14 牢屋
「人違いだろう。私にルーナという名前なんてない。そんな名前聞いたことない」
「じゃあ・・・」
「私の名前はセレナだ」
こちらをじろじろ見ながら言う。
どうゆうことなんだ? 顔も、声質も、体型も、髪の色も、何もかもルーナで間違いないのに。
「君にそっくりなRAID学園のプレイヤーを知らないか?」
「ふん、命が惜しくてわけわからないことを言っているかと思ったが、お前、プレイヤーだな?」
「・・・・・・・」
「はいっ、そいつは『マラコーダ』から少し離れた場所で見つけたプレイヤー。魔族の奴隷になるのではないかと連れてまいりました」
槍を持った魔族が言う。
「なるほどな」
セレナが杖を出した。
シンプルな木の杖で、先端には黒水晶のようなものがはめられていた。
「ペペ、キキ、こいつと王女を連れて端に寄ってろ」
「セレナ様、もう少し、こいつらを追い詰めてからでもいいんじゃないでしか?」
「そうです。久しぶりの人間でしから」
ペペが捕虜の一人を突きながら言う。
「ど・・・どうゆう意味だ?」
「そのままの意味でしよ」
「頭が悪いでしね。あんたらは今から死ぬんでしよ」
「っ・・・・・・・・」
「・・・話が違うじゃないか。アポロン王国の捕虜は、魔族にとっても優秀な手札となるから、命を奪うようなことはないって・・・」
「私は待つのが嫌いだ。王女とプレイヤーを早く連れていけ」
セレナが話を遮って冷たく言い放つ。
「かしこまりました」
ペペとキキが素早く分かれた。
「きゃっ・・・・」
「いっ・・・・・」
ペペがエリスを、キキが俺の腕を掴んで、引きずっていく。
小さな手からは想像もできないくらい、すごい力だ。
「待って、『毒薔薇の魔女』。交渉の際に捕虜の命は保証するって言ってたわ。もう一度、ちゃんと確かめて。みんなは、あくまで停戦交渉の交換条件として来ただけで・・・」
「エリス様!」
「うるさい」
セレナが口に指をあてて口角を上げた。
トンッ
「な!?」
地面から薔薇のような棘のある蔦が現れて、俺とエリス以外の捕虜全員を縛り上げた。
禍々しい魔力が、全員の体を覆う。
「こんなもの・・・」
一人の捕虜が蔦からすり抜けようともがいていた。
「止めておけ。ただの蔦ではな」
うわああああああああああ
一気に蔦の圧力が強まった。
食い込んだ棘に血が伝っていく。次第に周りが赤くなっていった。
白目を剥いて、痙攣している者もいる。
セレナが少し歩いて、捕虜たちの顔を見ながらほほ笑んでいる。
白い頬には、返り血がついていた。
「いい顔。はるばる魔族のいる『マラコーダ』まで来て、どうして命が助かると思ったのか?」
ガタリの頬を撫でながら言う。毒が流れているのか、ガタリが声にならない声で何か話そうとしていた。
「そうゆう、甘い考え、嫌いじゃない。だって、予想外の展開に戸惑っている顔を見るのも、こうして苦しんでる姿を見るのも、ぞくぞくして楽しいからな」
ああああああ・・・
掠れたような悲鳴に変わっていった。
「・・・・・ルーナ・・・・」
「さすが、セレナ様でし」
キキが横でくすくす笑っている。
「私は人間が嫌いだ。都合のいい言葉ばかり並べて正義を語ろうとする奴らがな」
周囲で見学していた魔族たちが歓声を上げていた。拍手まで聞こえてくる。
「あぁっ・・・・そんな・・・み・・みんな・・・」
「うわっ・・・こいつ、見ただけで失神しそうになっていまし」
エリスがぶるぶる震えながら、腰を抜かしていた。
「情けない王女だこと。人間らしいと言えば、人間らしいけどな」
セレナが杖を回す。
うあぁぁぁ・・・・
ドンッ
「お前は王女の器ではない」
「やめ・・・・」
セレナが黒水晶を向けて何かを唱えると、一気に捕虜が息絶えていった。
全員が即死だった。遺体の周りには血だまりができている。
「・・・・・・・」
脂汗が額に張り付いた。
これが、『毒薔薇の魔女』・・・。
「ふふふふ、いい死に様ね。私が来ることを知ってて、どうして生き残れると思えたのか」
遺体を見て、ほほ笑んでいた。
悲しいほど、憎しみに溢れた目だった。
「・・・・・・・」
どこか、水瀬深雪に見えてしまう俺は、異常だな。
「セレナ様、こいつらはどうしますか?」
「私の牢屋に閉じ込めておけ」
返り血を、指でとって眺めている。
「勝手に殺しちゃだめ。おやつ、一生抜きにしちゃうから」
「はっ・・・かしこまりました」
2人が深々と頭を下げる。
「俺たちをどこに連れていくつもりだ?」
「牢屋でしよ。よかったでしね。ゆっくりできましよ」
キキが俺の腕を引っ張りながら言う。
エリスは数センチ宙を浮いたまま、ペペに運ばれていた。人形のように項垂れて、力が入っていないようだった。
ザザーッ
キキが手荒く牢屋に押し込む。額を軽く擦った。
「いっ・・・・・」
「ここで大人しくしてるでし。全く、重かったでしね。あ、縄は解いてやりまし。そうゆう命令でしから」
「ここでは魔法は封じられていましからね。ま、この2人のステータスを見るに、何かできることもないでしょう。くくく、弱いでしね。2人とも」
パンッと両手首を縛っていた縄が飛び散った。
「キキ、早くセレナ様のところに行くでし。魚のクッキーをもらえる約束でし」
「そうでしね」
キィ・・・
牢屋の扉が閉まる。格子には紫色の炎のような結界が張られていた。
すぐに2人の声が無くなる。
「エリス、大丈夫か?」
「あ・・・・・・・・・・」
座り込んだまま、顔を押さえる。
「そんな、みんな、私のせいで・・・こんなことに・・・私が・・・・」
目が血走っていた。
「・・・君のせいじゃないよ」
「わ、わ、わ、私なんかがいていいはずないですわ」
シュッ
エリスが胸元から小さな短剣を出した。
紋章が刻まれていて、刃先からは毒のような水滴がにじみ出ている。
「止めろって」
「駄目ですわ。私、後を追わないと・・・王女として、この提案を呑んでしまった責任がありますので・・・」
「そんなことしても無駄だ。死者は戻らない」
エリスの手首を掴んだ。抵抗していたが、弱弱しく、枯れ木のような力だった。
死の神の本に彼らの名前が書かれたのは気づいていた。名前も知らない死の神が、すぐに魂を狩っていったのだろう。
エリスだけは名前がなかった。これからどうなるのかわからないけどな。
「うぅっ・・・・・・・止めないでくださいます? 私のせいで」
「落ち着けって」
『ソラ―、わっ、ここどこ? なんか暗いし、湿っぽいし』
リネルがぽっと現れて、周りを見渡す。
「・・・・・・・・・」
『こ、この子は? 新しい仲間?』
「リネル! いいところに来てくれた。俺たち『マラコーダ』で捕まったんだ」
『えーっ!?!?』
「?」
エリスのほうにぐっと顔を近づける。羽根をパタパタさせていた。
『誰なの? この子は・・・・ソラと2人きりで』
「アポロン王国の姫らしい。魔族に捕まってここまで連れてこられたんだ」
「エルフ族? 見たことない羽根だけど」
エリスがぴたりと止まって、リネルを見ていた。
『私はリネル。RAID学園から直々にお願いされた、ソラのパートナーの妖精なの』
「・・・RAID・・・学園・・? 妖精?」
エリスがきょとんとしていた。
『ねぇ、どうして捕まっちゃったの? なんか悪いことしたの?』
「まぁ、色々あったんだ。ルーナが死んで、ルーナにそっくりな『毒薔薇の魔女』ってのが現れて・・・・」
『ルーナ?』
リネルがふわっと飛んで、腕を組む。
『んー聞いたことない名前。前回のゲームのキャラ?』
「えっ、ルーナだよ。さっきまで会ってたじゃないか」
『??』
首を傾げる。指を動かして、モニターを表示していた。
『ううん。ルーナって名前の子、どこにも残っていないし、記録もされてないよ』
「そんなはずは・・・」
『夢を見たんだよ。ソラ疲れてたもん』
確かに3人で話していた時間があった。
「いや・・・」
『誰と会ったかは、私の記録に自動で残るもの。すれ違ったとかなら載らないけどね』
「・・・・・・・」
寒気がした。確かに、リネルのモニターにはどこで誰と会ったか記録する機能がある。情報収集のためだ。
ルーナはこの世界で存在していた事実まで消されてしまったのか?
このゲームは一体・・・。
『ねぇ、ソラ。ルーナって、誰?』
「・・・・・・・・」
格子の向こう側にある、ろうそくの火がぼうっと音を立てていた。




