28 深淵の魔女
雲を抜けると、顔が冷たくなった。
グリフォンはセレナが乗ると、急にスピードが上がった。
「そういえばリネルとかいう妖精は来なくていいのか? こっちに戻ってきてから見かけてないが」
「RAID学園に呼ばれると長いんだ。そのうち来ると思うよ。俺の位置情報は見れるはずだから問題ないんだ」
「いや、この地は見つけられないから連絡しておいたほうがいいかもな。余計な心配をかけることになるぞ」
「なんで?」
「『リムヘル』は魔女といなければ見えないのだ。『深淵の魔女』がそうしたからな。ここは彼女の守る地だ」
『ご主人様、『リムヘル』に到着しました』
グリフォンが翼を斜めにして、雲の下に降りていく。
「ありがとう。随分、早かったな」
『ご主人様の魔力を借りていますから』
「ここが・・・・・・『リムヘル』・・・」
巨大な木の近くに、崩れた神殿の柱や建物があった。
広い遺跡にも関わらず、草木が生い茂り、誰かが通った形跡すらない。
静かな場所だった。どこかで時が止まっているような・・・。
『この辺は結構通ってきましたが、こんな風になっていたなんて・・・』
「文明を感じるだろう?」
『はい・・・正直、驚いてるというか』
ディランが先にグリフォンの背中から飛び降りた。
グリフォンが倒れた白い岩の上に立つ。
体勢を低くして、俺たちを下ろした。
「・・・かなり強い魔力だな。足が勝手に浮くような変な感覚だ」
「あの木があるからな。いい場所だろう? でも、私もこの地のすべてを把握しているわけではないのだ」
巨大な木を指さす。『アラヘルム』で見た木によく似ている。
唯一違うのは、生き物を見かけないところだけだった。
歩いていると、足の裏からビリビリと魔力が伝わってくる。
「っと」
段差を一歩上がった。
見渡す限り人の気配なんてない。遠くに木の葉の擦れる音が聞こえるだけだった。
「でも、ここは『深淵の魔女』の場所なんだろ? 死者の国の建設なんか許可するのか?」
「まぁ、考えられないが、未来予知にはそう出ていた。どういった経緯かは知らないけどな」
「・・だよな・・・・」
一か八かって感じだ。
普通に考えて、わけのわからないプレイヤーが来て死者の国を作りたいからこの地を貸せとか、許可するわけないと思うんだけど。
もし、セレナが『深淵の魔女』の立場だったら迷うわず殺すだろうな。
「で、肝心の『深淵の魔女』はどこに・・・・」
「そろそろ来るだろう」
風が吹いて、一枚の葉が落ちてくる。
「!」
「ここに何の用ですか? 『毒薔薇の魔女』」
葉が地面に着く前に、ぶかぶかのフードを被った少女が現れた。
長い髪を二つに結んで、あどけない顔をしている。
「久しぶりだな。やっぱり私が来るのをわかっていたのか?」
「はい。そうゆう動きが見えましたので」
彼女が『深淵の魔女』・・・なのか。思ったよりも幼いな。
ぼうっとしていたら、目が合った。
「そちらは?」
「プレイヤーだ。死の神をやっているらしい」
「なるほど。それで、変わった魔力を感じたのですね」
ディランが少女に近づいていく。
『こんな小さい子が『深淵の魔女』なんですか・・・意外というか・・・生前お会いしたことなかったので』
「そこに、死者がいるのですね?」
『えっ、この子って俺の姿見えるの?』
ディランがびくっとして、セレナのほうを見る。
「いや見えてるわけじゃない」
「姿は見えませんが声は聞こえますよ。私は死者が見えるわけじゃないけど、魔力で死者を感じることができるのです」
表情を変えずに、岩をトンと蹴って、セレナの前に降りた。
ローブの裾がふんわりと浮いていた。
「セレナからここに来るなんて珍しいですね。私に頼み事ですか?」
「あぁ、こいつがな」
俺のほうに話を振る。少女がぎろっとこちらを睨んだ。
「俺はソラというテイワズのルーンを持つ死の神だ。でも、訳あって魂は狩らないと決めている」
「死の神・・・どうしてですか? 死の神は魂を狩るのが仕事ですよね?」
「俺はこの『イーグルブレスの指輪』の世界に懐疑的なんだ。話すと長くなる」
「・・・・・・・そう・・・ですか」
少女のフードが取れて、柔らかい髪が揺れていた。
彼女を見ていると、静かな水を見ているような感覚になる。
「死の神の仕事をしなければ、ここにいるディランのように一生彷徨うことになるらしい。だから、彼らを集めた死の国を作りたい。俺は死の国の帝、闇帝となる」
「闇帝って・・・セレナ!?」
「ま、そうゆうことだ。なんかよくわからんが面白いから協力している」
セレナが笑い交じりに言った。
「なるほど・・・死の国ですか・・・・帝・・・闇を死にする・・・ということ・・それは・・・・」
顎に手を当てて、ぶつぶつ言っていた。
「君の守る『リムヘル』が死者の国の建設に相応しいと聞いた。許可してもらえるか?」
「・・・・・・・・・」
近づいてきて、じっと俺の目を見つめてきた。
「セレナ、久しぶりに来たと思えば、すごい話を持ってきましたね。驚きましたよ」
「未来予知でそう出たんだ。私の未来予知の精度はお前もよく知ってるだろう? 今回はハッキリ出ていたのだからな」
「・・・・そうゆう意味だけじゃありません」
「?」
パンッ
「な!?」
瞬時に半径5メートルの魔法陣が展開されていた。
セレナが気を失って、青い光の中に浮いている。
「何をするっ!?」
死の神の剣を出した。
距離を詰めようとしたが、魔法陣に縛られて動かない。
「っ・・・・なんだ? この力は・・・重力で剣が持ち上げられない」
『リーラン様!! どうしてこんなことを!』
「グリフォン、動かないでください。私がセレナを愛しているのは貴方がよく知ってるでしょう?」
『でも・・・・』
「ディランとかいう死者も、動いたら駄目ですよ」
セレナに駆け寄ろうとしていたディランが固まっていた。
『・・・俺まで動けないなんて・・・クソッ、肉体はないのに。何かに縛られてるみたいだ』
「声が聞こえれば魔法をかけるのなんて簡単です。私は『深淵の魔女』ですから。それより・・・・」
少女が死者の剣を見つめてきた。
「死者の剣を持ってるということは、本物の死の神で間違いないのですね」
「・・・セレナをどうするつもりだ・・・?」
「セレナは大切です。大切だから守るのです」
セレナが光の中で、ゆっくりと少女の目の前まで降りてくる。
あのセレナが、こんなに反応できないなんて・・・。相手は神じゃないのに。
「少し眠ってもらってるだけです。安心してください。この魔法陣は体力を回復する効果があります。皆さん疲れているようですから、効果を感じられると思いますよ」
「・・・・?」
「私は敵ではありません」
言われてみれば、体がぽかぽかしていた。
モンスターを倒した時に負った腕のかすり傷も、いつの間にか治癒している。
「貴方が死の神なら、ルーナと会ったことがあるでしょう?」
「え・・・どうしてルーナを・・・」
「セレナは死の神ルーナだからです」
「は・・・? それって・・・・」
剣に入れていた力が抜けていく。今、セレナがルーナって言ったよな・・・。聞き間違いか?
浮いているセレナに手をかざしながら話を続けた。
「私の名前はリーラン。『深淵の魔女』、『リムヘル』を守る魔女・・・いえ、封印されし事柄を守る魔女・・・グリフォン、セレナをよろしくお願いします」
セレナを移動させて、静かにグリフォンの背中に乗せる。
リーランがグリフォンを撫でると、少し戸惑いながら頭を低くしていた。
「これからお話しすることは、『毒薔薇の魔女』、セレナが決して聞いてはいけないこと。でも、貴方には言わなきゃいけないことです」
「聞いちゃいけないって・・・なんの話だ?」
「・・・私が守ってるのは『リムヘル』だけじゃないのです。ソラ、私についてきてください。死の神である貴方にお話することがあります」
髪をさらさらとなびかせて、段差を上っていった。
 




