20 RAID学園
RAID学園の生徒はほとんどがゲームの世界に入っている。学園内にいるのは、5分の1程度だ。
「君が教室に戻るのは久しぶりかな」
「そうですね・・・・」
「ここのところ、ゲームばかりだったからね。他の生徒たちもそれぞれゲームの中にいるからなかなか全員が集まるってことはないか」
「そうなんですか?」
「最近、ゲームの依頼が多くてね。今から会う生徒たちも戻ってきたばかりだ」
御坂先生と教室に向かっていた。
廊下ですれ違う生徒は、アバターと実際の人が半分ずつだ。
アバターで校内を歩いている生徒は、大体、肉体はゲームプレイルームに籠っている。RAID学園自体が、ゲームから学ばせるほうが多いから、ほとんど教室に行かない生徒も多かった。
「はっ、蒼空様が」
「嘘。だって、今は確か『イーグルブレスの指輪』に入ってるはずで」
「でも、アバターじゃないよ。ほら」
RAID学園に帰ってくると、なぜか視線が集まってきた。あまり学園内にいないからだろうか。
こうゆうのもあるから、あまり戻りたくないんだが。
「はははは、相変わらず人気者だね」
御坂先生が笑いながら言う。
窓の外では、ゲームの技術を使った魔法や剣の練習をしている姿が見えた。
「これから会う5人はどんな人なんですか?」
「あぁ、3人は君の2個上の先輩だね。1人は1つ下で最近上手くなってきた生徒、もう1人は君と同い年だ。みんなゲームは違うけど、それなりのスコアを残しているから、かなり期待できるよ」
御坂先生がにこやかに話していた。
RAID学園からプレイする人たちの中に、ヒナはいないみたいだな。
内心、ほっとしていた。
「RAID学園以外のの10人はね、『ユグドラシルの扉』含む20個のゲームを点数化して、ハイスコアを記録した子供から社会人を選抜しているらしい」
「まだ、ゲームの中にはいない・・・ですよね?」
「もちろんだ。TOKYOから『イーグルブレスの指輪』に入ってるのは、今のところ君だけだ」
「・・・・そうですか・・・」
子供・・・か。
ゲーム内に入れば会えるんだろうか。でも、会ったところで、一度入ってしまえばどうすることもできないけどな。
「どうしたんだい? 浮かない顔をして。何か気になることでも?」
「あっ・・・すみません。ちょっと疲れが出てしまって・・・」
頭を掻く。
「そうか。来て早々、頼んでしまってばかりで悪いね。もし、体調が悪ければ日程をずらしてもらおうか?」
「いえ、大丈夫です」
「我々も、君ばかりに頼りっきりで申し訳ないね。毎回一人でプレイするなんて大変だっただろうに・・・」
「本当、大丈夫なんで。ゲーム内でも休憩はできますし・・・それに、今回もリネルがいるので一人じゃないですよ」
「ん? リネル?」
御坂先生が首を傾げてこちらを見る。
「リネルって・・・」
「御坂先生」
学長が後ろから声をかけてきた。
白髪の小柄なおじいちゃんで、RAID学園の創始者とは血縁関係らしい。
しわしわの顔に満面の笑みを浮かべていた。
「あぁ! 学長。お疲れ様です」
「お疲れ」
「ご無沙汰しております」
「うんうん、君の活躍は聞いてるよ。配信もよく見てる。さすがだね」
「・・・ありがとうございます」
学長は現役時代、有名なゲームプレイヤーとして名前が広まっていたらしい。
近未来指定都市TOKYOから表彰を受けたこともあったとか。
「聞いておきたいこともあるから、後で来てもらえると助かるよ」
「はい・・・」
メガネの奥から、鋭い目つきでこちらを見る。
学長から呼び出されるなんて珍しいな。
少し戸惑っていると、御坂先生が全く関係ない世間話を振ってきた。
教室に入ると、4人の生徒たちが一斉にこちらを見た。
右のほうにいた真面目そうな男子生徒が立ち上がる。
「君が天路蒼空くんか。僕はRAID学園高等学部1年、虻川隆二だ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「そんな、ガキに教わることなんてないだろ。ちょっと有名だからって調子にのりやがって」
色黒で目つきの悪い男子生徒が足を組んでいた。
RAID学園高等学部1年仲間優也、名前はよく知っている。
アクションRPGでスコアを伸ばしているらしい。
「俺は単独でプレイするからな」
「まぁまぁ、優也もそんなに荒くならないで。同じゲームプレイヤーなんだから協力し合って」
「は? 最初から協力なんてするつもりねーよ」
「そうね、単独プレイってのは賛成よ。足引っ張られたくないし」
青く塗った爪を眺めながら言う。
プライドの高そうな女子生徒は竹越あさ美。
RAID学園高等学部1年で、ゲーム配信でかなりポイントを稼いでいる有名なプレイヤーだ。
「一人でやったほうが、リスナーに注目してもらえるし。顔合わせが終わったら、さっさと解散するわ。学園にいるより、ゲームの中にいたほうが落ち着くんだから」
「ハハハハ、そりゃそうだな」
優也が豪快に笑っていた。
なんだ、こいつら。
「わ、私は、RAID学園中等学部1年の中野結花です。まさか自分が選ばれるなんて・・・足引っ張らないようにします」
真ん中にいた少女が自信なさそうに肩をすくめていた。
彼女のことは・・・・あまり知らないな。
新規でスコアを伸ばしてきたプレイヤーだろうか。
「4人・・・先生、あと1人は?」
「んー、水瀬深雪さんか・・・。彼女は特殊だからなあ」
「水瀬深雪?」
「ん? あぁ、そうだよ。彼女も今回同じゲームに入ることになっている」
御坂先生が、空中にモニターを出してスクロールする。
メンバーの名簿と他ゲームでの実績が書かれていた。
「・・・俺より先に入っていないですよね?」
「はははは、君でもライバル意識を持つか」
「・・・・・・」
あさ美が退屈そうにため息をついた。
「彼女は学長の推薦なんだ。実力は確かだから心配しなくていい。その内、配信もすることになっている」
「・・・・・・・・」
水瀬深雪は同じRAID学園の生徒なのに謎に包まれていた。ただ、どのゲームでもハイスコアを叩き出すことだけは確実だった。
「フン、先生のお気にか」
優也が舌打ちしていた。
「まぁ、彼女にも情報は共有しておくから、先にここにいるみんなに話していてもらっていいかな? 中に入るのも別々だと思うしね」
「・・・わかりました」
「こんな説明いらないんだよな。ゲームは未知の世界を楽しむものなんだから」
「同感ー。ネタバレしないでよね」
「2人とも、『イーグルブレスの指輪』は難易度が高いって言われてるんだ。事前情報は多いほうがいいだろう?」
隆二がたしなめるように言った。
「蒼空君の話なら・・・私もちゃんと聞きたいです」
結花が3人の勢いに圧倒されて、おどおどしている。
なんだかやりにくいな。
でも、RAID学園から死人を出したくないし、説明しないわけにいかないんだけどさ。
「これが『イーグルブレスの指輪』のプレイ画面だ。戦闘について説明する前に、世界観を説明する」
御坂先生が何か言う前に、空中で指を動かして、大きめのモニターを表示させる。
『イーグルブレスの指輪』の中で記録した画面を表示していた。
「おぉ・・・」
「これが・・・・『イーグルブレスの指輪』・・・・」
「はい。『ユグドラシルの扉』の世界観に似ています」
さっきの批判は嘘のようだった。
みんなが食いつくように『アラヘルム』の様子を眺めている。
優也とあさ美は単純なだけみたいだな。
「ここは俺が最初に行った、失われた都市『アラヘルム』だ。全員が同じ場所を通るかはわからないけど、一応、俺が辿ったところを説明するよ。多種多様な種族が住んでいて・・・・」
淡々とゲームについて説明し始める。
4人ともキラキラした表情で、映し出された『イーグルブレスの指輪』の世界を眺めていた。
もちろん、基本的なことしか話していない。
俺が死の神になったことや、ルーナやセレナのことは一言も口にしなかった。
決まったこととはいえ、この人たちを、ゲームに巻き込んでしまうことに罪悪感がある。
セーブポイントまで生きられる保証なんてない。
もし俺みたいに戻ってこれたとしても、ゲーム放棄についてどんなペナルティがあるか聞いてないしな。
「質問あったら止めて」
「いや、一通り話してくれ」
「はい・・・」
騙すみたいで、心が重かった。
一番、伝えなければいけない「ゲーム内での死は、こっちの世界での死になる」ということが言えないんだから。
トントン
「失礼します」
学長室を開けると、窓際に一人の少女が立っていた。
透き通るような肌の美しい・・・・。
「ルーナ?」
「ん?」
水瀬深雪だった。彼女はゲームの中も、外も変わらない姿で立っていた。
「あ・・・・いや」
「学長なら、すぐ戻ってくるわ。ここで待っててって伝言」
「・・・・・・・・」
「どうしたの? 蒼空、私に何か聞きたいことある?」
「え? なんで俺の名前を・・・」
ガチャ
「おぉ、来ていたのか」
学長が顔をくしゃっとさせて入ってくる。
壁際に手をかざすと、3Dの猫が飛び出してきた。
「っと・・・・」
「ごめんごめん。最近、ゲーム内で迷子になってた子を連れてきてね。スキャットっていうんだ」
毛並みのいい大きめの猫だ。ネクタイのついた服を着ている。
学長が近づくと、すっと立ち上がった。
『おかえりなさいませ、ご主人様』
「留守番はどうだったかい?」
『何もないので退屈でした』
「そうかそうか」
頭を撫でると、気持ちよさそうに尻尾を振っていた。
「では、学長、失礼します。私は行かなきゃいけないので、何かあったら連絡してください」
深雪が学長の前に立って、軽く頭を下げる。
「あぁ、ありがとう。またよろしく頼むよ」
「はい」
「・・・・・・・」
俺と目が合うと、柔らかくほほ笑んで部屋から出ていった。
「学長・・・どうして彼女がここに?」
「あぁ、色々お願いすることがあってね。君も彼女の配信は見たことあるだろう?」
「もちろんです・・・いつも、ランキング上位にいますから」
彼女がいなくなった窓のほうを眺めていた。
足元にスキャットの視線を感じて、はっとする。
まだ、『イーグルブレスの指輪』の中にいたときの感覚が抜けてないな。
「そこに座ってくれ。そうだ、蒼空君はハーブティーは好きかな?」
「あ、はい」
「よかった。もらいものなんだけどね、とっても美味しいから是非飲んでみてくれ」
「ありがとうございます」
ソファーに座る。
学長がカップにラベンダーの香りがするハーブティーを注いでいた。
「戻ってきてくれてよかったよ。かなり心配してたんだ」
「・・・・・・・」
学長は『イーグルブレスの指輪』について何か知ってるのだろうか。
ゆっくりと前の席に座って、ハーブティーを一口飲む。スキャットがソファーに上ってきて、学長の腕にすり寄っていた。
「『イーグルブレスの指輪』・・・について、少し話を聞いてもいいかな?」
「・・・はい・・・」
テーブルに置いたカップから湯気が立ち上る。
学長のメガネを曇らせていた。




