24 死者の選択肢
「私の結界を問題なく入れるとは、お前、何者だ?」
「ただのプレイヤーだって」
「ただのプレイヤーごときが私の結界を破れるものか」
セレナが眉を上げる。
『驚きました。ソラ様用に穴を空ける準備をしてきたですが・・・』
「人間がこんなにすぐに、闇属性の魔力を持つことはない。魔族の血が流れていればあり得るが・・・」
「悪いが俺は人間だ」
『・・・・・・』
セレナとグリフォンがこちらを見る。
自分でもなぜこんなに闇の魔力が馴染むのかわからなかった。
「闇帝を目指してるから当然だろ。そんなに驚くなよ」
「クククク、そういえばそうだったな」
「それより、その『マグマ神殿』というのは無くなる可能性もあるのか?」
「あぁ、そうだ。無くなったら、この世界は変わっていく」
セレナと魔族の案内する『マグマ神殿』に向かっていた。
グリフォンが周囲を見渡しながらセレナの横に並ぶ。
「炎帝は誰がなっても、アポロン王国は力を弱めていくだろう。私は人間がどうなろうとかまわないんだがな」
「何を気にしてるんだ?」
「バランスを崩すことはこの世界の生態系に影響を及ぼす。今までなかったことだからはっきりと何が起こるとは言えないが、種族の力も変わってくるだろう。今まで強かった者が弱くなり、弱かった者が強くなる・・・とかあるのではないかと思っている」
腕を組んで、顔をしかめた。
「世界は変わっていくだろう・・・」
「セレナが弱くなる可能性もあるってこと?」
「ふん、調子に乗るなよ。『毒薔薇の魔女』の力は別物だ。私が弱くなることはない」
少しむきになっていた。
「その『毒薔薇の魔女』って何なんだよ。どうして、セレナは飛びぬけて強いんだ?」
「そうだな・・・・」
セレナが話を続けようとしたとき、前にいた魔族2人が振り返った。
「到着しました。セレナ様」
「あぁ、ありがとう」
「ここが『マグマ神殿』? 何も無いように見えるけど・・・」
「まぁ、人間が見ればそうかもな」
街から少し離れた場所にある、ただの砂地だった。
神殿というものは感じないし、マグマのような熱さもない。
「お前らは、ここでもういい。戻ってろ」
「はい。では、失礼します」
深々とお辞儀をすると、逃げるように来た道を駆けていった。
『ここの魔族は本当に弱いですね』
「強い者もいるのだけどな。いちいち、出てこないのだ」
セレナがグリフォンを撫でる。
「グリフォン、この辺で大丈夫だ。ありがとう。戻ってゆっくり休んでくれ」
『かしこまりました。またいつでもお呼びください。ご主人様』
グリフォンが光を放ち、すっと消えていった。
セレナが空中で指を動かして、長めの杖を出す。
「ソラ、そこから動くなよ」
「?」
杖に赤い炎を出して、大きく円を描いた。
空中に魔法陣が展開されて、地響きが起こる。
ゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
地面から3つの岩が出てきた。セレナと俺の足元が台座のような場所に変わる。
セレナが何かを呟いて、杖先を地面に向けた。
ドッ
「これは・・・・」
「これが『マグマ神殿』だ」
「マグマって・・・」
台座を囲むようにして、水が張っているだけだった。
山々の湧き水のように澄んでいて、薄い魔力を感じたが・・・。
「やはりな。本来はこの水はマグマだった」
「今はただの水だな」
「あぁ、ここの住人は炎の魔力を闇の魔力と混ぜて使っていたらしい。マグマ自体かかなり強いからな。私もここのマグマは欲しかったのだが・・・」
キンッ
「!?」
突然、電流を感じる。見上げると、空から剣を持った魔族が稲妻のように降りてきた。
「なっ・・・・」
「セレナ!」
セレナを抱えて台座から飛び降りる。
ザッ・・・
中性的な見た目に、悪魔のような尻尾の生えた魔族だった。
剣を刺した台座に、亀裂が入っている。
鉄刀を構えた。
「っ・・・どうして私が・・・」
「お前は誰だ!? 急に何しに来た!?」
魔族がこちらに剣を向ける。
『お前ら、死の神だろう?』
「!?」
「なぜ・・・?」
『お前らが死の神としての仕事をしなかったせいで、俺はこの世に魂を縛られることになった!』
目を吊り上げて叫んでいた。
『死の神ルーナ、死の神ソラだな? すべてお前らのせいだ』
キィン
死の神の剣を出現させる。魔族が瞳を大きくした。
「彼女はセレナだ。死の神ではない。死の神をしているのは、俺だ」
セレナの前に出る。
『いや、そいつはルーナだ。死の神ルーナ。夢の中でお前が俺の魂を裁いて、狩るところを見た。死の神ソラ、お前もいた』
「は?」
『お前らが魂を狩らないから、俺はどこにも行く場所が無くなった』
「何を言ってるのだ? こいつは」
セレナがこちらを見る。
セレナはどうしてこいつが見えるんだ?
「・・・とりあえず、俺が今、魂を狩れば済む話だろう?」
左手に天秤を出したが、テイワズのルーンは光っていなかった。
目の前に死者がいるにもかかわらず、反応しない。
『ん? 調子悪いな。どうして・・・』
『お前、そんな知識もない状態で死の神をやってるのか?』
魔族が怒りに満ちた声を出す。
『途中出会った死の神に聞いた! 一定時間経っても、魂を狩られなければ、あの世が受け入れてくれないらしいな』
『?』
『彼は、俺の夢について説明してくれたよ。本来あるはずだった未来だったって。死の神がここにいることもな』
牙をギリギリさせる。
『・・・俺はお前らのせいで、この世を彷徨うことになってしまったんだ。愛する者も、憎い者も、誰も自分に気づかないこの世界に。これがどんな苦しみかわかるか?』
『・・・・・・・』
「死の神ルーナ・・・か。私は『毒薔薇の魔女』セレナ。死の神などではない」
セレナが腕を組んだ。
『よくもそんな責任逃れを・・・』
「なるほど。お前が死者だったから、私はお前の攻撃に気づけなかったのだな。なぜ、こうやって死者である死者と会話できるのかわからないが、少なくとも、私はルーナではない」
『え・・・・・』
『ディラン』
『!?』
剣を構えたまま、目を丸くしていた。
「お前の名前はディランだな。『アラヘルム』近辺で人間たちに殺された魔族だ。ドラゴン族のギルド『ドラグーンの牙』ドーラが放った魔法により、即死」
『・・・・・・・』
「ここにいる死の神は俺のみだ。ルーナは死んだからな」
『死んだ? 死の神が死ぬなんて・・・そんな嘘信じるわけないだろう』
『本当だ』
ふわっと飛んで、割れた台座に足を付ける。天秤を本に変えた。
『お前が会った死の神は、俺とルーナのことを伝えても、ルーナが死んだことは言わなかったのか。上手く乗せられたみたいだな』
『は・・・・?』
他の死の神は、何が目的だったのだろう。
ただ、気まぐれに俺のことを話したのだろうか。
『一応、死の神の本にお前の記録は残っている。愛する人云々と言っていたが、お前はこの世に対する憎しみのほうが濃いだろう? 人間と魔族の間に生まれたお前は、生まれてすぐ、湖の近くに捨てられたのだから』
『それはっ・・・・』
『俺に誤魔化しは効かない』
近づくと、ディランの体が透き通っているのがわかった。
魂を抜く前の体のまま、止まっているみたいだな。
『俺はルーナに死の神を任された・・・が、プレイヤーでもある』
『それがなんだよっ。この世界のことなんて、どうでもいいっていうのか?』
『あぁ、心底どうでもいいんだよ。神だとか、クソも興味ない。俺に正義感は無いからな』
本を消して、ディランの耳元で囁く。
『!?』
キンッ
死の神の剣で、ディランの剣を押さえた。
『お前に残された選択肢は2つだ。このまま一生亡霊として彷徨うか、俺の家来となり働くか』
『家来? そ・・・そんな要求・・・・』
『その剣で俺と勝負をするか?』
『っ・・・』
『なぜ、その剣が死の神に届くのか知らないけどな。俺に勝とうが負けようが、残された道は2つしかない。彷徨うのならそれでも構わない。誰からも無視され続けて、何百年も何千年もこの世界を歩き続けようが、俺には関係ないからな』
『・・・・・・・』
『他の死の神と会ったのなら、何もしてくれないことなんて、自分でよくわかっているだろう? 実際お前に与えられたのは憎しみだけだ』
『っ!?』
ディランが一歩下がる。
『早く選べ。俺もただ待っているほど、情はない』
ディランの額に汗が滲んでいた。
深い息を吐いて、睨みつける。
 




