21 外の世界のこと
「『イーグルブレスの指輪』のプレイヤーの中に原因不明の死者が出たという噂を聞いている」
「・・・・・」
「何か聞いているかな?」
学長が真っすぐに俺の目を見てきた。
「・・・・すみません」
ぐっと飲みこむ。心臓がバクバク鳴っていた。
ここで何かを言えば、俺が死ぬ。
「そうか。なんとなくわかったよ。私も元々ゲームの中に身を置いていたからね。プレイヤーにのみ知らされる何かがあるってことか」
「・・・・・・・・」
「『イーグルブレスの指輪』の世界は・・・この話は、もう止めよう。おそらく君にとっても危険なことみたいだから」
学長がカップを持ち上げて、ソファーの背もたれに寄りかかった。
まだ、冷や汗が落ち着かなかった。
「『イーグルブレスの指輪』の他のプレイヤーは、どこから来た人たちなんですか? 他の近未来指定都市から来たにしては、人数が多い気がするのですが・・・」
「いや・・・」
一呼吸おいて、こちらを見る。
「君が見たのは地上の人たちで間違いないだろう」
「えっ」
「外の世界と言ったほうがわかりやすいか」
ハーブティーをこぼしそうになる。
「近未来指定都市の中でも、こそこそプレイしている人はいるみたいだけどね。政府は放っておいてるし、あまり人数はいないはずだ」
「待ってください。外の世界の人・・・が、どうして?」
「君らも知っている通り、VRの世界は近未来指定都市TOKYOに凝縮されている。ただ、最近では、彼らも私たちと同じVRゲームを体感するようになってきたんだ」
「俺たちと同じ・・・」
唾を飲みこむ。
RAID学園の生徒は、近未来指定都市TOKYO以外の世界についてあまりよく知らない。
話題に上がったことがないから興味も持たなかった。
近未来指定都市TOKYOは優秀とされる人たちが集まり、地上から離れたところに形成された浮遊都市だ。本来、俺たちみたいにゲームの中に入り込んでプレイできるのは、近未来指定都市TOKYOに住む人たちに限られていた。
外の世界の人たちは、中に入り込むのではなく、五感には触れない方法でアバターをコントロールしていると聞いていた。
RAID学園入学当初に基礎知識として教科書に載っていたことだけど、俺も外の世界について詳しいわけではない。配信をする中で、地上のリスナーと交流することもあったが、近未来指定都市TOKYOから出たことはなかった。
物心ついた時には、近未来指定都市TOKYOにいたから。
「どこから漏れたのかはわからない。でも、地上の一部の人たちは私たちのように、中に入ってプレイする方法を見つけたらしい」
「・・・・・・・」
「まぁ、慣れないからミスも多いんだろうがな」
学長が窓の外を眺めながら言う。ドラゴンが横切っていくのが見えた。
「君たちはそんなこと気にする必要はないよ」
「どうして、『イーグルブレスの指輪』の中に?」
前のめりになった。
彼らも命をかけているのか?
「さぁ、これ以上のことは私にもわからない。とにかく、『イーグルブレスの指輪』のプレイには気を付けるように」
「・・・はい・・・」
大人は近未来指定都市TOKYO以外のことをあまり話さない。
幼少期からそうゆうものだと思っていたから、気にすることはなかったけどな。
RAID学園は一体なんなんだろう。近未来指定都市TOKYOは外の世界と何が違う?
「学長は地上の人たちに会ったことがあるんですか?」
「ここ数十年は会ってないかな。プレイヤーが次々死んでいくと聞いたのも、たまたま聞こえてきた話だ。他の先生たちには言ってないよ」
「そうですか・・・・・」
学長は何を考えているかわからない。
『イーグルブレスの指輪』の何をどこまで知っているのか探りたかったが、隙がなかった。
「『イーグルブレスの指輪』の中にはいつ戻るんだい?」
「明日の朝には戻るつもりです。御坂先生に、今日一日はVRの機械メンテがあると言われているので」
「そうか」
「RAID学園の生徒たちは、本当に『イーグルブレスの指輪』に行かせていいんですか?」
「ん?」
「危険だってこと、ご存じなのでしょう?」
声が大きくなる。
「悪いけど、こればかりは仕方ない。VRゲームで一番安全性を保ってプレイできるのは、RAID学園の生徒たちだ。君が必死になる様子を見ると、中に入ってからわかることもあるようだが・・・」
「っ・・・・」
「そうゆうゲームだと思うしかない。私も元々いろんなVRゲームをこなしてきたら、危険や痛みもわかる。でも、誰かはやらなきゃいけないんだ」
メガネのレンズの奥の小さな目を、ゆっくりと閉じる。
納得したわけではない。
でも、学長には小柄な体型からは想像できないくらいの、威圧感があった。
何かを言い返したくても言葉が出てこなくて、しばらく拳を握りしめていた。
「蒼空様ー」
学長室を出ると、ヒナがぱたぱた走ってきた。
「ヒナ、戻ってきてたのか」
「はい。先生に蒼空様が学長室に呼ばれたと聞いて、飛んできました」
満面の笑みで言う。歩き出すと、嬉しそうについてきた。
「配信も見ました。『イーグルブレスの指輪』の世界、素敵ですね」
「まぁな。それにしても、ヒナはいつもタイミングよく来るよな。同じ教室の生徒でさえ、ほとんど会わないことが多いのに」
「蒼空様が戻ってきたってわかるのです。運命みたいなものです」
自信満々に言う。
「そんな非科学的なことを・・・」
「男性は女性よりもそうゆう感が働かないそうです」
ヒナがちょっと鼻を高くしながら言った。
RAID学園から5人のプレイヤーを挙げるとしたら、絶対にヒナは選ばれると思ったんだけどな。
「『イーグルブレスの指輪』はどうですか?」
「まぁ、プレイしたばかりだからな。特に心配かけるようなことはないよ」
ヒナに『イーグルブレスの指輪』に興味を持たせたくなかった。
「そうですか、よかったです。本当だったら、私もプレイしたかったのですが・・・」
「そうだ。今、やってるゲームあるの?」
「えっと・・・父の手伝いで別のゲームの調査に入ってて、RAID学園依頼のゲームは手を付けてないんです。あ、RAID学園には許可をもらってますよ」
「わかってるって」
ヒナの父親は政府機関て働いてるから、外の世界の人たちについて知っていることも多いのだろうか。
「ヒナ、地上の人たちのことって何か知ってるか?」
「肉体のみで生活している人たちのことですよね。何かありましたか?」
「・・・なんでもない。ちょっと、教科書を読み返して気になっただけだよ」
「なるほど。私もちゃんと、教科書を読み返すようにします」
知るわけないよな。もし、ヒナが何か知っていれば、どこかで口を滑らせそうだし。
「なんか、リネルってヒナに似てるかもな」
「えっ、り、リネルって?」
「俺の配信見てるならわかるだろ? いつも映ってる妖精だよ」
「あ・・・あぁ・・・そうでしたね」
目を泳がせながら、咳ばらいをしていた。
そういや、ルーナは配信のときに映っていたな。
「俺の配信のとき、ルーナって少女が映っていたの、見てたか?」
「ルーナ?」
ヒナが首を傾げる。
「あぁ、そうだ。アーカイブに映ってる子だよ。白銀の髪と青い瞳を持つ・・・水瀬深雪に似た子だ」
「女の子・・・ですか?」
「そうだよ。映ってただろ」
スマホを出して、自分のチャンネルを開く。
『イーグルブレスの指輪』の初回配信は既に10回万再生になっていた。新しいゲームだから、注目するリスナーも多いな。
「ほら・・・・」
画面の中でリネルが解説の途中で映り込んで、手を振っていた。2倍速にする。
「この子がリネルですね? 妖精の・・・」
「・・・・・・・・・」
画面を見て硬直した。
「蒼空様、どうしましたか? 何かありましたか?」
「いや・・・・・・」
「?」
ルーナの姿は映っていなくて、俺とリネルしか画面に映っていなかった。
コメントもルーナのことに関するものだけは抜けている。
確かに、ルーナに対してのコメントを見かけたし、リネルとルーナが話している部分もあったのに・・・・すべて消えていた。
ルーナは確かに存在していたのに・・・こっちの世界のリスナーの記憶からも消されたってことなのか?
単なるバグには思えなかった。
「蒼空様?」
「・・・なんでもない。少し疲れただけだ」
RAID学園の校庭を見つめる。他ゲームから入ってきた幻獣が、水を飲んでいた。




