22 セーブポイントから
「もう、行ってしまわれるのですか?」
「あぁ、メンテが早く終わったって言ってたからな。つか、どうしてこんな朝早くからここに?」
早朝から寮の前で、ヒナが待っていた。
前髪がちょっと寝癖で跳ねている。
「蒼空様が寮を出ると通知がありましたので、ダッシュでお見送りに来ました」
「そこまでしなくてもいいって・・・ヒナだって忙しいだろ?」
「駄目です。蒼空様のお見送りは、私の義務ですから」
「・・・・・・・」
ヒナがぴんと背筋を伸ばす。
「今から頼んで、私も『イーグルブレスの指輪』に入れないでしょうか」
「ヒナ・・・」
「わ、わかってます。私は私の仕事をしますよ」
小さいころから一緒にいたから俺を実の兄のように慕ってくれてるんだけど。
そろそろ兄離れしてもらわないとな。
「おー、蒼空君、今、行くところかい?」
隣の寮から出てきた隆二が話しかけてきた。襟にはRAUD学園高等学部1年の校章が光っている。
「おはようございます」
「おはよう。僕もこれからプレイルームに行くんだ。一緒に行ってもいいかな?」
頷いて、カバンを持ち直す。ヒナが横からひょこっと顔を出した。
「お、おはようございます」
「君は・・・あぁ、RAID学園中等学部1年の・・・確か配信者ランキングで載ってたね?」
「ヒナです。今はちょっと配信はお休みしてるのですが・・・」
小さく言った。しっかりしてるんだけど、昔から人見知りなんだよな。
「よろしく。俺はRAID学園高等学部1年の虻川隆二だ。君も『イーグルブレスの指輪』に興味が?」
「私も・・・」
「用事があって話してただけです。俺ら幼馴染なので、昔話を」
ヒナが言いかけた言葉を遮る。
「なるほど。幼馴染ね」
「『イーグルブレスの指輪』の追加プレイヤーに選ばれた方・・・ですよね?」
「あぁ。選ばれたと言っても、最近スコアが伸びていたからたまたま声がかかっただけだけど」
銀縁のメガネをずらしながら笑っていた。
「あのっ、蒼空様のことよろしくおねがいします!」
ヒナがいきなり頭を下げる。
「なんだよ急に」
「だって・・・蒼空様が心配で・・・」
「はははは、蒼空君のほうがゲームを進めてるからね。僕のほうが助けられることが多いと思うけど、困ったときはお互い様でプレイしたいと思うよ」
「なんか、すみません・・・」
首に手を当てる。
虻川隆二は先輩だったけど、唯一気さくに話せそうだった。
「外の世界のこと? いや、気にしたことないな。高等学部に上がってからも、特に聞いたことないよ」
「そうか・・・・」
宙に浮かぶ歩道を歩きながら話していた。朝日が昇ったばかりだからか、周辺の人通りは少なく、ちらほら荷物を下げた幻獣が横切っていくだけだった。
「僕たち兄妹も幼いころからここにいたからね。RAID学園にいる限り、ゲーム中心だし、配信以外でコメント聞くくらいか。君もそうだろう?」
「・・・はい。俺も実際に会ったことないけど、少し興味があって」
「へぇ・・・興味ねぇ。僕らって、ゲームの世界のことは詳しいけど、ここ以外の世界なんて知らないんだよな。ま、会うこともないし、知らなくても何も問題ないけど」
「そうですね」
「今回は僕もまじめに配信しなきゃな。いつもゲームに夢中になると配信忘れちゃうんだよ。スコアの低い妹のほうがまじめにやってると思えるくらいだ」
「私たちにとっては義務みたいなものですもんね。私も蒼空様を見習ってちゃんとしないと」
「僕もだよ。水瀬深雪と天路蒼空のプレイにはなかなか敵う者もいないと思うけどさ。本当、2人とも年下なのにすごいよ」
「俺はたまたまゲームと相性がいいだけだから」
隆二は兄妹でRAID学園にいるらしい。
妹は俺と同い年だけどスコアを伸ばせず、なかなか単独でVRゲームの中に入れてもらえなくて、集団で行動することが多いと話していた。
「何か地上のことで気になることでも?」
「あ、いや・・・」
噴水のほうを見つめる。小さな虹がきらきらしていた。
「それより、他のメンバーは? まだ寮なの?」
「あぁ、昨日のうちに『イーグルブレスの指輪』の中に入ったらしいよ」
「えっ・・・昨日?」
「あぁ、御坂先生から連絡が来てたよ。俺たちが最後みたいだ。同じゲームに行くことには変わりないのに、優也とあさ美は誰かと被りたくないって言ってたから夜中に行ったらしいよ」
「・・・早いな」
「なんだかんだ、みんな楽しみで仕方ないんだよ。君の説明が良かったのもあるかもね。あ、結花さんも行ったみたいだよ」
目を輝かせながら話す。
「水瀬深雪は?」
「んー、僕らが最後って書いてあったから、もう入ってることは確かだよ」
「そうか・・・」
ということは、隆二以外はすでにゲームの説明を受けてるんだろうな。
「優也は前のゲームで同じギルドだったんだけど、不器用でさ。口が悪いんだけど根はいい奴だから、ゲーム内で会ったら仲良くしてやってね」
「・・・あぁ」
あの広いゲーム内で、生きて彼らに会うことがあるのだろうか。
道が途切れて、ジャンプしてRAID学園の敷地に入る。
AIロボットが寄ってきて、顔認証をすると、ガラス張りのゲートが開いた。
ビリッ
ゆっくりと目を開ける。
草木の匂いがして、風を頬に感じた。
『イーグルブレスの指輪』のセーブポイントの輝く石の前に立っていた。
手足を軽く動かして、動作を確認する。メンテで調整してくれたからか、なんとなく動きやすくなったような気がした。
天を仰ぐ。一羽の鳥が大きく羽ばたいていくのが見えた。
今、この世界にはRAID学園から5人の生徒が来ているんだな。
水瀬深雪・・・も、もうここにいるのか。乗り気じゃないはずだったのに。
全員『アラヘルム』にいるかはわからないが、きっと説明は受けたんだろう。
みんな、どう思うんだろうな。
指を動かして、モニターを表示した。
セーブしたときの状態になっていて、特にマイナスになったものはなさそうだな。
ロード中もゲーム前の部屋に行くことはなかったか。
あの初回説明のアンドロイドに会ったら、聞きたいこともあったんだけどな。
途中リタイアのこととか・・・。
カサッ
「!?」
『戻ってきましたか。意外と遅かったですね』
ヒヤッとして、振り返る。
「・・・グリフォン、どうして?」
セレナが召喚したグリフォンが翼を伸ばして近づいてくる。
『ご主人様の命令です。ソラ様が戻ってきたら、迷わずに集落に連れてくるようにと』
「セレナが?」
『はい。逃げたら、八つ裂きにして殺してもいいとのことです』
「八つ裂きって・・・」
相変わらず物騒だな。
「んなことしなくても、約束は守るよ。この辺の集落で待ち合わせだろう?」
『はい。ご主人様は心配性ですから。ソラ様は随分ご主人様のお気に入りのようですね。本当に珍しいことなんですよ。基本、人間はどんな人間であれ、容赦なく殺すお方なので』
「あ、そ・・・・」
雲に隠れていた太陽が、ゆっくりと木々を明るく染めていく。
「エリスは?」
『人間の少女はアポロン王国で下ろした後、何もしていませんよ。ご安心ください。特に戦闘もなく、ご主人様は集落で待っております』
「そうか」
ほっとしていると、グリフォンがくちばしを手にくっつけてきた。
「・・・グリフォンはセレナと長い付き合いなのか?」
『いえ、ご主人様の幻獣として召喚されたのは、1年位前でしょうか。でも、ご主人様からは呼ばれることが多いので、信頼は得ていると自負しておりますよ』
得意げに言う。
「・・・・セレナが俺と同じプレイヤーだって可能性ってないか?」
『ご主人様が?』
「うん。もしかして・・・って」
『まさか。面白いことをいいますね』
目を細めて笑い飛ばす。
『ご主人様は、『毒薔薇の魔女』ですよ。そんなわけないじゃないですか』
「・・・だよな・・・」
指を動かして、鉄弓から鉄刀に持ち変える。
『さぁ、早く行きましょう。ご主人様が待っております』
グリフォンが体勢を低くして、尻尾を草の上に置いていた。




