17 牢屋を出る
『ソラー、一緒に行くってどうゆうことなの?』
「そのままの意味だよ。これからエリスをアポロン王国に送り届けに行くんだ。一人じゃ危ないだろ?」
『そうじゃなくてっ』
リネルが魔族に追いかけられたと、泣きながら戻ってきていた。
服に少し砂埃がかかっている。
リネルは元々怖がりだし、魔族の街で1人にしたのは申し訳なかったな。
「セレナのことか。一緒に行動することになったんだよ」
『だって、悪い魔女じゃないの? たくさん人殺したんでしょ?』
「そうかもしれないけど・・・まぁ成り行きだ。それに俺は闇帝を目指してるんだから魔族と行動したいんだよ」
『んー・・・・ソラがそう言うなら・・・賛成するけど』
頭を掻く。
エリスがこちらを見上げた。
「送ってくださることにはもちろん感謝しています・・・でも、ガタリたちを殺した奴らと、一緒に行動するなんて・・・私、死んだらガタリたちにどんな顔をすればいいか」
エリスが真っ赤に腫れた目をこすっていた。
「悪い。アポロン王国付近まで行ったら、俺らは退散するから」
「・・・・すみません・・・・・」
格子に寄りかかって、セレナが降りてくるのを待っていた。
やけに遅いな。魔族から反発にあってるのだろうか。
『ちょっと私がいないだけで、いろんなことが決まっちゃう。私も話し合いに混ざりたかったな・・・』
「悪い。次からはリネルにも相談するよ」
『いつもそう言うんだから。私はソラに頼られたいのに』
「頼りにしてるって」
リュックの上にちょこんと座って、不満そうにしていた。
『あ! ソラ、そろそろセーブポイント見つけなきゃ』
「あぁ、忘れてたな」
『ちゃんとセーブしなきゃ、また『アラヘルム』に戻っちゃうよ。経験値も振り出しだし、せっかく集めたお金も無くなっちゃう』
「・・・・・・・・」
セーブポイントは、ただRAID学園に戻れるだけの場所だ。
他のゲームのように、その時点からプレイを再開できるというわけではない。
正直、今、RAID学園に戻ったところで・・・な。
「そういや、リネル。RAID学園に行ったんだろう? なんか、変わったことはあったか?」
『ううん。特に何もないよ』
「・・・・俺以外に、誰か『イーグルブレスの指輪』の中に入ってる奴はいるって聞いてない?」
『RAID学園はソラだけのはずだけど。近未来指定都市TOKYOからも入ったって聞いてないし』
「そうか・・・・」
『?』
ここにいるプレイヤーは外の世界から来ているのか。騒ぎになっていないことを見ると、あのとき死んだのも、RAID学園が認知していない奴だったみたいだな。
プレイヤーは思っていた以上に、俺の他にもたくさんいるみたいだな。
ここまでRAID学園に情報がないとは・・・。
隠しているのか? そもそもRAID学園はどうして・・・。
『・・・・・・・』
リネルがじっとこちらを見つめていた。
「どうした?」
『べ、別に何でもないよ』
「?」
リュックを軽く蹴って、エリスのほうへ飛んでいく。
リネルはたまにRAID学園の話になると、口数が少なくなることがあった。
『大丈夫? 元気出して』
「・・・・難しいですわ。こんな形で生き残ってしまうなんて・・・」
『でも、アポロン王国はきっとエリスを歓迎してくれると思う。今はそれでいいじゃない。亡くなった人は元に戻らないんだから』
「・・・・・・・」
リネルがそっとエリスの髪を撫でている。
しばらくすると、格子がすっと消えて、セレナが立っていた。
壁際のランプに火がついて、周囲が明るくなった。少し離れたところに椅子に座った骸骨が見えて、エリスが小さく悲鳴を上げる。
「準備はできてるか?」
「・・・あぁ」
「行くぞ。階段を上れば外だ」
セレナは淡々としていて、すぐに背を向けた。
「エリス、離れないようにね」
「わかってますわ」
エリスの様子を見ながら、セレナについていった。
おそらく、死の神のリストにはアポロン王国の捕虜、ガタリたちの名前が書いてあったのだろう。でも、無視していた。
死の神は1人ではない。俺の代わりは、いくらでもいる。
このまま放置すれば、他の死の神に会うことができるのだろうか。
『なんか周囲の視線が痛いんだけど・・・』
「まぁ・・・そうだな」
『はっ、目が合っちゃった。あそこの、怖そうな魔族・・・』
リネルがぴくっとして、ポケットに隠れる。
身長2.5メートルくらいありそうな魔族が3人、こちらを睨んでいた。
「リネルは隠れてなよ」
『うん・・・じっとしてる・・・』
ちょっと顔を出してから、すぐに引っ込んだ。
「少し、歩きにくいですわね・・・」
魔族で賑わっている場所を通っていた。城下町みたいな場所だな。
すれ違う魔族たちがみんな俺たちのほうを見ていた。
「セレナ、もう少し静かなところとか通れないの?」
「別にこそこそする必要ないだろう? こっちの道が、一番外へ近い。近いほうがいいだろうが」
「そうなんだけどさ・・・」
そういや、セレナについていたペペとキキはどうしてるんだろうな。
ここまで来る間に一度も見かけなかったけど・・・。
「セレナ様!!」
ドラゴンのような魔族が駆け寄ってくる。長く伸びた爪が砂に足跡を付けていた。
「どうして人間などと一緒に・・・」
「上位魔族には説明したはずだけど、まだ伝わっていなかったか。私は、このプレイヤーと行動する」
「そ、そんな・・・・」
周辺がざわつきだしていた。どんどん魔族が集まってくる。
エリスが少し震えながら背中に隠れていた。
「『毒薔薇の魔女』である、貴女様がどうして」
「私は私の好きなようにする。いいだろう?」
「セレナ様がいなくなってしまったら、『マラコーダ』の魔族は・・・・」
「別に魔族を辞めて人間になるわけではない。いずれ、また戻ってくる」
「でも、人間などと・・・どこに行かれるのですか? その者は捕虜ですよね?」
「セレナ様は騙されています。ペペ様とキキ様は?」
「きっと何か、よからぬ魔法をかけられて」
「人間ごときが私に魔法などかけるわけないだろうが」
セレナが呆れた口調で言う。
なんか、随分揉めてるみたいだな。
囲んでいる魔族がどんどん増えていった。
そもそも『毒薔薇の魔女』って何者なんだろう。
「はぁ・・・仕方ないな」
ブワッ
「!?」
セレナが杖を出すと同時に、地面に巨大な魔法陣が展開された。
地面が薄い水色に輝いて、足の裏から電流のような魔力を感じる。
「どうして私たちを!?」
「・・・私が魔族に対しても、容赦しないことは知っているだろう?」
ザザザザザザザザザザ
透明な縄のようなものが現れて、周りにいた魔族の頭上に、網のように広がっていった。
一瞬だ。ほんの数秒で、半径100メートル近くがセレナの手中に収まっていた。
「せ・・・せ、セレナ様!!」
「私の邪魔をするなら殺すだけだ。人間は拷問してから殺すのだけどな、魔族は同胞だから、一瞬で楽にしてやる」
「っ・・・・・・」
ここにセレナの魔法に抵抗できる魔族はいないみたいだな。
「リネル、ポケットの中から出るなよ」
『わかってる。こわいもん。あーあー』
リネルがポケットの中で目を粒って耳を塞いでいた。
「道が掃けたな。ソラ、行くぞ」
「えっ、このまま?」
セレナはけろっとしていた。
「そのほうが楽だろうが」
「・・・・・・・・・・」
何事もなかったように歩き出す。
文句を言っていた魔族は一言も発さないまま道を開けていた。
「あ、あ、あの縄落ちてきたらどうなるのでしょうか?」
「即死だろうな・・・・」
「・・・・・・で、ですよね」
エリスがシャツの裾をぎゅっと握りしめてくる。
禍々しい魔力を放っていて、セレナが攻撃してこないことをわかっていても、緊張感が拭えなかった。
 




