25 死者の国の建設
『ハハハ・・・』
「なんだ?」
『プレイヤーだからって見くびっていたんだ。やっぱり死の神だなって思って・・・』
ディランが笑いながら剣を下ろした。
頭を下げて、その場に跪く。
『数々の無礼、申し訳ございませんでした。亡霊として彷徨うか、死の神の家来となるか・・・なら、俺は喜んで家来になります』
『随分あっさりと決断したな。嘘はないな?』
『はい』
ディランが頷いて、死の神の剣に視線を向ける。
『ソラ様、その剣は、俺の魂を裁いて狩ることはできませんが、抹消することができます。もし、裏切るようなことがあれば、心臓を貫いてください』
死の神の剣を持ち直した。
キンッ
『・・・・・・・』
「・・・・・・・・」
刃先をディランの胸元に突き付ける。
テイワズのルーンが暗く反応して、魂を吸い取ろうとしているのがわかった。
『・・・いかがでしょうか・・・』
黒い瞳を見つめる。
嘘は言ってないみたいだな。剣を消して、腕を組む。
「・・・わかった。ディラン、認めるよ。これからは、死の神テイワズのルーンを持つ、俺の家来として尽くしてくれ。お前が忠誠を誓う限り、悪いようにはしない」
『ありがとうございます』
「随分、お人好しだな」
「好きにさせてくれ。それにこいつはなぜか憎めないんだよ」
ディランがほっとした表情を浮かべて、ゆっくりと立ち上がった。
水面に小石が落ちて、小さな波紋が広がっていく。
「わかっている。ここを元に戻すぞ」
セレナが杖先を地面に下ろした。
『!』
ドドドドドドドドドドドド
台座が沈んでいき、水が引いていった。
軽く飛んで、セレナの隣に並ぶ。
「結局、『マグマ神殿』は何もなかったな。残念だったが・・・」
セレナがため息を付いて、杖を仕舞っていた。
「お前らも話したいことがあるだろう? ここは他の魔族もいるから、場所を移動しよう」
「そうだな」
ちらっと周囲を見渡す。
セレナを怖がって魔族が近づいてくることはなかったが、どことなく視線を感じた。
俺が人間のプレイヤーだから、警戒しているんだろうな。
ディランのほうを見る。
『あ・・・・・』
「ディラン、お前はどうせ俺たち以外からは姿が見えないんだろう? 見えないなら裏切り者にはならないよ。安心して付いてこい」
『失礼しました。そうですよね』
ディランが自分の手を見てから、すっと体を浮かせて付いてきた。
集落の中心にある宿屋にはセレナの泊まる部屋が用意されていた。広々としている、シンプルな部屋だ。
セレナがランプを灯して、布に描いた魔法陣の魔力を調整している。時折、何かが浮かび上がっては消えているのが見えた。
ディランの前に現れたのは、門のルーンを持った死の神だったらしい。
青白い顔をした少女だと話していた。
『夢から覚めると、すぐに彼女は現れた。消え入るような声で、ぼそぼそと呟く人だった・・・・死の神と聞く前から、生も死もないような雰囲気から、背筋が凍り付くようだった・・・』
「その剣はそいつからもらったのか?」
『はい。この剣は神にも通じると』
剣を翳しながら言う。
『この剣なら、俺を彷徨わせることとなったソラ様とルーナを殺すことができると言っていました』
「・・・・・」
ルーナが殺されてることは、他の死の神に共有されていないのか?
セレナがこちらを見る。
「お前、随分同僚から嫌われてるみたいだな」
「まぁ、他の死の神と交流が無いから知らないけど」
背もたれに寄りかかって、リンゴパイを口に入れる。
「ディラン、お前、この辺の魔族なのに私が『毒薔薇の魔女』だと知らなかったのか?」
『下っ端の魔族が『毒薔薇の魔女』とお会いする機会なんてありませんよ』
「言われてみれば、そうか」
セレナが口にてを当てる。
『あとは、夢で見たルーナとあまりにも似ていたもので。本当に別人なんですよね?』
「何度も言わせるな」
『すみません!』
「・・・・・・・」
ディランが間違うのも無理はない。俺だって同じように見えるんだからな。
「・・・ルーナ、か」
セレナが深い瞬きをした。
「ところで、ソラ。どうして、こいつを家来にしたんだ? 私も一緒に行動するのだから、こんな死人など家来にする必要なかっただろう?」
セレナが顔をしかめる。
「私を弱いと思っているのか?」
「違うって・・・一応考えはあるんだよ」
「ん?」
『ソラ様はプレイヤーなんですよね? この世界で死んでも、元の世界に戻れるんじゃないですか? どうして・・・』
「いや、この世界の死は、向こうの世界でも死を意味するんだ。軽い気持ちで、この世界にいるわけじゃない」
声を低くする。
「あっちの世界でも色々あるんだ。謎は多いけど、俺は何があっても途中リタイアするつもりはない。他のプレイヤーはどう考えてるのか知らないけどな」
RAID学園から行った5人はどうなったんだろうな。
他の10人のプレイヤーたちも・・・。
近未来指定都市TOKYOで選ばれた10人は結局、何者だったのだろう。
「そういや、私と会ってから死の神の仕事をしているところを見ていないが、やってるのか?」
「いや、やってないし、これからもやるつもりないよ」
『・・・・何か考えがあるのですか?』
「ああ」
手を前に組んだ。
「考えたんだ。俺はこの世界に、自分の国を作ろうと思う」
「ん?」
「お前のような死者を集めて、亡き者の国を作ろうと思う。俺は死者の国で闇帝、帝になる」
「!?」
『死者の国・・・・・・ですか・・・』
ディランがぽかんとしていた。
「闇は魔族だ。魔族を死とするのか!?」
突然、セレナが声を荒くした。
「闇帝は魔族の上に立つべきだ。魔族こそ・・・」
「闇は俺だ」
低い声で言う。
「は?」
「好きなようにさせてもらう。死者の国は闇帝が統べる」
「・・・・・・・」
『・・・・・・・・』
一瞬、静まり返った。
自分でありながら、自分ではない者が話しているような不思議な感覚だ。
ー 我々は待っている。闇の復活を・・・ー
「!?」
「クククク、相変わらず面白いことを考えるな」
「・・・・・・」
今のは空耳のようだな。
こめかみを押さえる。時折、自分の中から声が聞こえることがあった。
魔族、帝、死の神、『毒薔薇の魔女』、神喰らい・・・プレイヤーの死。
どこか懐かしいような感覚。
時折過る、強い声と、柔らかな声。父と母のような。
『イーグルブレスの指輪』は何かが違った。他のゲームとは違う、何か外部からの圧力のようなものを感じる。
正規ルートで進めることは、見えないものに利用されているような気がしてならなかった。
一向に配信を始めない水瀬深雪も気になっていた。
彼女は今、どこに・・・?
「私に口ごたえするとは、相当な覚悟なのだろうな」
「ルーナが俺を死の神にしたのは、何か考えがあったのかもしれない。ルーナはただのプレイヤーだった俺に死の神の道具を与えたんだ。今考えると、思いつきだったようには思えない・・・」
「また、ルーナか」
セレナが手を止めて、頬杖を付いてこちらを見た。
やっぱり、水瀬深雪に似ている。
「俺には、この世界の何が正しいのかわからない。人間だけじゃなく、神も・・・プレイヤーでさえ信頼していないんだ。自分で真理を見つけるには、自分なりの方法が必要だ。善だろうが、悪だろうが、使えるものは何でも利用する」
『・・・・・』
ディランが黙って聞いていた。
「ただ・・・俺もちょくちょく配信しなきゃいけないのは変わりないんだ。その時は、正攻法貫いてるプレイヤーとして配信するよ。向こうの世界に、勘繰られるのも厄介なんだ」
「クク、楽しそうにやってるな」
「・・・他人事だな」
「私からすれば他人事だ」
「・・・・・・」
セレナが楽しそうに、にやにやしていた。
「まぁ、お前がどこまでできるのか見届けてやるか。暇潰しだ」
布を広げながら言う。
「セレナのことは頼りにしているよ」
「ま、まぁ、言われるまでもない・・・・」
「?」
セレナが視線を逸らす。少し戸惑っているように見えた。
ディランのほうを向く。
「ディラン、お前が最初の家来だ。これから、よろしくな」
『は・・・はい。俺もソラ様が作る死者の国の発展のため、全力を尽くそうと思いまます』
ディランが剣を治めて、深々と頭を下げた。
「では、話がまとまったところで、まずは、国を作る場所が必要だろう」
「確かにそうなんだけど・・・。んー、人目の付かないところにするか。死者の国だから元々見えないんだけどな」
頭を掻く。
「考えていたんだが、私にいいところがある」
セレナが布に書いていた魔法陣に手を翳す。
ぼうっと燃え上がり、火が収まっていくと、地図のようなものが浮き上がった。
「地図?」
「この魔方陣は占いみたいなものだ。私の場合、未来予知と呼んでいる。この場所が良いと出るんだ」
生き生きとした口調で話す。
「アポロン王国より少し外れた場所にある、広大な敷地。ここに国を形成するといい」
地図を指でなぞる。
「どうして? なんかあるのか?」
「あぁ、ここは面白いぞ。アラヘルムの木の話は聞いているだろう? 強大な力を秘められているという・・・」
「あぁ、『アラヘルム』で見てきたよ。巨大な木だろ?」
「そうだ。実はこの世界にもう一つあるのだ。同等の魔力を秘めた木の近くで発展して、滅びた国がある。人間のせいで多くには知られていないがな。今は『深淵の魔女』のいる場所だ」
「『深淵の魔女』?」
ハーブティーを口から離す。カモミールの味が、鼻から抜けていった。
『き、聞いたことあります! 子供の頃いた村で、物語として聞いていました』
ディランが興奮気味に言う。
『まさか本当にあるなんて・・・』
「知る者はほとんどいないだろう。私も『深淵の魔女』のいる場所に行くのは久しぶりだ。この集落である程度準備したら行こう。いいな? ソラ」
「もちろんだよ」
死者の国を作りたいのは、この世界の理に反発する何かを作りたい意味もあった。
きっと未来都市TOKYOに関する何かがあるはずだ。RAID学園の生徒たちが知らない何かが・・・。
目に見えることに呑まれず、進めていくことが必要だと思った。




