1 ゲーム前の部屋
「蒼空様、私も一緒に帰りますっ」
「帰ると言ってもすぐそこの寮だろ?」
「そうなんですけど・・・新作ゲームなら、蒼空様はゲームの中にしばらく入ってしまいますよね? 私もとても行きたいのですが、許可が降りませんし」
ヒナが残念そうに言う。
「俺を心配してくれるのはありがたいが、ヒナは自分のことを」
「蒼空様が『イーグルブレスの指輪』に行く前に少しお話したいことがあるんです!」
空中にモニターを出して、魔法陣を展開した。
中からペガサスが出てくる。
「ペガサスか・・・よく連れてきたな。1年生で召喚できる人なんていないだろう?」
「はい! 蒼空様にそう言っていただけると嬉しいです。努力した甲斐がありました」
ヒナが少し照れながら言う。
ペガサスがきりっとした目でこちらを見下ろしてきた。
「私がこの前まで入ってたVRゲームは幻獣育成要素もありましたので、こちらにも連れてこれるようにしたのです。ちゃんと懐いてくれてますし・・・」
ヒナがペガサスの首を撫でていた。
少し頭を下げてから、ばさっと翼を広げる。
「お送りします。蒼空様の配信をお待ちしているリスナーの方々も多いと思いますので、手短にお話ししますね」
「あぁ」
地面を軽く蹴って、ペガサスの背中に乗った。
ヒナが合図を出すと、ペガサスが空を駆け上がっていく。
近未来指定都市TOKYOのビルの間を通って、学園から少し離れた場所を飛んでいた。
「アバターを使わずに飛んでるのは俺らくらいだな」
「ふふ、ある程度最新ゲームの幻獣じゃなきゃ、肉体を乗せることはできませんからね」
「俺でも肉体で乗れる幻獣は、ドラゴンくらいしかいないのに・・・」
「私も蒼空様に追いつきたくて、頑張っていますので」
ヒナが得意げに話していた。
「んなことより、話ってなんだ? 配信で嫌なことでもあったのか?」
「いえ、配信は順調で、特に問題はないのですが・・・」
ドーム型の公園を抜けて、大きな噴水の上空でゆっくりになっていく。
近くでは小学生らしきアバターが、犬と戯れている。
「ん?」
「・・・次、蒼空様がプレイするのは『イーグルブレスの指輪』というゲームですよね?」
「あぁ、そうらしいな。『ユグドラシルの扉』と似たような世界観だと聞いている」
「私、そのゲームに関して、聞いたことがありまして・・・」
ヒナがペガサスの鬣を触りながら言う。噴水の水しぶきが、ペガサスの足にかかっていた。
「提供されている情報はフィールドの3分の1、残りの3分の2は未開の地で、誰もわからないどころか、配信環境さえ整えられていない可能性があるそうです」
「新作のゲームってどれもそんな感じだしな。なんか引っかかることでもあるのか?」
「はい、あの・・・この角度から見える、木々の向こうに浮いた建物・・・」
ヒナが指さす先にさっきは見えなかった建物があった。
ステルス機能を使っているのか?
今まで何度もこの道は通ってきたけど、一度も気づかなかった。
「水を通さなければ見えない建物か?」
「はい。一部の人しか、そこに建物があることを知らないのです」
「・・・何か、俺が行くゲームと関係あるのか?」
「あくまで噂ですが、そこにいる人の一部は、既に『イーグルプレスの指輪』というゲームに既に入っているそうです」
「!?」
「なぜなのかはわかりません。今までのゲームではこんなことなかったので」
顎に手を当てる。
「・・・いや、そうゆう情報があれば、RAID学園に連絡があるんじゃないのか? 近未来指定都市TOKYOのVRゲームは政府が統括しているし、RAID学園を通さずに一般市民に配布されることはまずない。勝手にやるってことはさすがに・・・」
「でも、私たちが知らないことも多いです。RAID学園も」
ヒナが力を込めて言った。
「・・・そうだな」
RAID学園は何度かサイバー攻撃を受けている。
生徒の中で、セキュリティ関連のパトロール隊が戦っていたが、どんどん攻撃の手口も複雑化してきたと言う話も聞いたことがあった。
「政府機関を通さずにプレイしているとなると、『イーグルブレスの指輪』自体に何かあるのだろうか」
「もちろん、蒼空様は強いですし、なんともないと思っているのですが・・・長期プレイとなると、どうしても不安で。ゲーム内はプレイ以外でも、どうかお気を付けください」
「ありがとう。気に留めておくよ」
「はい・・・お願いします。あ、先生には・・・」
「わかってる。ヒナが独自ルートで調べたことだろう? 言わないでおくよ。俺も、危険だから今回のプレイは見送りにってことにはなりたくないからな」
こくんと頷いた。
「でも、ヒナもあまり無理して調査するなよ。目をつけられて、ウイルス感染なんてしたら大変なんだからな」
「お気遣いありがとうございます。そのあたりはご安心を。幼少の頃から自己防衛についての技術は叩き込まれているものですから」
「はは・・・そりゃそうだな」
ヒナの父親は近未来指定都市TOKYOの政府機関で働いていた。
表に出ることはなく、どんな仕事をしているのかは一切聞いたことが無いが、血を受け継いでいるからか、ヒナは昔から国の機密情報を集めるのが得意だった。
ペガサスが大きく翼を広げて、噴水から離れると、建物は見えなくなっていった。
ヒナの言う通り、今回のゲームは危険が伴うのかもしれないな、と思っていた。
「早いね。用意はできているかな?」
「はい」
窓から近未来指定都市TOKYOを眺めていると、御坂先生が入ってきた。
「SNSの更新を見たよ。相変わらず丁寧に説明してくれたんだね」
「そうですね。『ユグドラシルの扉』では、武器錬成の際に少量でも加減を間違えると、戦闘の際に力を発揮できなくなるんです。丁寧にプレイしないと、すぐにゲームオーバーになってしまうので」
「そうなのか。プレイする学生にも伝えさせてもらうよ」
「お願いします」
空中にモニターを出して自分の状態を確認する。
心身ともに良好、体温が少し高めだが標準の範囲内だ。
問題なくプレイできるな。
「先生、俺の他に『イーグルブレスの指輪』をプレイしている人っていますか?」
「いや、君が初めてだよ」
「・・・・そうですか」
「何か気になることでも?」
「いえ、ただ確認したかっただけです」
御坂先生がパソコンのモニターでVRゲームを起動していた。
素早くキーボードを打って、セキュリティー画面を次々突破していく。
かなり厳重になっていた。
「このゲームを任せられる生徒がいてよかったよ。RAID学園にとってもとても重要なゲームだ」
「配信はどうしましょうか?」
「あぁ、できたらでいいよ。一応RAID学園の生徒とリスナーには告知してあるけど、配信の時間が取れるかもわからないからね」
タンっと、エンターキーを押していた。御坂先生のメガネのレンズがきらっと光る。
「準備は滞りなく終わった。今から5分以内にゲームの中に入ってもらえるかな?」
「わかりました」
VRゴーグルをして、椅子に座る。いつもより、椅子の感覚が無いような気がした。
「無茶はしないように。気を付けて行っておいで」
「はい」
ゆっくり背もたれに寄りかかって、深呼吸をする。
手元のボタンを押して、ゲームのゲートを開いた。
ビリッ
体にちょっとした電流が走った後、視界が開ける。
暗闇の中に浮かぶ、神殿のような光の柱の真ん中にいた。
感覚が入ってくる。熱くも寒くもない場所だ、ゲーム説明の部屋にいるのか。
「はじめまして」
ふわっと、目の前に黒いローブを羽織った同い年くらいの子が現れる。
透き通るような肌に白銀の艶やかな短い髪、分厚い本を持った美しい少女・・・水瀬深雪?
「あ・・・・」
「『イーグルブレスの指輪』へようこそ」
にこっと笑う。
「・・・・・・・・」
「どうかした?」
「RAID学園の生徒じゃないよな?」
「まさか。好きな子に似てた?」
「・・・そうじゃないって」
いたずらっぽく笑う。
まぁ、彼女がこの世界に入ってるわけないしな。
「こうゆうゲームの最初の設定画面って、大体アンドロイドとか、RAID学園の妖精とか、男性神官とか、何も出てこないとかだろ。君は一体?」
頭を掻く。少女が近づいてきてこちらをじっと見た。
「な、何・・?」
「天路蒼空くん」
「え?」
彼女が本を開くと、モニターが現れた。
「どうして俺の名前を?」
「『ノーベンヘルガ』、『月夜峠』、『ユグドラシルの扉』、『SLO』、『ポセイドン』・・・・・」
「!!」
「他にもたくさんある。蒼空くんが断トツTOPスコアでクリアしてきたゲーム。さすが人気配信者」
画面に書かれた文字を読んでいるようだった。
なんで他ゲームのキャラが、そんなことを・・・。
「たぶん、『イーグルブレスの指輪』も同じようにクリアしちゃうでしょ?」
「ど、どうしてそんなことを・・・君は俺にゲーム説明に来たわけじゃないのか?」
「違うよ。ここはゲームスタートよりも前の部屋」
「は・・・? 前?」
「私の名前はルーナ。割り込んで、スカウトに来たの。天路蒼空くんは、このゲームのプレイヤーじゃなくて・・・違う職業になってもらいたくて来たの」
ルーナが本を空中に浮かせて手を回す。
銀色の天秤に変わっていた。
「違う職業って・・・?」
「それはね・・・神になること。こうゆう天秤で魂の重さを量って、魂を狩り取る仕事」
どうゆうことなんだ? これも、ゲームの演出の一部なのか?
「死神」
「!?」
「蒼空くんには死神になってもらいたいの」
「君は・・・・・」
「私は『イーグルブレスの指輪』で死神をしているルーナ。よろしくね」
「・・・・・・・」
ルーナがふっくらした頬を上げる。サファイアのような瞳が光っていた。