26 過去
『蒼空、蒼空』
自分の名前を呼ぶ、懐かしい声だ。
『RAID学園の配信、ちゃんと見てね。私、そこにいるから』
RAID学園に入る前の記憶・・・もう、ほとんど忘れていたはずの・・。
これは、夢なのか?
視界が開けてくると、RAID学園の門の前にいた。
『これから貴方はRAID学園の生徒ですからね。誇りに思ってください』
『RAID学園って何するの?』
『貴方が主役になるための学校です。具体的には、そうですね。たくさんゲームをこなしてスコアを伸ばしていってくださいね』
『は・・・』
初めて見た学園は賑やかだった。
この門をくぐる前の記憶がほとんどない。
幼い俺の手を引いている女性もアバターだった。妖精族のような恰好をしていた。
後から聞いた話だと、彼女は人工知能ロボットだったらしい。
『蒼空は優秀と聞いております。この歳で適性検査も満点近いそうですね』
女性がモニターを表示しながら話していた。
『ここはそんなの関係あるの?』
『もちろん、優秀じゃなきゃ入れませんから。貴方は特に、学園始まって以来の適性ですよ。あ、貴方と一緒のスコアを持つ人が2人いますね。この方たちも・・・』
『興味ないよ』
人工知能ロボットが見せてきたモニターの内容はぼんやりと覚えている。
『仲良くできるかもしれませんよ?』
『名前は?』
『こちらはXXXです。もうひとりは・・・』
名前は覚えていない。確か、美しい名前だった。
顔も映っていた。優しく、冷たく、透き通るような印象だったと思う。
『ただ、彼女はクリエイターの管轄です。会うことはありませんね』
『クリエイターの管轄って?』
『それは・・・・』
バッ
目が覚めて、飛び起きる。
ここは・・・そうだ。『イーグルブレスの指輪』の魔族の宿屋に居たのか。
過去の変な夢を見たせいで、世界の線が曖昧だな。
どうして今頃、あんなことを思い出したのだろう。
「随分、うなされていたみたいだな」
「セレナ・・・・」
セレナが窓際の椅子に座っていた。
掌くらいの杖を人差し指で撫でている。
「っ・・・・頭が・・・」
「ハーブティーを飲むといい。私が作ったものはよく効くからな」
ベッド脇のコップに冷たいハーブティーが注がれていた。
「ありがとう」
こめかみをぐっと押した。
ハーブティーを飲み干すと、すっと頭の違和感が抜けていった。
「効くな。これは・・・」
「私が調合したのだからな」
「ん? ディランは?」
部屋には俺とセレナしかいなかった。
「ディランにはこの辺に死人がいないか探しに行ってもらった。死の国を作るのに、仲間を集めたいのだろう?」
「そうだけど・・・なかなか人使い荒いな。ディランはまだ仲間になったばかりなのに」
「お前は、あまり人を使うのが慣れてないみたいだったからな。そんなんじゃ、闇帝にはなれないぞ」
セレナがにやりと笑みを浮かべる。
「それに、何か命令があったほうが安心するものだ」
白銀の細い髪を、夜風がふんわり撫でていた。
「確かにそうか。これまで個人プレイが多かったからな。あまり人に頼ったことはないんだよ」
「ま、私も群れるのは嫌いだ・・・というか、魔族は私に近づいてこないからな」
「そっちのほうが気楽でいい」
「それもそうだな」
同族でも容赦しないから、弱い魔族は迂闊に近づけないんだろうな。
セレナが背もたれに寄りかかった。
「お前がいるRAID学園は、他にもプレイヤーが来ているらしいな」
「まぁね。誰から聞いた?」
「その辺の人間を軽く拷問したときにな、お前の名前を聞いた。天路蒼空というのがお前の名前だろう?」
「拷問って・・・どんな奴を」
「秘密だ」
セレナがふふっと笑った。相変わらず恐ろしいことをするな。
「RAID学園は最近美魅にするな。他のプレイヤーと違うのか?」
「違うと言えば違うし、同じと言えば同じだな。RAID学園は優秀な生徒が集まる、ゲームに特化した学校のことだよ。みんな、様々なゲームの世界の情報を収集してる」
「ほぉ・・・学校か。王国の人間たちが、そんなことをやっていたな。知識を蓄える場だろう?」
「そうなのか」
自分がなぜRAID学園に来たのか知らなかった。
ゲームの中に自分の存在があったから、過去を振り返ることも無かったからな。
「俺、普通の学校がどうゆうものかは知らないからな・・・RAID学園に来る前の記憶がないんだ」
「記憶を操作されてるのか?」
「・・・おそらく、な」
幼い頃だから記憶がないわけじゃない。
RAID学園の生徒は、都合の悪いことは記憶から抹消されているのだと思った。
親の存在も覚えていない。実の兄妹がいるかも知らない。
気づいたらRAID学園に、居たんだ。
「でも、まぁ、不自由してないからいいんだ」
「だから、お前らRAID学園から来たプレイヤーはどこか機械的なのか」
「え・・・・機械?」
「そうだ。機械を見ているようだ」
はっとして、顔を上げる。
「一部でも、思い出したくなったら言ってくれ。協力してやる」
「あ・・・あぁ・・・」
セレナは魔族なのに、人の心を見透かすようなことを言ってくる。
セレナの持つ『毒薔薇の魔女』の力なのだろうか。
俺が過去のことなんか考え始めたのは・・・。
「私には人の記憶を強制的に呼び覚ます、魔法があるからな。お前が何者なのか興味がある」
「・・・・・大した過去なんてないよ」
「大した過去を持つ者なんていないだろうが」
セレナの杖の白い宝石が、月明かりに輝いている。
「本当に何でもできるな。セレナは」
ベッドに座り直した。木でできた簡易的なベッドだ。
「『毒薔薇の魔女』だからな。当然だ」
「その『毒薔薇の魔女』だとか、『深淵の魔女』だとか、セレナこそ何者なんだ?」
「あぁ・・・言ってなかったな」
小さな杖先を空に向ける。丸いシャボン玉のような魔法が、ふわふわ浮いていった。
「この世界の太古の魔女。『アラヘルム』が滅びたときに力を与えられた魔女だ。名前は『アラヘルム』が栄えていた時に、あった土地の名だ」
「『アラヘルム』が? どうして、魔女の名前になるんだ?」
「・・・・・そうだな・・・」
ため息の混じったような声だった。
「・・・・悪いが、詳しくは言えない。たとえお前であっても・・・な。私もある契約の中に居るんだ。魔女にさえ解けないもの・・・一部が封印されてるのだ」
「・・・・・・・・」
細い声で言う。サファイアのような瞳が、ランプの明かりに照らされていた。
「いいよ。言いたくないなら聞かないって」
カーテンが膨らんでいく。風がぶわっと吹き込んだ。
ザッ
『ただいま戻りました』
ディランが窓からすっと入ってきて、俺とセレナの間で頭を下げた。
「思ったより早かったな」
「ありがとう。死者はいたか?」
『はい。誰からも魂を狩られない者を2人見つけました。この集落からあまり遠くない場所で彷徨っていました。俺と同じ死者で間違いありません』
「どうして連れてこなかった?」
セレナが腕を組んでディランを見上げる。
『も、もちろん連れてこようとしたのですが・・・近くの教会に入ってしまったのです。聖属性の強すぎる教会だったので弾かれてしまい・・・申し訳ございません。あ、死の神には会ってないみたいでした』
「死んでも教会は苦手なものなのか。私は普通に入れるけどな」
『あ・・・・』
ディランがセレナの殺気に戸惑いながら、俺の表情を伺っていた。
「そいつらに会ってみたいけど・・・まずは、セレナの言う場所に行くか。もし、ディランのときみたいに死の神が現れるなら、俺のところに来るだろうからな」
『はい・・・』
「では、明日は予定通り、名の無い地に行こう。私はもう少し調べものがある」
セレナがドアのほうに歩いていった。
モニターを表示する。よく見ると、グループに入っているプレイヤーとチャットできる機能が付いていた。
『ソラ様、それは?』
「プレイヤーがスキルとか確認するやつだよ」
こちらに来た4人の内、虻川隆二しか発言していないな。当たり障りのない、配信日の報告だった。
今はタイミングが悪い。しばらく切っておくか。
俺がこれからしようとしていることは他のプレイヤーにバレてはいけない。
絶対にな。




