16 セレナの答え
『こいつとお前に何の関係がある?』
「いろいろと複雑な事情があるんだよ。こっちにはな」
『・・・・・・』
死の神の剣は、炎の女神にも効くようだな。
フィンの様子が明らかに違った。
『お前・・・自分の力にまだ気づいていないのか』
「?」
『フン・・・・・・変なことで時間を食ってしまった。この娘では魔力が足りない。お前と戦っている間に、この娘を死なせてしまっては、契約が成立しなくなってしまう』
フィンが弓矢を下ろした。セレナのほうに視線を向ける。
『まさか、『毒薔薇の魔女』がプレイヤーにつくとはな。命拾いしたな、『毒薔薇の魔女』』
「私は・・・こんな奴知らない・・・」
『クククク、忌まわしき魔女が。いつかわらわの同胞がお前を殺すだろう。近いうちに、お前が死ぬことは決まっている』
「!」
『それまで、短い命、十分楽しんでおけ』
「は? 死ぬって・・・・・」
ふっと、エリスの体からフィンが消えていった。
手を開いて、剣を消す。
「エリス!」
気を失ったエリスを抱き止めた。オレンジ色だった毛先は、徐々に元の黒髪に戻っていった。
「・・・・・・・・」
「寝ている・・・のか・・・」
ゆっくりと、エリスを地面に寝かせる。
キィンッ
「!?」
セレナが杖先を後頭部に突き付けていた。
「なぜ、私を助けた?」
「・・・・君は俺を死の神にした、ルーナって子に似てるんだ。水瀬深雪というプレイヤーともな」
「違うと言わなかったか? 私を騙そうとしてるんじゃないだろうな?」
「本当にそれだけだ」
「・・・・・・」
ランプに照らされた影が微かに動く。
「私はお前など知らない。『毒薔薇の魔女』である私が、人間、しかもプレイヤーに助けられるなど、恥でしかない」
「あのまま死んでも恥だろうが」
「黙れ・・・」
セレナの杖を掴んで、自分の胸元に当てた。
「この世界を何も知らぬくせに」
「・・・ルーナは俺の目の前でわけのわからない奴に殺された。死の神の仕事をしようとしていた一瞬の隙を突かれた」
「そんな娘のことなど興味はないわ!」
「お前が俺を殺すならそれでもいい。でも、俺がこの世界にいる限り、絶対にお前を死なせない。ルーナが殺されたあの光景を・・・二度と見たくない」
嫌というほど脳裏に焼き付いていた。
思い出すだけで腹綿が煮えくり返る。
大切な者を失なったのは初めてではない。たぶん、水瀬深雪と関係あるのだろうな。
「フン、よく言うわ! プレイヤーの命は軽い。どうせ死んだところで、元の世界に戻れば命があるんだろう? 何度でも戻ってこれるんだろうが。セーブポイントだとか都合のいいところから蘇るんだろうが」
「いや・・・俺たち、この『イーグルブレスの指輪』に来たプレイヤーたちは、死ねば向こうの肉体も死ぬ」
「・・・はったりか?」
セレナが驚いたような顔をした。
「本当だ。この目で、死の神に魂を狩られるプレイヤーを見た。もう二度と戻ってくることはないだろう。俺たちの『イーグルブレスの指輪』に来てから、そのことを告げられてる」
「・・・・・・・」
「俺もここで死ねば、二度と蘇ることはない」
「・・・・・・・」
「俺は、ただ君に死なれたくないだけだ。気に食わないなら好きにしろ」
セレナが少しずつ杖を離した。ランプの火がちりちり鳴っている。
死の神の剣を仕舞う。
セレナが死の神の状態の俺が見えるということは、死に近いのだろうか。女神フィンが言う通り・・・。
「ん・・・・私・・・・・」
エリスが目をこすりながら、片目を開けた。
「起きたか」
「ソラ・・・あれ? どうして? 私が・・・ここにいて・・・『毒薔薇の魔女』!?」
ガシャンッ
手を引っかけて、コップがひっくり返った。
亀裂が入って、漏れ出たハーブティーが地面にしみこんでいく。
「私の魔法・・・全く効かなかったっていうの・・・?」
「いや、お前を殺すのは止めた。このまま解放してやろう」
セレナが杖を仕舞った。
人差し指を動かして、亀裂の入ったコップを元に戻していく。
「え? どうして・・・」
「ただではないんだろう?」
「もちろんだ。一つ条件がある」
唇に指をあてて、にやりとほほ笑む。
「ソラ、私を連れていけ」
「は? 連れてくって・・・」
「そのままの意味だ。お前と行動する」
「なっ・・・・」
予想外の言葉に、踵を引いた。セレナが視線を逸らす。
「・・・・私は、昔から一部の記憶が無いのだ。確かに『毒薔薇の魔女』として、憎き人間たちを殺してきたのだが、所々、記憶が抜け落ちているのだ。なぜかはわからないし、魔族として生きていく上で支障はないけどな」
天使のような白銀の髪を触りながら言う。
「だが、私に似たルーナとかいう少女の存在は気になる。魔族からはそんな話を聞いたことが無いし、お前の言うことを信用する訳じゃない。ほんの少し興味があるというだけだ」
「・・・・・・・・」
サファイヤのような瞳に、ランプの明かりが揺らいでいた。
やっぱり、セレナとルーナは似ている。
「わかったよ。セレナは強いしな」
「そりゃそうだ。私は『毒薔薇の魔女』だからな」
自慢げに言う。
「ソラ! わかってますの? こ、こいつは残虐な・・・・」
「あぁ、アポロン王国の捕虜たちを目の前で殺した」
「じゃあ・・・・どうして・・・・?」
エリスが唇をわなわなさせていた。
「エリス、俺は正義のために『イーグルブレスの指輪』のプレイヤーでいるわけじゃないんだ。何が正しいか、何が正しくないかなんて、どちらでもいい。悪いが勝手にさせてもらうよ」
「っ・・・・・」
エリスには申し訳ないけど、な。ぺたんとその場に座り込んでいた。
「エリスのことは、後でアポロン王国に送りに行くよ。どんな状況であれ、姫が戻ってくれば、民も喜ぶだろう」
「そんな・・・・・」
格子の近くに落ちたペンダントを拾って握りしめていた。
「今のエリスの魔力じゃ、炎の女神フィンを呼び出せないよ」
「わかってますの・・・そんなこと・・・私が一番よくわかってますの・・・」
苦しそうに言った。
カタカタ・・・カタカタ・・・・
小さな足音がした。
「セレナ様、先ほど、ギルドと思われる人間どもが『マラコーダ』に入ってきまして・・・・」
「クククク、どうしましか? 明後日の新月で殺そうと思ってましがいかがでしょうか?」
ペペとキキが羽根をぱたぱたさせながら言う。
「まだその姫とプレイヤー、生きてましたか?」
「ペペ、セレナ様は拷問が好きなのでしから、時間をかけてゆっくりやってるのでし」
セレナがスカートをなびかせて、2人のほうを見る。
「好きにしろ。私はこの者と一緒に行動することにした」
「えぇっ?」
ペペとキキが同時に言う。
「どうしてでしか?」
「・・・あ、あぁ、一番残酷に殺せるタイミングを見極めるってことでしか? そ、そ、そそれなら仕方ないですね」
「そうでし。ここじゃ、ギャラリーもいないし、今一つ盛り上がりに欠けましから」
「違う。ただ、この者に興味があって、一緒に行動するだけだ」
「!?!?!?!?!?!?」
口を開いたまま信じられないという表情をしていた。当然だけどな。
「お前! セレナ様に何をした?」
ペペがキッとこちらを睨んできた。
「何をしたっていうか・・・」
頭を掻く。
こいつらもなんか見覚えがあるんだよな。
「誰かを錯乱させるような魔法が使えるようには見えないでし」
「でも、何か罠に掛かってるかもしれないでし」
「ペペ、キキ、無駄だ。私は自分の意志で決めた」
「セレナ様っ」
ペペがセレナにしがみつく。
「準備をしたら、この檻を解いて、一緒に出るとしよう。それまで、簡単に体勢を整えておけ」
「あぁ」
セレナがすり抜けるようにして檻から出ていった。
「待ってください。セレナ様」
「泣き落としても聞かないぞ」
ペペとキキが躓きそうになりながらセレナの後についていく。
「うぅっ・・・セレナ様、どうゆうことでしか?」
「『マラコーダ』を出ていくってことでしか? 戻ってくるのでしか?」
「セレナ様がいなかったら寂しいでし。私もセレナ様と行きたいでし」
「私たちのこと嫌いになったでしか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
廊下に出た途端に、堰を切ったように質問攻めにあっていた。
途中でペペとキキのすすり泣くような声に変わっていた。魔族には本当に好かれてるんだな。
「ソラ・・・・」
「俺たちも準備しよう。長旅になるからな」
「・・・こんなことって・・・・兄になんと言えば・・・」
「生きてることを攻めるわけないだろう。エリスは大切に育てられた姫なんだから」
「・・・・・・」
エリスの身に付けている女神フィンを呼び出したペンダントは、王国の宝に近いものだろう。
もう少し魔力があれば『マラコーダ』を滅ぼすこともできたのかもな。
エリスがペンダントを握りしめて、祈るようにぎゅっと目を閉じていた。
 




