があまり魔法を覚えられなかった頃、病気で死にかけたところを助けてもらいました」
「その話、セレナは覚えてるのか?」
「いえ。セレナにとって私は、同じ境遇の魔女というだけです。過去のことは触れていません」
ツインテールを触りながら言う。
「でも、今度は私がセレナを守りたいと思っています。これ以上、呪いがセレナを壊さないように」
「・・・・・・・・」
「アルテミス、ルーナに会ったことがあるのです。全部セレナだってわかっていても、認めたくなかった。違う人格の者を、1つの魂として守りたいとは思えなかった。だから、いつか自我を失っていくセレナを見捨ててしまいそうで怖いのです」
リーランが女神の像を見ながら言う。
1つの魂として・・・か。
「ずるいですよね・・・私は。結局自分が大事なんです」
「そう思うのは当然だと思うよ」
「え・・・」
「俺を死の神にしたのはルーナなんだ。このゲームに入ったとき、ルーナが現れて強引に死の神にさせられた。びっくりしたけどな」
「そうなんですか? じゃあ・・・」
「もしかしたら、俺に助けを求めたのかもな。この世界の者じゃなければ、何か変えられるんじゃないかって。セレナがここに連れ来てたのも・・・もしかしたら、魂のどこかでルーナのことがあって・・・」
言いながら、RAID学園を思い出していた。
息を呑む。
俺はもう一人、セレナの魂に覚えがあった。
水瀬深雪だ。
なぜRAID学園にいるのかはわからないが、彼女はおそらくルーナでありセレナだ。確信があった。
 




