19 セーブポイント
― 我との契約の元に、その姿を現せ。グリフォン ―
セレナが唱えると、獅子の胴体にワシの頭と翼を持つ幻獣グリフォンが姿を現した。
風が砂埃を巻き起こす。
「よく来たな。グリフォン」
『ご無沙汰しております。ご主人様』
セレナが手を伸ばす。グリフォンが鼻をくっつけていた。
「へぇ、グリフォンか」
「知ってるのか?」
「まぁ、どこのゲームにでもいるしな。俺たちの住む世界でも、たまに見かけるよ」
『わぁ・・・大きい』
リネルがポケットの中で呟いていた。
「初めて見ましたわ・・・」
「そりゃそうだろう。ある程度のレベルがないと、幻獣召喚はできない」
エリスが目を丸くして、後ろに隠れている。
『ん? 人間ですか? 珍しいですね』
「あぁ、色々あってな。私たちをアポロン王国まで乗せて行ってもらえるか?」
『もちろんでございます』
グリフォンが艶やかな翼を広げて屈んだ。セレナが軽やかに乗って、エリスに手を差し伸べる。
「安心しろ。グリフォンは賢いし、安全運転だ」
「・・・はい・・・・」
一瞬、俺のほうを見てからセレナの手を握った。2人に続いて後ろに飛び乗る。
グリフォンの背中は生暖かく、馬に乗っている感覚に似ていた。
「じゃあ、よろしくな。グリフォン」
『かしこまりました』
黄金に輝く翼を大きく広げて、空へ飛び立った。
グリフォンは早かった。森を抜けて、そびえたつ岩々の上を通過していた。
ルーナと飛んでいったときも、こんな場所を通ったな。
「わ・・・私、実は高所恐怖症なのですわ」
「目をつぶってなよ。バランス崩しそうになったら、俺がフォローするから」
「・・・お願いしますわ」
「セレナ」
「ん? なんか見つけたか?」
硬直したまま前に乗っているエリスの様子を確認しながら、セレナに話しかける。
「グリフォンは俺らの世界では神の乗り物とされてるから、神に仕える聖属性の召喚士が呼ぶことが多いんだけど、こっちは魔族の厳重なの?」
「魔族の私が呼び出すのは珍しいか?」
「んー意外というか・・・」
セレナがちらっとこちらを見てから、前を向いた。
「もし、意外だと思うのなら、この世界は善も悪も入り混じっているのかもな」
「どうゆう意味?」
「全ての種族が嫌っている魔族が、この世の正義ということもあり得るということだ」
白銀の髪をなびかせながら言う。
「お前がどんなふうに、このゲームをクリアしようとしてるかは知らないけどな」
「・・・・・・・・」
ゲームのクリアは帝になり、『アラヘルム』を復活させることだ。
でも、俺の目的は違う。
空から見る『イーグルブレスの指輪』の世界は懐かしかった。たぶん、俺はこの世界に来たことがある。
RAID学園の蒼空ではない、名を持っているような気がした。
『ソラ、ねぇねぇ。わっ』
「飛ばされるなよ」
『だだ大丈夫だよ』
ポケットの中から布を掴みながら顔を出す。
『あのね、アポロン王国の手前でセーブポイントを見つけたの』
「マジか」
『いったん、セーブしてRAID学園に戻ってから進めようよ』
「いや、でも・・・・先に、エリスを送りにいかないと・・・・」
エリスとセレナのほうを見る。
エリスを送り届けた後に、万が一、セレナがアポロン王国に攻め込む可能性を考えていた。
「えっ・・・ソラはいなくなるのですか・・・?」
エリスが少しびくつきながらこちらを振り返る。
「お前がいなくなったところで、こいつは殺さんわ」
「信じてはいるけどさ・・・」
グリフォンがばさっと風に乗って、雲を突き抜けていった。
「ただ、アポロン王国が私を見つけて、攻撃してくるのなら、話は別だがな。そのときには、存分に人間たちを殺してやろう」
「!?」
「くくく、どんな拷問をかけてやろうか」
「・・・・リネル、今、セーブポイントは止めておこう」
『でも・・・RAID学園に・・・・』
不満そうにごにょごにょしていた。
『ご主人様、アポロン王国の近くに、魔族の集落があると聞きます。そちらに行かれてみては?』
グリフォンが腹から響くような声で言う。
「そんなものあったのか。初めて聞くな。アポロン王国の近くに?」
『はい。最近できたみたいです。比較的力の弱い魔族と聞いていますが・・・』
「それなら、私が行ったほうがよさそうだな。弱い魔族なら、結界の力も不足しているだろう」
セレナがグリフォンを撫でながらこちらを見る。
「そうゆうことだ。エリスをアポロン王国手前で降ろし、私は魔族の集落へ向かう。そっちのほうが興味があるからな。お前はいったん、セーブして元の世界に戻るといい」
「あぁ、そうだな」
「待ち合わせは集落だ。迷わずに来いよ」
『ご主人様が、プレイヤーに対してそのように言うとは珍しいですね。初めてでしょうか』
「ふふふ、こいつは、お気に入りだからな」
グリフォンが翼を斜めにして、緩やかに降下していった。
武器:鉄刀
防具1:グライダースーツ
防具2:グライダーブーツ
アクセサリー:無し
道具:小ポーション×3
経験値:3025ルビー
レベル:3
セーブポイントの輝く石の前で、自分のステータスを確認していた。
あれだけ色々あってレベル3か・・・。
他のプレイヤーはレベル上げどうしてるんだろう。しばらく、周辺の雑魚キャラを倒してるんだろうか。
『記録したよー』
「ありがとう」
『戻りましょ。やっとセーブできて安心した。はらはらしたんだから』
リネルが伸びをしながら、飛んできた。
「あぁ、色々と助かったよ。またよろしくな」
『はいはーい』
青い石に手をかざした。
シュッ
体にビリッとした電流が流れる。
徐々に、ゲームプレイ室の椅子に感覚が戻ってきた。
意外と、特に異常もなく、転移できたようだな。
手足の感覚を確認しながら、椅子から立ち上がる。
ゴーグルを外すと、御坂先生と数人の大人たちが集まっていた。
「おー蒼空、お疲れ様」
御坂先生が真っ先に俺に気づいて話しかけてきた。
「お、お疲れ様です。どうしたんですか? こんなに集まって」
「ちょうどいいところに戻ってきたわ」
背の高い女性がヒールを鳴らして、こちらに歩いてくる。
「さっき、近未来指定都市TOKYOで選抜された15人に、『イーグルブレスの指輪』をプレイするように依頼があったの」
「え・・・・」
背筋が冷たくなった。
「RAID学園の内、今プレイを切り上げられる生徒5名も一緒に入る予定なんだ。学長からは、後で正式に依頼がある予定なんだけどね」
御坂先生が嬉しそうに話す。
「難易度は高いそうだが、君が先にプレイしてくれているから、そこのところは安心しているよ。はははは、配信も見たよ、レベル上げが難しそうだったね」
「なんで・・・急にそんなこと・・・・」
「『イーグルブレスの指輪』の世界とこちらの世界は繋ぎやすいことがわかったんだ。クリアできれば、ゲームとしてではなく、私たちの世界の延長線上に『イーグルブレスの指輪』の世界を作り出すことができるかもしれない」
「このゲームはRAID学園にとっても、とても重要なゲームなんだ」
スーツを着た男性がメガネをくいっと上げながら言う。御坂先生が頷いた。
「僕も君の配信を見たよ。美しくて、素晴らしい世界観だったね」
「・・・はい」
「珍しい幻獣や魔法もたくさんあるんでしょうね。誰もがゲームの世界観が体感できる・・・そうゆう未来ももうすぐかもしれませんね」
「近未来指定都市TOKYOはそのために作られた都市ですから」
息を吞む。
『イーグルブレスの指輪』は、かなりゲームをやってきた人間じゃないと難しい。
世界自体が動いているから、少しの判断ミスが命取りになる。
何よりも・・・実際にゲームに入った人間しか共有できないことがある。
大人たちが近未来指定都市TOKYOの未来について話す未来を聞きながら、『イーグルブレスの指輪』初回プレイ時に伝えられた、アンドロイドの言葉を思い出していた。
ゲームの中での死は現実世界での死を意味するってことを、一度ゲーム内に入ったプレイヤーはこっちの人たちに伝えることはできない。
こっちの世界からすると、『イーグルブレスの指輪』も、ただのゲームだ。
どこかで一人のプレイヤーが死んでいるはずだが、やっぱり近未来指定都市TOKYOまでは情報が来ていないのだろうか。
額に汗が滲んだ。
15人か・・・。
ここにいる大人たちは今回のゲームについて、どこまで知ってるんだろうな。




